夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

『足立美術館』の日本庭園の余情は・・。

2009-06-19 08:18:13 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活5年生の64歳の身であるが、
家内とふたりだけの家庭であり、共通趣味は国内旅行である。

食事の時とか、家内の休息の時なども旅行先の想いで、こぼれ話をすることが多い。

昨日も、昨年の今頃は『上高地』に散策に行ったわねぇ、
と家内は私に話しかけてきた。

今朝6時過ぎに、私は主庭のテラスに下り立ち、
煙草を喫いながら、雑木の多い枝葉を眺めていると、
一昨年のこの時節に初めて訪れた『足立美術館』の日本庭園が蘇(よみがえ)ってきた・・。


一昨年の6月17日より2泊3日で、ある旅行会社の『山陰地方』の周遊観光ツアーに参加した折、
羽田空港から伊丹空港に出て、天橋立で散策した後、城崎温泉で外湯めぐりをし、宿泊し、
翌日は山陰の浦富海岸よりフェリーで海上から鳥取砂丘の景観を楽しみ、
賀露港で下船し、鳥取砂丘を鑑賞した後、
海沿いの羽合温泉に宿泊した。

その後、足立美術館で庭園を眺めた後、
松江の堀川めぐりの遊覧船に乗り、
出雲大社で参拝した後、米子空港より帰京した小旅行であった。

私は海上からの鳥取砂丘、そして初めての足立美術館の石庭に魅了されて、
ツアー旅行に参加することにしたのである。

この時の旅行に関しては、このサイトに於いて、
【 山陰紀行 《下》 【2007.6.17. ~ 6.19.】 】と題して、
投稿しているが、あえて再掲載をする。

【・・

 第7章  初めての足立美術館

旅から戻り、ここ2日間は枯山水の庭を思い返している・・。

私は枯山水の庭は、日本の各地で10数ケ所しか観ていないので、
設計されたお方の創作に基づき、作庭師が具現させながら、
庭師の方達が従事する総合作業と思い、
依頼主の思考を加味させた総合芸術のひとつと確信している。

その上、季節の移ろいに応じて変化する景観なので、
創作はもとより維持管理は苦労の絶えない庭と感じている程度である。

従って、素人なので観た感覚しか綴れない。

最初に感じたのは、借景が十二分に生かされたゆるぎない美の結晶と思い、
5分程、眺めた後は、確固たる美でありすぎるので、
心に余情が生まれないのである。

こうした思いになると、
西洋人の一部のお方が絶賛する理由が分かるのである。

いずれにしても、その季節の移ろいごとに眺め、
百年後の風雪に耐えた枯れた庭を観たい気になるが、
これは叶わぬ夢である。

私は絵画、彫刻、童画の世界には興味はないが、
陶芸の世界は多少興味がある程度である。

館内から茶室の『寿立庵』までの飛び石の配置、
そして松を中核とした庭には、
和やかな心となり、素直に感銘をした。

晩秋のひととき、この茶室で抹茶を頂ただき、余情を感じたまま、
その後、枯山水の庭を眺めるのも一考かしら、
と夢をみたりしている。


http://www.adachi-museum.or.jp/ja/index.html

・・】


そして、後日の22日に於いては、
【 今年、初めての梅雨の1日となり・・♪ 】と題して、
このサイトに投稿している。

【・・
初めて梅雨の時節に相応しい1日となった・・。

連日、30度前後の暑さが続き、空梅雨かしらと水不足を心配していたが、
今朝の早朝から降ったり、止んだりした後、10時過ぎから小雨が降り続いている。

私は梅の実を採った後、ここ数日読んでいる本を午後より開き、読んだりしている。
『足立美術館~日本庭園と近代美術~』(山陰中央新報社)、
足立全康・著の『庭園日本一 足立美術館をつくった男』(日本経済新聞出版社)の2冊である。

最初の一冊は足立美術館の基本解説書であり、
あとの一冊は美術館の依頼主の人生の軌跡であり、
私なりに気になるお方である。

この本の帯には、作家の堺屋太一氏が、

「金儲け、社会還元、道楽、三つとも該当する」・・・
そういいながら71歳で日本一の庭園美術館を創った人物、凄い!

このように推薦文として、明示されていた。

この文を読んだら、私なりに興味が沸(わ)き、購入した次第である。

この二冊は、足立美術館のミュージアム・ショップで私なりに選定し、
買い求めた二冊の本である。

この2冊を小雨の降り、最高気温でも25度程度の過ごしやすい日中を読んだりしていた。

暑さに苦手な私としては、梅雨の時節、
待ち焦がれた静寂な小雨の1日でもある。
・・】


そして、翌日の23日に於いては、
【 夢幻のひととき、足立美術館の庭園・・♪    】と題して、
このサイトに投稿している。

【・・
足立美術館の茶室の前は、秋の情景だった。

私はどうした訳が分からないが、お茶会に招待され、和菓子は避けて、抹茶を頂いている。
周囲の客人も面識のない女性ばかりであった。

この後、私は独りで軒下でたたずみ、
枯山水の庭を眺めていると、ひとりの年配の男性が傍に寄ってきた・・。
このお方は、軒下に部下のような40代の男性に安易な椅子を二席用意させ、
私に座るように目でうながしている・・。

私は年配の男性のお方とは面識がなかったが、
創設された足立全康氏と分かった。

私は座ると、家内に似た50代の女性が抹茶の茶碗を私に手渡した・・。

私は頂ただくと、常温の純米酒であることに気付き、
私は照れて、扇子を取り出し、扇(あお)ぎはじめた・・。

『お気に頂けました・・』
と創設者は私に訊(たず)ねた。

『これだけの庭を創られたこと・・大変な事と・・感じました・・
思いつきはどなたでも出来ますが・・
いざ、具現化する時には・・
たとえ財力があったとしても・・出来ないこと多く・・ただ言葉に重ねるばかりでして・・』
と私は言った。

創設者は微苦笑して、そばにいる女性に、
私が頂いている抹茶茶碗を指して、お代わりを持ってくるように、
手振りをしていた・・。

私は気付き、
『充分・・頂きましたので・・』
と言ったが、声にならなかった。


ここで夢だったか、と昼寝から目覚めた。

私は思い込みの激しい人なので、関心のある方、興味のあることが、
幼年期より夢の中で、よく見ることがある。
亡くなわれた創設者が夢の中で出てきたりするので、
不可解にも夢幻と現(うつつ)の世界を行き来することもある。

先程、庭に下り立ち、樹木を眺めながら、
過日の旅の折、足立美術館の枯山水の庭は、
私の心に何時までも残影があり、余韻があった、
と改めて認めたりしている。

・・】


このように私は『足立美術館』の日本庭園に関して投稿していたが、
今朝の6時半過ぎに読み返し、微苦笑しながら、
旅の余韻、そして余情を享受している。

そして私の住む所は古来より武蔵野の地なので、
雑木の庭がふさわしいかしら、と無力な私は苦笑している。



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