旧万世橋の遺構を見学していて考えさせられた。
旧万世橋駅の歴史は1912年(明治45年)に始まる。
さよならキャンペーンの時に写した初代万世橋駅イラスト
1923年に関東大震災で駅舎は焼失して簡素な駅舎が設けられた。
その大震災の時には遺体安置所に使われた。
駅としての機能も、周囲の交通網が発達するにつれ失われていった。
1943年(昭和18年)に駅は事実上の廃止となった。
交通博物館閉館に伴う公開はそれから63年経った2006年であった。
遺構を見て考えされられたこと・・・
階段からホームへの出口。ここに窓が設けられていてホームが見れる。
登り切ったところから階段を写す。
この2枚の写真に、ふつうはあるはずの物が写っていない。
一つは階段の滑り止めの金属。
そして手すりだ。
万世橋駅が事実上の廃止になったのは、昭和18年11月11日だ。
その2年前に、「金属類回収令」が公布された。
調べたが分からずじまい。
確証はないが、その時に滑り止めや手すりは回収されてしまったのだろうと思われる。
ある意味戦争遺産の姿でもあったのだ。
はっきりと分かる。手すりはない。
もっとも、手すりがついていたはずの壁に穴の跡も確認できなかったから手すりは最初からなかったかもしれない。
ただ、滑り止めはなかった。
これも回収されたか、錆びて危険だったから撤去されたかは分からない。
階段のコンクリートに埋まっている留めるための金具は残っている。