夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

秋日和の昼下り・・♪   《初出2006.11.8.》

2008-05-05 20:20:20 | 定年後の思い
東京の郊外は、まばゆい秋日和となり、
こうした陽射しの中、10時過ぎに買い物に行った。

最近、家内はスパゲティに凝(こ)って折、ある食品メーカーを愛用している。
冷凍食品なのであるが、電子レンジを通すと、美味しいらしい・・。
私は20代の頃までは食べたが、今は食べたりしていない。
もっともイタリア料理のフルコースの時、ほんの少し時、頂く程度で充分である。

家内は最近でもトマト、キュウリをそなえて食べたりしている。

私はこれ等を購入した後、雑誌コーナーで『サライ』を買い求めたりした。
特集記事として、【白州次郎・正子 夫婦五つの信条】で、
副題が《一緒にいないこと・・それが秘訣》と目についたので読んでみたいと思ったのである。

私は二十歳頃から、このお二人に注視していたので、
多分こうしたことかしら、と思いながら帰宅した。

昼食後、私は川沿いの遊歩道を散策する。
桜、ハナミズキの朱色の色づき具合、そして薄の穂の情景を確認したく、出掛けたのである。

晩秋の光景もさりげなく心にとめて、季節感を受容することが私にとって最優先となっている。
その年なりの風景に接し、心の想いが残れば、と歳を重ねるたび深まっている。




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十六夜(いざよい)の光の下で・・♪    《初出2006.11.7.》

2008-05-05 20:17:59 | 定年後の思い
東京の郊外は、昨夜の十五夜の満月は、雲間に隠れてしまい、
観ることは出来なかった・・。

私は月を眺め、自分のその時の思いを託したりしているが、
十六夜の月は格別である。

古人の時代から、満月よりやや遅れていざよいながら昇って来る、と伝承されてきた。

私の人生の軌跡と同様に、心持ちをためらいながら歩んできたので、
何かしら共感している。

十六夜の月を先程眺めてきたが、私にとっては微笑んでいるように観えた。

自分の心の合わせ鏡と思ったりしている。



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暦のうえでは、立冬であるが・・♪   《初出2006.11.7.》

2008-05-05 20:15:32 | 定年後の思い
暦の上では、立冬であり、冬のはじまりと云われているが、
東京の郊外は、風は強く吹いているが、10月の上旬の暖かさとなっている。

先程、買い物に行ってきたが、小公園に通り過ぎると、
落ち葉が空中に舞い上がり、地上は吹き寄せのように落ち葉が道路のはずれ、建物の片側に押し寄せられていた・・。

空は青く澄み切って、風がなければ、ぽかぽか陽気となっている。

帰路、住宅街を通り過ぎたが、どのお宅も落ち葉の吹き寄せとなっている。
風のあたらない一角に空き地があるが、
晩秋の陽射しをさんさんと受けて、コスモスの残り花、、薄の白い穂が微(かす)かに揺れていた。

古人達は、冬の時節、暖かさが何よりのごちそうです、
と云われてきたが、本日に限ってはそうかしらと思うくらいの陽気である。



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霧雨の朝を迎えて・・♪    《初出2006.1107.》

2008-05-05 20:13:29 | 定年後の思い
東京の郊外は、昨日の午後3時過ぎから霧雨が降ったり、止んだりしている。

夕食後、月をほめに玄関庭に出て、夜空を見つめたが、曇り空で月は隠れてしまっている。

私は、羞恥心のある月かしら、と思いながら居間に引き返したりした。

今、こうして主庭を見つめながら綴っているが、
ときおり微風が吹くと、紫木蓮の葉がはらはらと、少し小奇麗になった黒土に、舞い降りている。

霧雨が止んで折、静寂な庭に小鳥達が定期便のように飛来している。
のどかなひとときであり、これから天気は急速に回復し、秋日和と報じている。


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雨の降る前、庭の剪定・・♪    《初出2006.11.6.》

