旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、時には単車に跨って。

寄居七福神と晴雲と思いきりアメリカン 八高線を完乗!

2021-01-16 | 呑み鉄放浪記

 キハ110系の3両編成が冬枯れの背景の中、長瀞峡を抜けてきた荒川を渡る。
カタンカタンとガーダー橋を叩く音と警笛とが、山に谷に、遠く近く響いて、今回は八高線を往く。

オイルターミナルへの引き込み線を持つ倉賀野駅には、長いタキの編成を牽く青い電機が唸りを上げている。
八高線の気動車は倉賀野から八王子を目指すが、最初の北藤岡駅までほぼ高崎線の線路を走る。

朝日を浴びて3番線に2両編成のキハ110系が入ってきた。高校生が居ない休日の朝は乗る人も少ない。

 寄居町の札所5ヶ寺には巨大な七福神像が置かれ、武州寄居七福神として観光誘致に一役買ってる様だ。
用土駅を降りて雪の浅間山を見ながら蓮光寺を訪ねると、布袋尊と福禄寿のご利益を受けることができる。

一つ先の寄居駅から10分ほど歩くと、荒川橋りょうの袂、極楽寺で毘沙門天と弁財天が迎えてくださる。

寄居駅は八高線のほか秩父鉄道と東武東上本線が乗り入れる要衝だけど、相互の連絡は決してよくはない。

 キハ110が走り出すやプルトップを引く、ボックスシートの幅広になった窓際には缶ビールが置けて嬉しい。
おっと、寄居の町では訪ねることができなかった恵比須神がここにいらっしゃった。

350mlを飲み干す頃、キハ110は小川町駅に滑り込むと高崎行きの下り列車と顔をそろえる。
和紙のふるさと水清き小川町は酒どころでもある。この小さな町に晴雲、帝松(松岡酒造)、武蔵鶴の3蔵がある。

煉瓦造りの煙突も誇らしげな晴雲酒造は、小川町の米を使ったこだわりの日本酒造りを行っている。
併設する採れたての地元の野菜を使った人気の食事処「自然処 玉井屋」へは、開店の11時に飛び込む。

にんじん、からし菜、赤かぶの小鉢、それに特製の "飛竜頭(がんもどき)の旨だしがけ" とアテがならぶ。
ランチコースには食前酒のサービスが付いて、やや辛口の純米吟醸酒 "無為" をスッキリといただく。

主菜の "鮭の粕漬焼き" を箸でつつきながら "手造り晴雲" を味わう。県産好適米で醸すこれまたやや辛の酒だ。
ご飯には "とろろ" をたっぷりかけて、粕入り味噌汁といただいて、今回も満足なランチなのです。

 小川町を出ると約30分で高麗川に到着する。高崎から走ってきたキハ110系の仕事はここまで。
この先八王子までは電化されていて、運用上、川越線を走ってきた電車に仕事を奪われる哀しいお話し。

高麗川と云うからには半島と関係がある?続日本記には霊亀2年(716年)に「駿河・甲斐・相模・上房・下房
常陸・下野の高麗人千七百九十九人を以て、武蔵国に遷し、高麗郡を置く。」とある。

駅から20分、高麗神社は、高句麗からの渡来人 高麗王若光を主祭神として祀っている。
神社は初詣の分散参拝の呼びかけの効果か、この日も少なくない参拝者が訪れていた。

 なんだか夕張メロンを想像させるラインをひいた4両編成の電車が高麗川~八王子間を走る。
この間、幾つもの尾根を越え川を横切るので、意外に急な上り下りが連続するのである。

箱根ヶ崎から拝島までの15キロほどは車窓左手に横田基地が広がっている。東福生でちょっと途中下車。
駅を背にすると直ぐにR16、東側に歩道はなく高い壁になっている。5分も歩けば第二ゲート交差点だ。

ベースサイドストリート(R16)には、アンティークショップ、ライブハウス、雑貨、古着、アートギャラリー、
カフェ、アイスクリーム店が並び、ちょっとした異国情緒を味わえる街並みを楽しめる。

ちょっとだけアメリカを感じたら再び夕張メロンな4両編成で南へ向かう。
拝島で青梅線、五日市線、西武線と連絡し、夕陽に染まる多摩川の鉄橋を渡ると終点は近い。

4両編成が大きく左カーブを切ると、まずは中央本線、続けて横浜線が近づいてくる。
十分に速度を落とした電車は、何度かガタガタと分岐器に揺さぶられ、旅の終わりの1番線に滑り込む。
気動車と電車を乗り継いだ八高線の旅は、寄り道を重ねて8時間と少々、もう一軒立ち飲み行っちゃう?

八高線 倉賀野~八王子 92.0km 完乗

思いきりアメリカン / 杏里