のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

さよならバースデイ/荻原浩

2007年03月04日 21時52分23秒 | 読書歴
■ストーリ
 類人猿の言語習得実験を行う霊長類研究センター。
 そこで働く研究者が相次いで自殺する。
 目撃者は人と会話をするボノボ、バースディのみ。
 愛する彼女はなぜ死んだのか?若き研究者が謎を追う。

■感想 ☆*
 残念ながら主人公にまったく感情移入できず
 さらさらと読み飛ばしてしまいました。
 尊敬していた恩師と、プロポーズまでした大好きな恋人を
 失くして意気消沈しているかわいそうな主人公なのに。

 あまりにずっと意気消沈しているだけ
 やさぐれているだけ、うじうじとしているだけ、の
 主人公についつい苛々してしまって・・・。

 だってボノボがかわいそうなんだもの。
 ボノボには人が亡くなること自体がわからないのに。
 大好きな人がいつの間にかこなくなって
 その上、来てくれる大好きな人は
 来てくれるけど上の空で、いつものようには構ってくれない。
 ボノボからすると、とんでもなく理不尽で
 かわいそうな状況だと思うのです。
 しかも、題名からも分かるように、最後の最後には
 大好きな人や大好きなものと「さよなら」させられるのです。

 何をどうやっても、一番の被害者は、
 バースディという名前のボノボだと思えて仕方がありませんでした。

 「動物実験をするべきじゃない」なんて
 綺麗ごとを言うつもりはさらさらないけれど。
 でも、中途半端にボノボを仲間として考えるべきではないな
 と思うのです。「仲間」として受け入れるのであれば
 最後まで面倒を見てあげるべきだし、
 実験道具として捉えるのであれば、甘ったるい感傷や
 きれいごとを挟むべきではない、挟んじゃいけないと思うのです。

ハーフ/草野たき

2007年03月04日 21時43分25秒 | 読書歴
■ストーリ
 もう、いい加減、わかってくれないかなぁ。
 もうぼくは、父さんにつきあえるほど、こどもでもなければ、
 おとなでもないんだ。
 父さんは言う。僕の母さんは犬の「ヨーコ」だって。
 本気で言うんだ。でも、ぼくはかわいそうじゃない。
 かわいそうなんかじゃない。そう何度もつぶやいてみる。
 父一人、子一人、母一匹のおかしな家族の再生物語。

■感想 ☆☆☆☆
 泣いた。泣いてしまった。
 一生懸命、強がってる真治君が痛々しくてたまらない。
 父さんが大好きでたまらない。
 だから父さんを傷つけるようなことは言えない。
 犬の「ヨーコ」が母親のはずない、と分かっていても
 父さんに反論はできない。その反論が父さんを傷つけるから。
 でも、積極的にその話に乗ってあげることもできない。
 中途半端な気持ちをもてあましている真治君の辛さが
 身に迫ってきた。

 その上、真治君は母親に対しても憧れを抱いているのだ。
 顔も名前も知らない母親に対して、愛情を注いでいるのだ。
 期待をしているのだ。母さんは僕を捨てたわけじゃない。
 何か理由があるだけなんだ、と。
 勿論、表立っては何も言わない。思わないようにもしている。
 けれども、何かの拍子にその期待が顔を出すのだ。

 子どもなのに、本音を押さえ込もうとする真治君。
 子どもなのに、父親を守ろうとする真治君。
 子どもなのに。子どもだから。
 必死で目の前の状況を受け止めるのだ。

 児童小説なので、さらりと読める。あっという間に読める。
 児童小説だからこその躍動感が楽しく痛い一冊だった。

小石川の家/青木玉

2007年03月04日 21時24分03秒 | 読書歴
■内容
 昭和13年、幸田文は離婚し、娘の玉を連れ、青々と椋の枝がはる
 露伴の小石川の家に戻った。万事に愚かさを嫌う祖父の小言の嵐は
 九つの孫にも容赦ない。「二度とはご免蒙りたい」十年の歳月を
 クールにユーモラスに綴り、晩年の露伴、文の姿を懐かしく
 においたたせる。

■感想 ☆☆☆*
 演出家、久世さんが愛した青木玉さんの作品を初めて手にした。
 読み始めてすぐに久世さんが愛した世界に魅了され、なぜ
 彼が青木さんの綴る世界に惹かれたかが分かった気がした。
 青木さんが綴る日常風景は、「時代」の空気が余すところなく
 伝えられているから。そして、その空気は、おそらく
 久世さんも過ごした時代のものなのだ。だから、久世さんは
 彼女の文章に懐かしさを感じ、いとおしんだのだろう。

 露伴や幸田文を思い出させる文語調の混在したリズムの
 とりやすい文章に、幸田露伴や文の魅力が散りばめられている。
 全く知らない彼らの姿が、というよりも彼らが織り成す
 家族の絆がとても懐かしい。
 頑固一徹な「大黒柱」としての存在感、そして、
 大黒柱を支える「縁の下の力持ち」。
 どちらも「古き懐かしいものたち」の風景だ。

 玉さんは偉大な文学者でもある祖父、露伴を怖がり、遠目に眺め、
 大好きな母親は自分の父親である露伴を心から尊敬している。
 玉さんは母親の祖父への態度から、祖父の偉大さを覚える。
 そして、玉さん自身は、無条件で母親を慕い、憧れる。

 少し古くて、今はあまり見かけないような親子関係が
 ここには存在している。今、いたるところで見かけるような
 「友達親子」なんて薄っぺらいものではない関係。
 べったりとくっつき、依存しあうことはない。
 けれども確かにお互いを認め合い、信頼しあっている家族関係。

 いくら感情をぶつけ合い、ぶつかりあっても
 結局は親子、家族であればこういう暖かい描写になるんだろうな
 と思わせてくれる随筆集だった。

復活の証

2007年03月04日 20時52分12秒 | 日常生活
ようやく歩けるようになりました。
リハビリも兼ねて、商店街までお散歩です。




・・・・まだまだ本調子ではない模様。
歩いてるだけで、ふらふらしてきました。
なんだか地面に足がちゃんとついてない感じです。
小さい頃に憧れた「病弱な女の子」って感じです。

「病弱な女の子」というフレーズに
自分の女の子度が上がっている気がして嬉しくなってきました。

確実に錯覚ですが。
というよりも、単なる妄想ですが。

まだ多少、ふらふらしてますが、
妄想でわくわくできているあたり、
確実に「本調子」一歩手前ののりぞうです。

・・・って、本調子かどうかの判断はそこでよいのか?