太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

強制終了

2013-03-10 10:32:25 | 人生で出会った人々
昨日、友人と行こうと思っていたイタリアンのレストランが混んでいて、

1時間待ちだというので、急遽、友人が教えてくれた焼き鳥屋に行った。

「GLAD」というその店は、どのメニューも3ドル90セントなのだという。


その店の前は何度も車で通っているのに、存在に気がつかなかったぐらいこじんまりとしているが、

奥に長いつくりになっていて、日本のこぎれいな居酒屋に来た気分。

テーブル席は予約で一杯、予約をしていない私たちはカウンター席だった。

店内は活気に満ちていた。




ここのオーナーは日本人。

彼は新婚旅行で初めてハワイに来て、ハワイが大好きになり、いつかハワイで暮らしたいと思った。

その思いは消えたわけではなかったが、日本で焼き鳥屋を始めて、日々の生活に追われるうち、

それは単なる憧れになっていった。

そんな折、彼が癌であることがわかり、余命2ヶ月だと宣告されてしまう。

大きな手術を3回受けたあと、

彼は荷物をまとめてハワイに引越し、焼き鳥屋を始めたというわけなのだ。



ほんとうに自分がやりたいことを、あれこれ理由をつけながら見て見ぬふりをしていた彼に、

人生は突然、強制終了をかけたのだと思う。




いろんな形で、きっと多くの人の人生に、こういうことは起こる。




命にかかわるようなことはなかったが、私にも何度か体験がある。

私の父は、祖父の会社を継ぎたくないばっかりにデパート勤めをしていた時に、

祖父が余命を宣告される病になり、しぶしぶ入社したが、祖父は88まで生きた。

父が継いだことで、会社は大きくなったし、父は81歳の今でも毎日行く場所があり、元気にしていられる。



うまくいっていたはずのことが、突然シャッターを下ろすように遮断されたとき、

それをどう受け止めて、どう行動するか。

私は、自分自身の、そしてまわりの人たちの体験をみながら思うのだ。

起きたことの意味なんか、すぐにわからなくたっていい。

その時は大騒ぎしたっていい。

ただ、強制的に閉ざされた先に続いたはずだった事に焦点を合わせずに、

今自分が選べる新しい道に気持ちを切り替えられる、あっけらかんさがとても大事だ。



『失うもの』 を 『手放すべきもの』 だと少しでも思えたなら、それでじゅうぶんだ。




「GLAD」(うれしい)という店の名前にも、

メニューが全部3ドル90セント(サンキュー)という設定にも、

彼の思いが伝わってくる気がする。

おおぶりの焼き鳥が二串で1セットで、どれもしみじみと美味しかった。

鳥釜飯も、ちゃんとした釜飯やさんの釜飯みたいで(これも3ドル90セント!!)

私はオコゲを何度もかじりつくして食べた。



入ったときには気がつかなかったが、入り口に近い場所でオーナーが焼き鳥を焼いていて、

店を出るときに、出口まで出てきた。

つやつやとした顔色の、彼の笑顔からは「うれしい!」が光のようにあふれており、

私は胸がいっぱいになって、泣きそうになって困った。



店内にも、店の外にも、多くの人が空席を待っていた。

みんな彼の「うれしい!!」のおすそ分けをもらいに来ているのかもしれなかった。











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