2008-05-05 18:59:40 | 定年後の思い
昨夜、月を眺めてほめた後、明日の庭の手入れの為に、
10時半に布団にもぐった。

山根基世・著の『ことばで「私」を育てる』を読みながら、
寝付いたが、深夜の2時過ぎに目覚め、
続きを読んだりしたが、5時ちかくになると、
日中は庭の手入れをするので、寝不足は禁物なので、目をとじた。

朝の七時のニュースを視聴している時、
東京の郊外は午後より雨が降る、と報じていたので、
朝食を急いで食べて、庭に飛び出た。

過日、主庭を七割方終えたので、残りを片付けた後、玄関庭の剪定をする。

家内は玄関庭の剪定をはじめて折、雨が降らないうちに、
と急いで剪定を進めたりした。

空模様はどんよりとした曇り空であったが、
薄日が差し込んできたので、少し戸惑いを覚えたりした。

ある程度、剪定が終わったのは、午後一時過ぎで、家内にお風呂に入って貰い、
私は枝葉の散乱している落ち葉拾いをしたりした。

先程、家内と遅い昼食をしたが、
『雨が降らないうち・・何とか・・出来たね・・』
と私は家内に言ったりした。

こうして今、主庭を見ながら綴っているが、
幾分小奇麗になっている樹木を眺めている。



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秘かに、絢香という歌手に魅了・・・♪    《初出2006.11.5.》

2008-05-05 18:56:24 | 音 楽
この三ヶ月、ラジオなどで絢香という歌手の歌声に魅了されている。

私は定年退職後の年金生活をし、歳を重ねた62歳の身である。

私は日頃から音楽も好きであるが、ここ5、6年は若手の音楽には興味を薄れている。

平成9年の秋、小柳ゆきの『あなたのキスを数えましょう』を偶然にテレビで観た時は、
仰天し、それ以来『愛情』、『be alive』を初めとするCD、DVDなどライブ盤を含め、
熱愛ファンの期間が2年ほど続いた。

その後は、元 ちとせ、平原綾香には少し感心したが、魅了されるところまで心が響かなかった。

先程、ヤフーの無料動画で、絢香(ayaka)の『I believe』、『Real voice』、『三日月』の三曲を視聴したが、
歌詞と歌声に改めて魅せられている。

何が好いかといわれても、男女の間の恋しさと同様に、感覚、そして感性の問題である。

62歳の歳を重ねた身であるが、
ブームなどという浮ついた時代を超える名曲のひとつ『三日月』を
改めて毎晩視聴するつもりだ。

尚、余計なことであるが、私が勤めいていたレコード会社とは、
上記の4名の歌手はすべて他社であり、少しため息をついている事も事実である。



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それぞれの秋のひととき・・♪    《初出2006.11.5.》

2008-05-05 18:53:57 | 時事【社会】
東京の郊外は、秋日和の日中となっている。

お勤めの多くのお方達は、金曜日の文化の日の祭日より、三連休となっていると、過日報じていた。

この時節、行楽地に行かれ、それぞれのお方達が楽しまれている、
とテレビのニュースで伝えていた。

先程、私は買い物に出かけ、バスの通る歩道を歩いていたら、
自転車で30数人のツーリング・グループを見かけたりした。

そして、川沿いの遊歩道を歩き、多くの家族連れの人達を見かけた。
のどかな秋日和、幼児達は親の手を握り締めて、
微笑ましい光景となっている。

スーパーの店内も家族連れの方が多く、
父親に甘えている小学生を見かけたりし、こうした連休の合間、家族間のスキンシップも私は好感している。

それぞれのご家族で、それなりの秋のひとときを過ごされ、
昨今、悲惨な出来事の多発する中、こうした人々を見かけると、
私は爽やかな心持ちとなっている。


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かそけき爽(さわ)やかな朝・・♪    《初出2006.11.5.》

