先程、ヤフージャパンより配信されたニュースを見ていたら、
『 吉永小百合はなぜ若々しい?
健康的に「80歳の壁」を越える“体の動かし方”の秘訣" 』、
と題された見出しを見たりした。
雑木の多い小庭の中で、古ぼけた戸建て住んでいる。
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歩くことが何より健康体の源(みなもと)と思い、そして適度な熟睡する睡眠、或いは程ほどの食事が、
セカンドライフの私なりの健康体の三種の神器として思い、年金生活を19年近く過ごしてきた。
そして好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。
これらに関して、多くの御方と共有致したく、記事を転載させて頂く。
《・・・ 人生100年時代が到来したと言われるが、
元気に生活できる「健康寿命」は男女とも70代。
80代以上の高齢者の多くが、寝たきりや要介護になるという。
どうすれば80歳の壁を越えて、健康的に暮らすことができるのか。
本稿は、和田秀樹『80歳の壁[実践篇]』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。
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(略)
70歳になると、25歳時と比べて、全身の筋肉量が平均30%も減少します。
筋肉が落ちると、さまざまな問題が生じます。
筋肉は、人間の体のなかで最大の「発熱機関」なので、体温(平熱)が下がります。
すると、免疫細胞の活動が弱まり、ガンにもなりやすくなるのです。
むろん、筋力が落ちると、「サルコペニア」になりやすくなります。
「サルコペニア」は、加齢によって、筋肉量が落ち、身体能力が下がった状態のこと。
ギリシャ語で筋肉を意味する「サルコ」と、喪失を意味する「ペニア」を組み合わせた造語で、
老年医学界で使われている用語です。
サルコペニア状態に陥ると、立ち上がりや歩行といった日常的な動作が難しくなります。
そして、ますます歩かなくなると、筋力がさらに落ち、
足が上がらなくなって、歩行時に転倒しやすくなります。
というわけで、端的にいうと、高齢者にとっての運動は、
「心肺機能を高める」よりも、「筋肉を維持する」ために必要なものなのです。
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(略)
高齢になってから、どうすれば筋力を落とさずにすむか?──
それは、やはり「歩く」ことに尽きます。
歩き続けるために、歩くのです。
歩くと、足腰の筋肉だけでなく、背筋や腹筋も鍛えられます。
歩くことは、最も手軽な全身筋トレなのです。
しかも、歩くと、血流がよくなり、心肺機能や代謝機能が高まります。
体全体の若さを維持する効果もあるのです。
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ここで、高齢者がトレーニングとして「歩く」ときの心得をいくつか紹介しておきます。
1 「歩くスピード」にこだわらない
若い人向けのウォーキングの本には、「時速6キロ以上で歩く」などと書いてあるものですが、
高齢者は速度には、こだわらないことです。
年をとると、筋肉がすぐに疲労して、乳酸がたまってしまいます。
自分の体力、体調に合わせて、マイペースで歩くことが大切です。
なお、老年医学で、フレイルやサルコペニアと判定する基準は、
おおむね「歩行速度が秒速1メートル未満(時速3.6キロ未満)」です。
ただ、それ以下のスピードでも、歩かないよりは、よほどマシです。
2 歩きだす前に、最低限、この「2カ所」はストレッチする
歩く前に、筋肉をよくほぐしましょう。
全身のストレッチをするのが望ましいのですが、
少なくとも、ふくらはぎと太股の裏だけは、しっかりストレッチしましょう。
この2カ所は、高齢者が歩き続けるための生命線。
痛めると、あとが厄介です。
3 70代までは「いろいろな道」、80代は「決まった道」を歩く
歩くルートは、おおむね70代までは、「いろいろな道」を歩くといいでしょう。
歩くと、車や自転車に乗っているときには、気づかないことにも、目が向きます。
そうした発見が脳を刺激してくれます。
一方、八十路に差しかかったら、毎日同じ道、少なくとも歩き慣れた道を、
