日立鉱山の誕生は1905(明治38)年だ。
久原氏は赤沢銅山を大橋真六氏から買受け,地名にちなんで「日立鉱山」の名前で開業したのだ。
これまで,農漁村であった日立地区の人口は増加し,1907年から1925年の18年間で5倍強(5975人→38914人)となった。
そして開業2か月後には,開削を始める。
第一竪抗を開削し,1924年に地下550m,1933年には600mに達した。
その間の1929年に櫓が木造から鉄骨に改造されたのである。
初期の木造櫓。
日立鉱山の誕生は1905(明治38)年だ。
久原氏は赤沢銅山を大橋真六氏から買受け,地名にちなんで「日立鉱山」の名前で開業したのだ。
これまで,農漁村であった日立地区の人口は増加し,1907年から1925年の18年間で5倍強(5975人→38914人)となった。
そして開業2か月後には,開削を始める。
第一竪抗を開削し,1924年に地下550m,1933年には600mに達した。
その間の1929年に櫓が木造から鉄骨に改造されたのである。
初期の木造櫓。