2008-05-05 18:45:14 | 定年後の思い
東京の郊外は、薄日の射す朝を迎えている。

昨日、庭の手入れをしていて、主庭の剪定などをしたが、
私の住む街では枝葉などは、市の指定の『燃えるゴミ袋』で出すことになっている。

我が家では、8袋まではあったが、在庫が尽きてしまった。

夕方、家内に入浴して貰い、私が最後の頑張りと枝葉を整理していた時、
雨が降ってきた・・。

『月曜日は・・雨が予測されているのだが・・
何で・・今・・雨が降るの・・』と私は呟きながら、
軒下で煙草を喫いながら、雨脚を見つめ空を見上げたりした。

今朝、小鳥が何時ものように飛来してきたが、
こざっぱりとした樹木、枝葉が散乱しているので、
戸惑っている。

昨夕から夜まで雨が降り続いたらしく、
樹木の枝葉は雨露をたたえて、散乱した切り落とされた枝葉が濡れている。

日中は秋日和の晴れ間で23度前後を迎えるので、
散歩の折、『燃えるゴミ袋』を買い求めることとしている。
日中の秋日和で散乱した枝葉も乾くので、
明日に庭の手入れの続きをしょうと思っている。

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秋日和の中で、庭の手入れ・・♪    《初出2006.11.4.》

2008-05-05 18:42:55 | 定年後の思い
東京の郊外は、薄日が射す朝を迎えているが、日中は晴れ間の秋日和となる。

私の今月の目標は、晩秋から初冬の庭の情景、と心に誓っているので、
日中は少しずつ庭の手入れに専念しょうとしている。


10時前に庭に下り立ち、樹木の剪定をしたり、草抜きをはじめた・・。

その後、家内も高枝バサミで塀際の樹木の剪定をした。

樹木の剪定は、家内の方が大胆である。
風通しと、どうせ伸びるのだから、せっかくの機会に切り込む、といった状況である。

私は果樹木は、枝ぶりもさることながら、来年の実りを配慮した剪定しているので、
小休憩の時にため息をつきながら、煙草を喫ったりしている。

しかも、家内は実りを期待しているので、人生矛盾だらけとも思っている。

私は心身とも秋日和の中、こうした健全な時の流れを大切にしているので、
笑って見守っている。






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秋深まり、十三夜・・♪    《初出2006.11.3.》

2008-05-05 18:35:04 | 定年後の思い
昨夜のテレビで天気予報を報じていた折、、明日の文化の日に十三夜・・眺められれば、
と若い女性のキャスターが云っていたのを想いだした・・。

6時過ぎ入浴の後、雲の多い夜空を観たが、月が雲隠れしてしまい観られなくなった。

その後、家内が入浴の後、
『貴方・・こちらの方よ・・』と家内は言った。

2階の洋室の窓辺から、雲の流れる合間から、煌々と十三夜が観られた・・。

私は十五夜も好きであるが、秋の深まった今頃の月の眺めに哀歓を感じる。

月の眺めは、早朝の月、昼の月、そして春、夏、冬とあるが、
私にとっては、自身のその時の心境の合わせ鏡、と歳を重ねるたび深まりを覚えている。

こうして眺めているが、秋を彩る朱色、黄色の葉と同様に、
同じように季節は巡って来ているように思われるが、
年々歳々 花相似 年々歳々 人不同
という名言が心に沁みてきている。


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ときには、ため息・・♪    《初出2006.11.3.》