歩いたほうがいいでしょう。
知らない道を歩くと、転倒したり、迷子になるリスクが高まるからです。
4 雨の日は「家の中」で歩く
高齢者が雨の日、「危険」をおかしてまで、滑りやすい路上を歩く必要はありません。
家の中で「歩くふり」をするだけでも、けっこうな運動量になります。
その方法は簡単で、足を前後に開いて、腕を「イチ、ニ、イチ、ニ」と前後に振るだけでOKです。
それだけで、体がポカポカ温まり、また肩甲骨の周辺がほぐれて肩こりが楽になるはずです。
● 「いい靴を買う」は「いい足を買う」こと
爪先の上がった滑りにくい靴を選ぼう
高齢者にとって、「歩きやすい靴」を履くことは、若い頃以上に重要です。
いい「靴」を探すことは、いい「足」を探すことといってもいいでしょう。
そこで、「いい靴=歩きやすく、かつ安全な靴」を買うコツをいくつか紹介しておきます。
まずは、「爪先がいくぶん上がっている靴」をおすすめします。
つまずきにくくなるうえ、歩きだしも楽だからです。
とりわけ、足が上がりにくくなっている人は、
室内履きも、爪先が上がっている「ケアシューズ」を使うといいでしょう。
室内履き用のスリッパは脱げやすく、またつまずきやいので、高齢になると、けっこう危険なのです。
とくに、足腰が弱っている人は、室内履きも、スリッパタイプではなく、
「かかとのある靴」を履いたほうが、歩きやすいはずです。
また、外履きも室内履きも、開口部分が大きく、足を入れやすいものを選ぶといいでしょう。
ファスナー付きで、簡単に脱ぎ履きできる靴もおすすめです。
そして、とにかく「滑りにくい靴」を選びましょう。
70歳を超えたら、たとえ孫の結婚式でも、底がつるつるの革靴を履かないことです。(略)・・⦆
注)記事の原文に、あえて改行など多くした。
高齢者がトレーニングとして「歩く」ときの心得を、
私は学び、多々学んだりした・・。
私は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に住み、
生家も近く、結婚前後の5年を除き、私としてこの地域に74年近く住んできた為か、
調布の里っ児、或いは原住民かしら、と思ったりすることもある。
最寄駅としては、京王線の場合は、『つつじが丘』、『仙川』の両駅は徒歩15分である。
そして小田急線の場合は、『喜多見』、『狛江』の両駅は徒歩20分となっている。
或いは私が長らく通勤で利用した小田急線の『成城学園前』駅は徒歩30分となっているが、
何かしら京王線と小田急線にサンドイッチされたかのような辺鄙(へんぴ)な地域に住んでいる。
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いずれも路線バスの利便性は良いが、年金生活を始めてから原則として散歩も兼ねて、
殆ど路線バスを利用することなく、ひたすら歩いたりすることが多い。
私は年金生活の当初から、我が家の平素の買物に関して、
自主的に買物専任者として宣言し、家内から依頼された品を求めて、
独りで殆ど毎日、スーパー、専門店など歩いて行き、買物メール老ボーイとなっている。
やがて私は我が家の買物の責務を終えて帰宅した後は、
やはり独りで自宅周辺の3キロ範囲を歩くことが多くなっている。
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こうした中、付近に流れている野川の両岸にある遊歩道を歩いたり、
或いは小公園、小学時代に通学した旧市道を歩いたりしている。
ときには最寄駅の商店街に立ち寄り、知人と談笑したり、
都立の神代植物公園に遠征したりすると、中学時代の同級生に逢う時もある。
こうした時、偶然だよねぇ・・、とお互いに再会を喜びながら、
過ぎし中学時代のそれぞれの同級生のことを話したりすると、長話になったりする時もある。
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そして私は、亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。
そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、
見知らぬ男性、 女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。
