室伏広治選手の銅メダルが確定しそうだ。
北京オリンピックハンマー投げに5位入賞した室伏選手。
試合後のドーピング検査で、2位入賞のワジム・デビャトフスキー選手と同3位のイワン・チホン選手のベラルーシ勢が筋肉増強剤に陽性反応を示した問題で、この2選手は失格になるそうだ。
したがって室伏広治選手はアテネの時と同様の繰上げでのメダル獲得となる。
彼の今までの生き方を見ていると、メダルの色や獲得は二の次、三の次であるような気がする。それは彼の父室伏重信氏の影響が大きいことは否めないと思う。
自分がハンマー投げに青春を燃やしていた高校時代、スターは室伏重信氏だった。高校3年生の時、国立競技場で8カ国対抗陸上大会が開かれた。
プログラム
「走」、「跳」なんて、興味はなかった。ただ、ハンマー投げだった。
室伏選手の1投げに一喜一憂していた。現在では息子のおーちゃんがお茶の間で室伏広治選手のビデオデータを何回も見ているが、当時はパーソナルなビデオなんて手に入らなかった。
プログラムの赤丸部分を拡大してみる。
室伏重信氏のサイン
ゆきたんくは重信氏の投擲順番が来ると、それこそ神経を尖らせて見るわけだ。その時に、元気な子供がそばにいた。「お父ちゃん、がんばれー」と何回も繰り返しているわけだ。ゆきたんくにとってその黄色い声は騒音でしかなかった。うるさいガキだなと思っている訳だ。
しかし、重信選手の投擲の度に騒いでいるのを見る。よく聞くと「お父ちゃん」という言葉が聞ける。そう広治選手の幼い頃の姿だったのである。
ハンマー投げか終わった。しばらくしてさっきまで賑やかだった子供がすぐそばの客席のほうへ走っていく。そこには金髪の女性がいた。重信氏は国際結婚をしていたことは知っていたので子供の母親であり、重信氏の奥様であることは分った。
ゆきたんくはいてもたってもいられず、そこにプログラムとペンを持って走った。その時にいただいたサインは今でも宝物だ。
そしてそれから4年後、ゆきたんくも大学4年生になり就職を考えていた時に「鉄球は教えてくれた」が発行されたのだ。
人生のバイブルとして貪る様に、一生懸命に読んだ。現在ではゆきたんくは本好きだが、この時のことがきっかけだと思う。
そこに書いてあったことは、端的に言うと、「今の自分にできる、一段上の負荷をかけろ」と言うことだった。何かを目指すことは大切だが、それは結果や通過点でしかないというものの見方のものさしはこの本から教わったように思う。
その父を持つ広治選手には、メダルは結果であって目指すものではないということだ。金メダルを獲得したアテネでは試合終了直後は銀メダルだった。あまりの悔しさに我を忘れて、グロープを叩きつけそうになった時、彼の師の一人であるランス・ディール氏に教わった、「大切なのはメダルではなく、ハンマーグローブや、シューズだ。」ということを思い出して落ち着いたと言う。自分を磨くための道具がメダルよりも大切だという教えだ。
だから今回の銅メダルの獲得についても、さほど興味はないのだと思う。彼は「一段上の負荷」である、ハンマーヘッドの加速についての仮説検証を自分の肉体で成し遂げたいと思っている。残り少ない競技人生の最後の段階に入っている肉体。年齢との闘いに挑もうとしているのだ。世界記録更新を成し遂げようとしているのだ。
その陰で、つらい思いもしている彼がいる。彼にとっての現役選手世界最高記録の84m86を投げた大会で、喜びのあまり飛びついた相手、アヌシュ選手はドーピングにより、永久追放。昨年大阪の世界選手権で3連覇を遂げたティホン選手と一緒にウイニングランを走ったことは記憶に新しいが、その彼も今回の違反者。ライバルであり、友人である存在が遠ざかっていく様は本当に残酷だ。
2大会続けてメダリストになったとしても、競技を通した友が去っていくのと引き換えで素直に喜べるはずがない。
それを考えるととてもせつないのだ。