2008-05-05 18:33:23 | 時事【社会】
東京の郊外は、文化の日に相応(ふさわ)しく、おだやかな秋日和となっている。

私は昼過ぎに買い物に行く時、少し遠回りして川沿いの遊歩道を歩いた。

川べりの薄の群生の穂を見たり、せせらぎの流れ、川面の陽射しを見つめたりした。

最近、この付近の住宅分譲地が40坪弱で5000万円を超える新聞の添付チラシが入っていた。

この分譲地は私は知っているが、こんなに評価されてもいいのかしら、と思ったりしている。

そして、今朝の読売新聞で【安倍内閣 閣僚の公開資産】の発表記事を思いだした。

この中のお1人が、富山市、魚津市に自宅があり、宅地、田、畑、山林、原野、池沼、雑種地を保有し、
固定資産税課税標準額で算出されているが余りの安さに驚いている。

私の住んでいる宅地の課税標準額と比べれば、
このお方の所有されている土地すべての5倍前後は理論上保有できることになっている。

ある地方都市の郊外は、このような評価をされているのかしら、ため息をついたりした。
或いは都心の郊外などは過剰な実態なのかしら、と思ったりしている。

私は地方の里山の一角に平屋の一戸建てで住むのが夢であったが、
サラリーマンとして都心に長らく勤めている間、止む得ず断念した思いがあるので、
羨望のわだかまりが少し残っている。

こうした思いがあるので、少しこだわっているのが本心である。

尚、閣僚、国家議員のお方達の中で、有価証券として株を保有されているが、
心の節度として、おかしな事と思っている。

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無名な宮沢賢治が亡くなった後・・♪    《初出2006.11.3.》

2008-05-05 18:30:36 | 読書、小説・随筆
ここ数日、嵐山光三郎・著の『追悼の達人』(新潮文庫)を読んでいる。

特にこの中で教えを受けたのは、宮沢賢治は追悼によって世に出た、と読んだ時は驚いたりした。

著作者の嵐山光三郎・氏の格調たかい名文を引用させて頂きます。


昭和8年、花巻で無名の詩人が急性肺炎で死んだ。
・・・
(宮沢)賢治の死は、詩人仲間の草野心平の手で友人たちに知らされたのみであった。
・・・
没後、唯一、次郎社より「宮沢賢治追悼」雑誌が出た。
草野心平が逸見猶吉と企画した同人雑誌「次郎」が形を変えて出版された追悼集で・・・

この薄い一冊の追悼文集に寄り、宮沢賢治への評価の起爆剤となった・・・


そして、著作者の嵐山光三郎は、
いまの日本詩壇に、無名詩人を発掘する第二の草野心平がいるだろうか・・
と結びの文として綴っている。


私は宮沢賢治に関しては、無知なほうである。
数年前、雪の降る時節に、花巻温泉に滞在して、
その折、宮沢賢治記念会館に行き、見学し、多少学んだ程度である。

東北地方の観光面に於いては、松尾芭蕉と並び宮沢賢治の両名を活用し、
知名度の向上を果たしたりしているのが、
昨今の実態である。

いずれにしろ、無名で亡くなった詩人が詩人達の好意により薄い追悼文集が起爆剤となり、
詩壇はもとより文化のひとつまで足跡を残させた史実に驚いている。



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見知らぬ街・・♪    《初出2006.11.2.》

2008-05-05 18:25:57 | 時事【社会】
私は東京の郊外にある調布市に住んで50年以上になる。

独身、結婚後の5年を除き、ほぼこの市に住んでいるが、
通いなれた道でも急に新興の住宅街となって驚いたりしている。

散歩の折、川沿いの遊歩道を歩いているが、
少しはずれ10年前頃の知った道を歩き出すと、
梅林であった処がマンションが建っていたりしている。
周囲の状況も変わり果てて、私は見知らぬ街を歩くような錯覚にとらわれる。

先程のマンションも5、6年は過ぎている模様で、
私がこの辺の時の流れに無知であったのである。

散歩の折、こうした驚きも味わえるのだが、少し寂しさも隠せないの本音である。

人の営みに寄って、社会は常に動いている、と理解しているつもりであるが、
私の思案する歳月より早いかしら、と先程から思い浮かべている。

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秋日和の中・・♪ 

2008-05-05 18:22:08 | 読書、小説・随筆
東京の郊外は、おだやかな秋日和となった。

11時過ぎに家内と駅前まで、川沿いの遊歩道を歩く。

家内は歯科医院に治療を受ける為で、
歯科医院の付近で家内と別れ、私は本屋に寄った。
新刊本のコーナーに観たがこれといって興味がなかったので、
この場合は見逃した本を探す為に文庫本のコーナに行く。