或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらく、と私は笑いながら逢ったりして、
明るい日中だとコーヒーを飲んだり、 夕暮れすぎの場合はビール、水割りのウィスキーを呑みながら、
談笑をしたりしている。
或いは私が勤めていたあるレコード会社のOB会と称せられる懇親会に出席したりすると、
上司だった御方たち、或いは同世代の数多くの人と談笑したりしている中、
数人から、XXさんは感性もお若いですょ、と私は社交辞令のお世辞を頂くこともある。
或いは女性グループの中で談笑している中、たまたま音楽の話題となり、
他社の『いきものがかり』を定年後に偶然に聴き、
何かと吉岡聖恵(よしおか・きよえ)ちゃんの歌声に、励まされていますょ、
特に『YELL(エール)』は、高齢者の私でも心身のビタミン剤ですょ、と私は言ったりした。
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。
ときには遊歩道、公園などを歩いたりしていると、見慣れた情景でも、
樹木、草花など、 初めて気づかされて、こんなに美麗な花だったの・・新たなめぐり逢いに感謝をしたりしている。
このように私は日々散策したりすると、
イギリスの湖畔詩人と称されたワーズワースは、湖水地方の緩やかな谷と丘が連なる道、
或いは小さな町の田舎道を、何10キロでも平気で歩いたと伝えられているが、
私も少しばかり真似事をしているかしら、と微笑んだりする時もある。
私は無念ながらイギリスの湖水地方には訪れたことはないが、
確か20数年前の頃、 NHKのBSに於いて、湖水地方について連続番組を視聴し、
少しだけ情景は学んだりした。
そして肝要のイギリスを代表するワーズワースには、
何かと海外文学に苦手な私は、 詩にも素養がなく、恥ずかしながら無知なひとりである。
たったひとつ記憶しているは、私が高校2年生の下校時、
映画館に立ち寄って観た作品からであった。
エリア・カザン監督の『草原の輝き』(1961年)で、
ナタリー・ウッドが扮する高校女学生が、 教室で詩を朗読するシーンであった。
草原の輝き 花の栄光
再びそれは還(かえ)らずとも
なげくなかれ
その奥に秘めたる 力を見出すべし
私はストリーに涙ぐみ、そしてこの詩には瞬時に魅せられ、そして二回目を見て、
字幕スーパーを薄暗い座席でノ-トに書き留めて、
詩を創られた御方が、ワーズワースと知り、私は17歳の時であった。
私は後年になると、ワーズワースも波乱に満ちた人生航路を歩んだと学んだが、
もとより詩に託した才能で、後世にも多くの方に敬愛されている人である。
そして私は《・・ワーズワースは、生まれ育った地で、生涯にわたってこの地を散策し続けた・・》に、
つたない私でも、瞬時に琴線(きんせん)が静かに奏(かな)で始めたりした・・。
私は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に生を受けて、
やがて都心の高校に通学して、都心の底知れぬ魅力に圧倒的に魅了され、
通勤を含めて45年ばかり彷徨(さまよ)ったが、
定年後に年金生活を始めて、私の住む3キロ範囲を歩き廻るのが、何よりも心身安らぎを得ている。
そしてここ10数年、デパートに買物、懇親会、冠婚葬祭などで都心に出れば、
人出の多さに疲れ果て、やがて我が家の最寄駅のひとつ『成城学園前』駅に降り立つと、
何故かしら安堵している。
このような心情を秘めた私は、たとえ時代、住む国と地域、才能も天と地の差があるが、
ワーズワースさんのお気持ち・・少しは理解できますょ、と私は微苦笑を重ねたりしてきた。
そして私は、自宅から3キロ範囲にある遊歩道、小公園、住宅街を歩いたりし、
ときには45分ばかり歩くと深大寺があり、隣接した処に都立・神代植物公園があり、
年金生活の中、幾たびも尋ねたりしてきた。
そしてここ15年、都心に買物、懇親会、冠婚葬祭などで出れば、
人出の多さに疲れて、やがて我が家の最寄駅のひとつの小田急線の『成城学園前』駅に降り立つと、
何よりも心身の安らぎを得ている。
こうして私は年金生活を始めて、早や19年生になるが、
つたない定年退職時まで歩んだ私でも、人並みに程々の年金を頂き、
平日の閑静な時に自由に散策ができることに、改めて倖せを感じたりしている・・。