太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

母親業はつらいもの

2023-02-11 13:36:58 | 日記
血液検査を受けに行った。
マンモグラフィーと血液検査は1年に1度やることにしていて、忘れないように誕生日月近くにしている。
子宮頸がんの検査は3年に1度しか保険が効かない。

予約をしなくていいラボに9時頃行くと、待合席に小さい子供を二人連れた母親が待っていた。
子供の年齢は私にはわかりづらいけど、上の子が2歳になるかどうか、下の子が1歳未満というふうで、下の子供は赤いカートに乗っている。
母親は中国人か韓国人が混ざっているようにみえる。

「NOッッッッ!!!!!」

という金切声で、思わずそちらを見てしまった。
母親が子供に言っているのだが、その声の大きいこと、怖いこと。ドアの外まで聞こえていると思う。
それも1度や2度ではない。

「NOッッ!!」
「NO!!!!!!!!!」
「Knock it off!!!!(やめなさい!)」

私と親子との距離は1mもない。
母親が叫ぶたびに、胸がドキっとするほど怖いのだが、言われている子供は案外平気で笑ったりしている。
普段から言われ慣れているのかも。
受付にいる人も、ちらちらと親子を見ていて、時々私と目が合い、暗黙のサインを送りあう。
その親子が先に呼ばれて個室に入っていった。
そこでも母親の金切声が続く。

「何度言ったらわかるの!やめな!!」
「ダディに言うよ、言って来てもらうよ、それでいいんだね!!」(ダディ、どんだけ怖いんだ・・・)


子供がいない私には、何も言う資格はない。
だから、このことはジュディスにしか言ってない。
娘を二人育てたジュディスは母親の気持ちもわかるし、長年のつきあいで私のこともよくわかっているからだ。

「そう言いたくなるとき、あるんだよ。仕事みたいに何時に終わって解放されるわけじゃなし、私をイライラさせるために子供がいるんじゃないかって思ったりしたよ。それでも理性が少しは残ってて、怒鳴らないで伝えられるように努力はしたなあ」

夫の甥がまだ小さかったとき、義兄が息子に何か言い含めるのに、息子の目線までしゃがんで、ゆっくり大人の言い方で話していた。
人には感情があり、毎度そんなふうにするのは無理というものだろうが、せめて怒鳴らずに話すことはできないだろうか。


妹の子供が赤ちゃんだった頃、食べ物で遊んでしまって、ちゃんと食べなかったり、スプーンを投げたりするのを見て、私はひとごとながらイライラしているのに対して、
私の母は叱ることもなく、適当にあやしており、なんという忍耐力かと感心した。

「体が必要なときには食べるだろうし、今だけだよ、大人になっても食事中にスプーンを投げる人はいないでしょ」

確かにその姪は立派に成長した。

それを聞いて、昔、友人が子育てをしていたとき、5歳になる娘が、夕食の支度をしてあるのにカップラーメンが食べたいと言った話を思い出した。
その時友人は、黙って娘にカップラーメンを出した。娘は喜んでそれを食べた。
翌日の朝食にも、友人は娘にだけカップラーメンを出した。それも娘は喜んで食べた。
昼食にも、カップラーメン。夕食にも、カップラーメン。
さすがに3日目、娘は普通のご飯が食べたい、と蚊の鳴くような声で言った。
「たとえ1か月毎日カップラーメン食べたって、長い目で見れば健康は取り戻せるし、絶対飽きるんだから、やってみりゃいいんだよ」
その友人は、無理に人参やブロッコリーを食べさせることもしないと言っていた。
人参はリンゴジュースに混ぜてしまうのだそうだ。
「だってそういうことで戦うのめんどくさいし、そのうち食べるようになる」
子供の頃に嫌いだったものって、大人になるといつのまにか好きになったりするものだ。



同じく子供を持ったことのない夫にも、私は待合席の親子の話をしなかったのだが、
私が夕食の支度をしているとき、猫のコーちゃんがしつこくシンクに飛び乗ってきて邪魔をするのに辟易しているのを見ていた夫が、

「もう少し優しく言ったらどうだろう」

と言ったのを聞いて、ハッとした。
今はきれいごとを並べているけど、私が母親になったら、金切声で子供につらく当たっていた可能性は高い。
いやはや、私が子供を持たなかったことは、不幸な幼少時代を過ごす子供を余分に作らずに済んだということであろう。