昨年の同じ時期乗鞍岳に登ったあと、岳沢から前穂高岳を目指したが結局2450M地点で撤退。「これくらいにしておいてやる」ことにしたが、「今年はそうはいかないからね」と再挑戦。
0600時に上高地を出発。岳沢への登山道はほとんど雪がなくなり樹林帯を抜けたところから本格的な残雪となる。2時間半ほどで岳沢ヒュッテ到着。ここで身支度を整え、0900時前に奥明神沢を登りだす。
岳沢から前穂高岳への登山道は重太郎新道だが、今の時期はまだ危険で通るのは難しい。奥明神沢は雪がなくなればガラガラの岩場なので登れない。積雪期でも雪崩の可能性の高いときはやはり無理。となると登れるのは「今でしょ」
最初は傾斜もゆるいがやはり昨年引き返した2450M地点くらいからだんだんきつくなってくる。この辺りで左前穂高岳、右明神岳と沢が分かれる。
今日は快晴で視界良好、稜線もくっきり見えてくる
傾斜がきついと感じるのは登っているときより振り向いて下を見たときである。そんなことはありえないのに、感覚的にはほとんで垂直にさえ思える。登ったのはいいが、「下りられないから迎えに来て」とはいえないので帰りは後ろ向きに下りるしかないな、などと思いつつ登っていく。
お腹もすくし、のども渇くのだが、ザックをおろして座れるようなところは全くないほど急傾斜が続くので登るしかない。
稜線近くなると雪はなくなり岩場になるが、ガラガラしていてアイゼンを履いたままでは歩きづらい。1130時ころやっと前穂と明神を繋ぐ3000Mの稜線に出る。
これまでも3000M級の稜線の登山道を歩いたことはあるが、どこも一応登山道があるぐらいなのでそれほどひどく切れ落ちていたりはしていない。しかし登山道などないこの稜線の東側はほとんど絶壁で、身の毛のよだつ、息を呑むような絶景である。思わず「ヒェー」と声が出てしまう。写真を撮るには立ち上がって少し前へ出なければいけないのだが立ち上がるのさえ怖い。かろうじて1枚撮ったが写真では全くその雰囲気が伝わらないのが残念
白く見えているところは標高2500Mほどだと思うので落差500Mほど切れ落ちている
ほんとうはもっとゆっくり見たいのだが怖くてとても見ていられない。高所恐怖症でもないのにこんな経験は初めてである。少し視点を変え、南側の明神岳方面を眺める。こちらはやっと落ち着いて見ていられる。
黒いトンガリが明神岳の1峰、2峰。その先が霞沢岳、乗鞍岳、そして遠くに御嶽が見える
こちら西側の西穂高岳方面
北側の道標が建っているのが前穂高岳(3090M)山頂のようだ
標高3090Mの前穂高岳へはあと90Mほどトラバースぎみに登らなくてはならないが、この稜線ではとてもその勇気はなく、この3000M地点からの眺めで十分満足できたので下山することにする。
登るのは息が苦しいがあまり恐怖感はない。下りは息は苦しくはないがひたすら怖い。2500M地点くらいまでのほとんどの部分はは後ろ向きでないと下りられない。右手でピッケルのピックを刺しながら左手はステップに置き、アイゼンの前爪を蹴りこんで梯子を降りる要領の3点確保で慎重に下りていく。緊張でのどが渇くが水など飲める状況ではないので雪をなめて、のどを潤す。
やっと前向きに下りられるところまで下りてくると心底ホッとする。
下に岳沢ヒュッテが見えてくる。あとは尻スキーで一気に滑って下りる。緊張のあとの緩和、その爽快感たるや
1300時ごろ、岳沢ヒュッテまで下りてくる。暖かいおでんが体に染み渡る
あとはのんびりと上高地まで下っていく。河童橋からあらためて見上げる。4時間ほど前にはあの一角にいたのがなんだか不思議に思える。
上高地を1600時発新島々行きのバスに乗って松本行きの電車に乗り継ぐ。疲れているはずなのに道中全く眠くならない。数時間前の刺激的な経験で神経が高ぶっているのか、一種の覚醒状態がホテルのベッドに入ってからも続いていた。