ちょっと嬉しいことにお仕事が忙しくて、、、
そう、取材がままならないのである。
このところの「伝えたんく」が遅れ気味なことであるが、家帰って来てバタンQなのである。
そうなると、ゆきたんくアーカイブの中から・・・
ゆきたんくアーカイブ
戦争遺跡のネタにおんぶだっこである。
ちょっと嬉しいことにお仕事が忙しくて、、、
そう、取材がままならないのである。
このところの「伝えたんく」が遅れ気味なことであるが、家帰って来てバタンQなのである。
そうなると、ゆきたんくアーカイブの中から・・・
ゆきたんくアーカイブ
戦争遺跡のネタにおんぶだっこである。
今日は健康診断である。
会場に行き並ぶ。
いつもなら、1番2番を争う速さなのに、行き違いがあって70番台の順番であった。
並んでいる人達のり様子、、、
見た目はラーメン屋さんの順番待ち的行列なのだが、みんながみんな暗い表情。
若者がほとんどいなく、ゆきたんくくらいの年恰好であれば、何かしら病気持ちのような表情になるか・・・
その待ち時間中に見つけたのが、このポスターである。
冨里市の「スイカマラソン」は聞いたことがある。
一般的なマラソンの給水ボトルに対する、給水スイカがある。
八街ではどうなるのか。
給水落花生・・・
想像ができない。
調べるか・・・
うん、塩分補給と言えばタブレット。
かな。
ゆきたんくの場合は、もうラーメンかお鍋。
これは昨日の話。
のりたんと久しぶりにデート。
ガストのしょっぱそうなメニューを選んだ。
名前なんかどうでもよくて、見てくれで選んだ。
舌もお腹も満足であった。
でもこのままではメニューに申し訳ないので後付けで・・・
牛チゲ半玉うどん入りのお鍋だった。
量は食べなかったが、この日は満足だ。
卵が浮いているのがゆきたんくの好みだな。
うん、好きなんだね。
行きつけ喫茶店の千菓進のツツジ。
マスターが可愛がっていて、毎年店頭を明るくしてくれるんだ。
今日もツツジを可愛がっているマスターにお会いすることができた。
素敵な色だよね。
そう、もうマスターとセットだよ。
いつまでも、いつまでも元気でいてほしい。
不思議とね、スルーしてた都市。
松戸市在住で、千葉県北西部の東葛飾地方で仕事をしているゆきたんくである。
出張というと千葉市が多い。
その度に通るのが、国道16号線かな。
その時にかつて住んでいた鎌ヶ谷市、お勉強に出かけた柏市を通過する。
すると白井市や八千代市は通過だけということがよくある。
食事をするのも白井市や八千代市はなかったかな。
そんな八千代市に出かけてきた。
八千代市郷土博物館 → Map
八千代市で一番歴史の古い、村上小学校跡地に建てられている。
明治6年。学制の次の年に建てられた小学校だったのである。
学校正門の看板は、博物館内に設置されていた。
現代の日本教育の夜明けの時に設置されていた看板は貫禄があった。
記念碑の解説
「キャーッ」
その声で振り向くと、虫を指指している職場の仲間たち。
その指の先には、これまた足の長いお方が・・・
虫だね。足が長くて、黄色と黒の警戒色たっぷりな奴。
うん、調べたら「ホリカワクシヒゲガガンボ」というのだそうだ。
足と名前が長いんだね。
あまりに怖がる方がいるので、窓の方に飛んだ時に、窓を開けたらお出かけしてくれた。
もっともゆきたんくはスズメバチ(アナフィラーキシーに気を付けなければいけない。)だとヤバイが、それ以外は強気で行けるかな。
熱い時の言い訳。
ゆきたんくは酒を飲まない。
やめられないものはある。
旨いものだ。
特に暑くなるとする言い訳がある。
「塩分補給をする。」
その一言で、目指すはラーメン屋さんである。
職場から家の帰り道にあるんだもんね・・・
お気に入りのお店は他にもあるが、職場の近くなので休日だけね。
で、帰り道の途中にある「ケンラボ」で一杯。
んー、体にしみこむ塩分。
血圧のことを少しだけ心配するゆきたんくである。
朝起きて、自宅二階の北窓に差し込む光を見てそう思った。
ついに、光に当たるのがきつい時期がやってきたのだ。
ゆきたんくは、30台半ばに炎天下帽子かぶらず給水せず3時間労働をして熱中症になったことがある。
それからは暑い季節、後頭部に日光が当たると具合が悪くなる。
気のせいかと思っていたがそうではない。
医者に相談したこともないが、日よけをしないと具合が悪くなる。
その予感をさせたのが、先の光である。
この光を浴びてビビったのだ。 俺は吸血鬼か・・・
東金市に飛行場なかんかあったか?
