上着なしで歩けるほど暖かい。一気に春が来た感じだが、また寒くなるらしい。気持ちよく散歩に出たが、歩きすぎないようにと途中で引き返した。1年前くらいに建った200坪近くある洗練された日本家屋がある。庭も素晴らしい!その家から、少し調子の外れた歌が聞こえてくる。さて、??どうもご老人らしい歌声だ。聞いていると「琵琶湖哀歌」だった。暖かくてご気分がよろしかったのだろうか。梅の花が咲いていて、鴬でも囀りそうだった。
ああ、明日はダレンタインデーなのだなぁ などと思うが、どうもこれは日本では違う形になっているようだ。「女性から男性へ愛は告白できなかったのか??」などと思いながら、今話題のジェンダーを考えた。確かに、日本では女性の参政権を見ても男性とは20年ずれている。「女性史年表」などをみると、当時意識しなかった男女の差別にびっくりぽんしている。これは戦後、それも30年前くらいのお話だ。
最近は「なぜ」という段階が省略されてきている気がする。女性が働く環境や男性の育児に関してもヨーロッパとは社会保障の面ではるかに違っている。たまたま私は放送大学の「ヨーロッパの福祉制度」で学んだが、そういう理解が必要な気がする。その場だけの議論では、おそらく20年から30年の遅れは変わらない気がする。
でも、私の中にも男子は大工仕事ができるはずだ などという変な意識がある。もと夫が大工仕事ができないのにびっくりしたことがあった。気が付かないうちのもっているバイアスはある。そういうことをもっと掘り下げていくのがいいのだろうな。ただただ、走って走っての高度成長では忘れたことばかりなのだろう。
「自由」や「平等」は長い歴史のなかで(戦いの中で)獲得できたものだと思う。年号や名前の暗記でなく、その運動の背景を学んでいくようだといいなぁ とおばあさんは思うのです。今日はちょぅと違う写真です。