Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

赤坂山王日枝神社(2021年6月12日参拝)

2021年07月29日 | 東京十社巡り
国会議事堂の次は日枝神社へ。
徳川家ゆかりの由緒ある神社であります。

裏鬼門として江戸城と江戸を守る神社の参拝が楽しみです。


所在地:東京都千代田区永田町2丁目10番5号
御祭神:大山咋神
相殿神:国常立神、伊弉冉神、足仲彦尊
創建:不明
社格:官幣大社・別表神社
札所:東京十社巡り


【由緒】
創建の年代は不詳。
文明10年(1478)太田道灌が江戸城築城にあたり、
川越の無量寿寺(現在の喜多院・中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのに始まるという。
徳川家康が江戸に移封された時、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした。

慶長9年(1604年)からの徳川秀忠による江戸城改築の際、
社地を江戸城外の麹町隼町に遷座し、庶民が参拝できるようになった。

社地は家康により5石、元和3年(1617)に秀忠により100石、
そして寛永12年(1635)に徳川家光からの寄付を加えて600石となった。

明暦3年(1657)明暦の大火により社殿を焼失した為、万治2年(1659)、
将軍家綱が赤坂の松平忠房の邸地を社地にあて現在地に遷座した。
この地は江戸城から見て裏鬼門に位置する。

明治元年(1868)11月の東京奠都の際に准勅祭社に指定された。
その後明治3年(1871)に神祇官直下から東京府管轄に移され、
明治5年(1873)の官国幣社の選定時にも漏れ、そのまま東京府の府社となった。

明治14年(1881)に氷川神社宮司で日枝神社の祠官を兼ねていた平山省斎が、
皇城鎮護の神社が府社であっていいはずがないので、官幣大社にしてほしいと願い出た。

この時は官幣大社にならなかったが、東京府・内務省の賛成を得て、
明治15年(1882)1月9日に官幣中社になった。
大正元年(1912)には官幣大社に昇格した。

昭和20年(1945)の東京大空襲で社殿が焼失し、昭和33年(1958)に再建された。


【山王鳥居】


面白い形をした鳥居です。


【山王男坂】




思っていたよりなかなか急な石段でした。


【神門】








これは美しい神門です。

東京はこのような派手な色使いの社殿が多いですけど、
決して嫌味には感じないのが素晴らしい。


【手水舎】



【宝物殿】




無料で拝観出来るということで余り期待していなかったけど、
入ってみてビックリした。


【太田道灌像】





【刀剣】
























まさか無料で国宝と重文の刀剣が見れるとは。
というか国宝の則宗が無料で拝めるなんて凄過ぎ。

ここだけで拝観料を取っていいレベルですよ。

本当に嬉しい誤算でした。

さて、気分が上がったところでお参りをしよう。


【拝殿】 


後ろに高層ビルがあるのが東京の神社の特徴の一つです。






この色使いは関西の社殿では余り見ないタイプです。


【狛狛猿】




こんな所にお猿さんが。
しかもオスとメスがいました。

あ、よく見ると子ザルもいた。(^^

猿は鬼門を守る神の使いとされる。

【神輿庫】





【蔵】



【山王稲荷神社・猿田彦神社】







【紫陽花】



【鳥居】






稲荷神社の鳥居が良い雰囲気です。


【大鳥居】




こちらが正鳥居かと思ったが裏鳥居なのね。


【狛犬】





【御朱印】


四体のうち二体をいただきました。

東京の神社の御朱印代は500円がデフォルトになってきてますね。
さすが物価の高い東京だけある。




しかし日枝神社はおまけを貰えました。(^^

亀戸天神社(2019年12月22日参拝)

2020年06月25日 | 東京十社巡り
ある意味とても印象深い普門院から歩いて数分で、
本日のメインである亀戸天神社に到着。

あの歌川広重の連作浮世絵名所絵の名所江戸百景の一つとして、
亀戸天神社の境内が描かれている神社です。

昔から彼が描きたいと思ったほどの境内だったようですね。


【名所江戸百景】


広重らしいとても良い浮世絵です。



所在地:東京都江東区亀戸3-6-1
御祭神:天満大神、天菩日命
創建:寛文元年(1661)
社格:府社
札所:東京十社巡り


【由緒】
正保年間(1644-1647)菅原道真の末裔であった九州の太宰府天満宮の神官、
菅原大鳥居信祐は天神信仰を広めるため社殿建立の志を持ち諸国を巡った。

寛文元年(1661)江戸の本所亀戸村にたどり着き、
元々あった天神の小祠に道真所縁の飛梅で彫った天神像を奉祀したのが始まりとされる。

当時、明暦の大火による被害からの復興を目指す江戸幕府は、
復興開発事業の地として本所の町を定め、
四代将軍徳川家綱はその鎮守神として祀るよう現在の社地を寄進した。

寛文2年(1662)社殿・楼門・回廊・心字池・太鼓橋等が、
太宰天満宮に倣い造営された。

本殿の扁額は御本社である太宰府天満宮宮司であった西高辻信貞による揮毫。

古くは総本社に当たる太宰府天満宮に対して東の宰府として東宰府天満宮、
或いは亀戸宰府天満宮、本所宰府天満宮、と称されていた。

明治6年(1873)に府社となり亀戸神社、
昭和11年(1936)に現在の亀戸天神社となった。


【大鳥居】



【太鼓橋】




太宰府天満宮にも太鼓橋がありました。
やはり本社と似せるようにしてますね。






ただ、ここは太宰府天満宮の太鼓橋より景色が良い。

何故ならここから東京スカイツリーが見えるから。

歌川広重が現代に生きていたのなら、
間違いなくこの構図で浮世絵を描いていたことだろう。


【筆塚】


大鳥居から入って右側にありました。

菅原道眞公は弘法大師、小野道風に並ぶ能書家といわれ、
書道の神として崇められています。


【太鼓橋】



【藤棚】






心字池の周りに藤棚。
5月には綺麗な藤が咲き乱れているのでしょう。


【弁天社】



【太鼓橋】


もう一つの太鼓橋。
こちらの方が傾斜が緩やかです。




大鳥居方向へ振り向いたらこんな感じ。

マンションばっかりで風情が台無しですが、
境内の雰囲気は良いですよ。


【拝殿】


拝殿が見えてきました。






これは立派な拝殿です。




東京スカイツリーとのコラボも楽しめます。


【東京スカイツリー】





【神輿庫】


この辺りに参拝者用の無料駐車場がありました。


【鶯の碑】



【五歳菅公像】


少年時代の道真公の像は初めて見ましたよ。


【神楽殿】



【御嶽神社】



【花園社】





【御朱印】