昔はあったのだ。
アジア太平洋戦争(大東亜戦争)の末期、陸軍の東金飛行場があったのだ。
その飛行機格納庫の礎石が残されている。
この礎石からの鉄筋で壁や屋根を支えていた。 → Map
成田から飛び立つ旅客機もこんなに近くで見れる場所だ。
道路からは見れないほど奥にある。
米軍の九十九里浜への上陸を想定して作られた飛行場である。
ここに住んでいた方の話では、偵察用飛行機や、迎撃用飛行機が配備されたという。
敗戦間際には敵の軍艦への体当たりも試みられたという・・・
さて、掩体壕を見に行って来た。
とは言っても2020年12月12日のことである。
掩体壕というと飛行機の格納庫というイメージである。
これは何に使われていたのか・・・
入口が実に狭いのである。 → Map
まずサイズが小さいので飛行機は入らない。
中を覗いてみる。
暗所恐怖症のゆきたんくにとっては、なかなかスリリングな一瞬である。
帰宅後、画像処理をした。
なかなか不適切な落書きもあった。悪ガキの憩いの場であろうが声は響きそうだ。
こんな遠くまで来てまで戦争遺跡を見たいなんて病気だな。
うん、不治の病だから諦めねばならないのである。
病にかかりながら、健康体でないてできない矛盾した大人の遊びである。
とこで何を格納したのだろうか。大きさから言って「震洋」だろうか・・・
港区郷土歴史館に行って来た。
ここは建物自体が史跡と言っていい場所だ。
着くなり、建物の中をしっかりと見学する。
その外観は素敵である。
港区郷土歴史館の建物正面 → Map
東京大学建築学科教授の内田祥三(よしかず)氏により設計され、昭和13(1938)年に建設された旧公衆衛生院として使われていた。
内部は講堂や教室・研究室があり、当時の意匠などが残されている。
すばらしいものがたくさんあったので、全部紹介したのだが、それは「幸たんく」の旅編におまかせする。
建物の外観を支える意匠はタイルである。
タイルに刻みを入れている。
このタイルで建物全体が包まれているのである。
煉瓦ばかりではなく、このような意匠も遠目と近目では全く違うように見えるのである。
当時の建物をリユースという形になるが、地域の資産として残しておくことはベストな方法だと思う。
今年も会うことができた。
うん、平和台の店先にさくツツジである。
なんて素敵なんだろう。
シーズン中は感動し、過ぎてしまうと忘れてしまう。
綺麗なツツジ → Map
一過性のものだが、時期が来ると思い出す。
今年も会えて良かった。
うん、大きい。
今までいろいろな所で掩体壕(飛行機格納庫)を見てきたが、これは大きい。
場所は千葉県旭市鎌数にある「旧海軍香取航空基地の掩体壕」だ。
大型機用の有害掩体壕である。隣の2階建て住居より大きい。 → Map
当時のそのままの形で農機具庫などの倉庫として使われている。
昔の物との共存ができている。
また、戦争遺跡としての保存も兼ねているのは嬉しい。
米占領軍本体本土初上陸地点。
そう、敗戦してしばらくした1945(昭和20)年9月2日、降伏文書調印式が行われた。
東京湾上の戦艦ミズーリ号においてのことだ。
その翌日、3日の午前9時20分に、3500名の米兵がが「館空」水上班滑走台(スキップ)に上陸してきた。
こんなに穏やかな顔をしている景色なのに・・・ → Map
それから78年近く経つのだ。
ここから、戦後日本の占領政策がスタートしたことになる。
今の平和をありがたく思う。
ケンラボのラーメン。 → Map
ラーメンは最後までアツアツでいただける。
そしてスープに沈んでいるのが、ワンタンである。
ここのラーメン屋の親父さんは、親父さんというよりも、職人だね。
常に同じ動きを繰り替えしている。
ルーティンがしっかりしているのだ。
この記事を自分の問題にして考えることができない人。
最近の情報では、ケンラボさんは流山でいちばんおいしいラーメン屋さんになっているそうだ。
もっとも職場のお友達の付き合いで行く場所になっている。
努力は人を裏切らない。
いつもおいしいラーメンをありがとう。