旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、時には単車に跨って。

TOMOEシャルドネ新月と菊文明と橙色の気動車と 芸備線を完乗!

2021-08-14 | 呑み鉄放浪記

 中国山地にあるローカル線の小駅、交換待ちしているキハのオレンジが夏の日に照らされて眩しい。
この週末は中国地方の背骨に沿って、広島から姫路へと芸備線・姫新線を呑み抜けようと思う。

博多から都区内への乗車券をこのルートに乗変すると差額は990円、ちょっとした遊び心で冒険は始まる。
07:21、のぞみ2号を降りた広島はすでに35度。真夏日の土曜日、さすがのターミナル駅も閑散としている。

9番ホームへ降りると、すでに三次行きの1808Dがディーゼルエンジンを響かせていた。
JR東海に続きJR東日本でも全廃になったキハ40系列もここでは健在、広島近郊では堂々4両を連ねる。

効きの悪い冷房、ローカル線独特の大袈裟な揺れに、朝レモンサワーしながら身を委ねる。
キハは大きく右カーブして大田川を離れる。迫る山並みにマンション群的な広島の風景とはお別れになる。

中三田駅では下り快速の通過を待つ。照りつける陽、騒ぎ立てる蝉がいなければ静かな山間の駅だ。
っと、キハが短くなっている。広島への通勤圏を抜け、どうやら途中駅で後ろ2両を置き去りにしたようだ。

09:52、オレンジのキハ2両は三好駅に終着する。ここに降り立つのは三江線を呑み潰して以来になる。
さて、乗り継ぐ備後落合行きまでは3時間の待ち合わせ、ちょっと路線バスに乗ってワイナリーを訪ねてみる。

 葡萄色の屋根と欧州風の尖塔、広島三次ワイナリーは緑に囲まれた丘の上にあった。
ワイナリーの専用圃場ではメルローやシラー、ピノ・ノワールなど、ヨーロッパ品種も栽培している。

BBQガーデンでは “TOMOEシャルドネ新月” をいただく。樽が効いて重厚なシャルドネだ。んっちょっと贅沢。
ランチは “焼き肉丼” を択んだ。ニンニクのチップを散らして、ジューシーな和牛が美味しい。

 備後落合行きの356Dはキハ120系の1両、彼が登場するのは相当な赤字ローカル区間だ。
こんな時期ではあるが青春18きっぷの期間でもあり、コアなファンをのせてほぼ満員での発車になる。

兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川、車窓には原風景的な里山が広がる。民家の石州赤瓦がチャーミングだ。

糸瓜が陰をつくった広縁、作務衣のボクはい草の枕に微睡む。チリリンと風鈴の音。仏間から線香の香り。
庭に手押しポンプの井戸、捌口の下に桶を置いて、西瓜にトマト、キュウリ、缶ビールが冷水に浮かんでいる。
思い出したように起き出しては、冷えた缶ビールを掬い上げ、プシュッとリングを引く。至福だ。
子どもは虫取りあみを抱えて、従兄たちを追って飛び出していったままだ。
居間のテレビから微かにさよならヒットを叫ぶ声、試合終了を告げるサイレン、聞いたことがない校歌。
どれくらい寝ていたのだろうか、家々から風呂を焚く薪の匂いがする。
「そろそろ蚊取り線香付けましょうね」と義姉の声、糸瓜を透して夕焼けが降ってくる。

ってな妄想をしているうちに列車は山間のターミナル備後落合に終着。乗降人員30人/日に満たない駅だけど、
14:30には三次、新見、宍道と3方面からの列車が落ち合って、一時の賑わいというか輝きを見せるのだ。

 乗り継ぐ新見行きの444Dもキハ120系の1両、違うのは岡山色の橙と赤の帯ってところか。
キハは時折25km/hの速度制限区間を這いながら、成羽川と一緒にくねりながら山を下る。
呑み人は広島県側最後の町東城に途中下車する。下車するのは唯一人、乗るファンを満載したキハを見送る。

かつて東城は広島藩の家老が配され、中国路の要衝としてまた鉄の集散地として栄え、旧い町並みが残る。
築120年の元旅館・山楽荘は町並みを代表する町家、一般公開しているのでお邪魔してみた。
往時7軒を数えた造り酒屋は2軒が残る。で “菊文明” の北村醸造場さんを訪ねて、様々お聞かせいただいた。
北村醸造場さんはご夫婦で営む小さな酒蔵、酒は地元を越えて流通はしない。地元の宝のような蔵なのだ。

17:10、東城始発の454Dは高校も夏休みに入ってガラガラ、よって迷わず “菊文明” 純米吟醸を開ける。
辛口の酒をひと口ふた口と重ねるうちに、列車は備後から備中へと旧国境を越える。

やがて列車は右へ90度の急なカーブを切って、谷間の小駅、備中神代駅に到着する。
終点の新見まで2駅を残して下車するのは、伯備線と合流するこの駅が芸備線の起点、この旅の終着点だから。

夕日に照らされたキハ120が、0キロポストを半ば埋める夏草を排気で揺らして、トンネルに吸い込まれた。
人っ子一人いないどころか猫の子さえも居ないホームにポツリと独り、芸備線の旅の終わりを噛み締める。

新見の夜は早い。19:00を過ぎたあたりで人は歩いていない。
ビジネスホテルのフロントの兄さん推奨の焼きとり屋で旅で「はんばきぬぎ」を。先ずは生ビールを呷る。
夏バテ気味の今宵のアテは “長芋梅肉和え” と “たこ酢” でさっぱり。二杯目はめずらしくハイボールで。

それでもやっぱり地酒が欲しくなって、地元新見の “三光正宗” をいただく。もちろん初の手合わせだ。
“ねぎま” と “つくね” を焼いてもらって、定番の辛口食中酒と愉しむほどに、静かな新見の夜は更けゆくのだ。

芸備線 広島〜備中神代 159.1km 完乗

オレンジ・エアメール・スペシャル / 久保田早紀 1981