山根基世・著の『ことばで「私は」を育てる』(講談社文庫)があった。

以前、この山根基世・女史の初エッセイ『であいの旅』(毎日新聞社)の新刊本を本屋で偶然に見かけたので、
買い求めたのは昭和63年(1988年)の秋であった。
その翌年に、『歩きながら』(文化出版局)を買い求めたりした。

この人はNHKのアナンサーをしている身の方であったが、
真摯な思いに共感し、私の熱愛するひとりとなったりしていた。
家内もこの二冊の本を読んで、好感した。

平成元年の頃、テレビにこのお方で出ていると、
家内に『基世ちゃん・・出ているよ・・』と私は家内に知らせたりした。

その後、ときおり月刊誌などで随筆を読んだりしているが、
その後の本の出版に関しては見逃していた。

こうした折、偶然に文庫本のコーナーで一冊を出会った。


もう一冊は、嵐山光三郎・著の『追悼の達人』(新潮文庫)であった。

この著作者は私は10冊程度しか読んでいなく、多数発表されているお方であるので、
ほんの一部しか理解していない範疇となっている。

この本は、明治、大正、昭和の時代の小説家49人に関して、
死に寄せられた追悼文、悼辞を通して、読まれたお方の心境を通して、
亡くなわれた人を解明する著作者の力作である。

私は家内との待ち合わせの『ドトール』で読み始めた・・・。

家内と買い物を済ませた後、帰路も川沿いの遊歩道を歩く。
遊歩道の一部は小公園となったりしているので、数多くの樹木がある。
さくらの枝葉は、秋の装(よそ)いとなって折、
朱色に少し染め上げていた。

川のせせきらぎの水音も昼下がりの陽射しを受けている。

こうした中、長袖のシャツでも少し汗ばんでいるが、
家内と他愛無い話をしながら、のんびりと歩けるのは、贅沢なひとときと感じている。

帰宅後、家内と遅い昼食としたが、
私はビールを呑みながら、砂肝(すなぎも)のニンニク醤油揚げ、秋刀魚(サンマ)の竜田揚げ、
そしてほうれん草のソテーを誉めた。

午後の陽射しの中、主庭の樹木も秋たけなわとなり、
私は家内とこうした時間を過ごせるのは、あと10年あるかしら、
と思ったりした。

人生のひととき心が満たされた時は、
あとで振り返ったときに、感じることが多いのが少し判ってきているからである。



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石原慎太郎・著の『弟』・・♪   《初出2006.11.1.》

2008-05-05 18:06:44 | 読書、小説・随筆
ここ数日、石原慎太郎・著の『弟』の文庫本を読み、
今朝の3時過ぎに読み終えた。

平成8年(1996年)の初めに、本屋で平台につまれた新刊本に、
ベストセラーで話題となっていたので、
何となく心が引けて購入しなかった一冊である。

昨夜、読んだ本は平成11年(1999年)に発刊された文庫本である。


5ページ程度読んで、後はそのうちに読めばいいや、程度になった一冊である。

私は昭和32年頃に小学校六年であったので、
この前後の石原裕次郎の映画は、人並みに観ていたが、
この人に好感することなく、東京オリンピックまでは観ていた。

私にとっては、石原慎太郎が何時の時代でも、まぶしい存在だった。

常にそれぞれの時代に船首のような荒波となってきた言動に、
教示させられたり、喚起したり、ときには少し違うのではないかしら、
と作家としてデビュー作から注視してきたお方であった。

このように二人を見てきたひとりとして、兄の視線から弟を描く伝記的な作品で抵抗があった。

読了後、たぐまれな兄弟愛、そして亡き弟の鎮魂歌となっている。

ともすれば、美化しがちな肉親の視線が多い伝記の中で、
数多く登場する人物に第三者の冷静な視線も著者は表現している。

こんな感じで読み込んでいたので、久々に真夜中の読書となった。

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