Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

三徳山 三佛寺(2019年9月16日参拝)

2020年04月05日 | 中国観音霊場


朝食を食って朝風呂に入って、
旅館の若旦那と三佛寺に行くまで時間があるので、
近くをブラブラ。


【旅館街】


昔は三朝温泉も観光客で賑わっていたが、
今は結構減っているそうです。


【ニューラッキー】


何か怪しげな雰囲気を私のアンテナが察知。






昔はヌード劇場だったそうだ。

どおりで私のアンテナが敏感に察知するもんだ。(笑)

さて、国宝ツアーの時間が来たので行きますか。
天気が怪しいので何とかもってほしい。


所在地:鳥取県東伯郡三朝町三徳1010
宗派:天台宗
御本尊:釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来
創建:慶雲3年(706)
開山:役行者
開基:(伝)慈覚大師
札所:中国観音霊場、伯耆観音霊場、百八観音霊場


【縁起】
三徳山は古くは美徳山と称し、慶雲3年(706)役行者の開創と伝えられています。
 
役行者は奥の院投入堂 を建立、御本尊金剛蔵王大権現を祀り、
修験道の行場であり山陰道屈指の霊場です。
 
嘉祥2年(849)慈覚大師が山下に堂宇を建て、
阿弥陀如来・釈迦如来・大日如来の三尊を安置し、
三佛寺浄土院と称し、一山の総本堂とし投入堂蔵王殿を奥の院としました。
 
往古は堂舎38・寺三千軒・寺領一万町を領していたが、兵火の為、焼失。
 
その後、建久七年(西暦一一九六年)源頼朝の本願により、堂舎三十八・坊数五百軒を造営し、寺領三千石及び、山上に五百貫の梵鐘を寄進しました。
 天正五年(西暦一五七七年)、領主南条元継が、当山の再興を願い、文殊堂・地蔵堂(重文)の再建をされ、  
 天保十年(西暦一八三三年)、国主 池田斉訓が本堂を再建、今日に至っています。

【三徳川】


若旦那の車に乗って無料駐車場に到着。

小雨が降っている。(泣)

登れるだろうか、心配だ。


【石段】


結構しんどい石段を登り入山受付に行くと、
雨で滑りやすくなっているので投入堂までは入山禁止とか。

うわぁぁぁぁぁぁぁ~、
ここまで来て入山禁止とかぁぁぁぁぁぁぁ~。(泣)

何でやねん、ありえへんわ~。
鳥取って気軽に行ける地域じゃないのよね。

今回逃すといつになるか分からないから辛い。(号泣)

このまま旅館まで戻るとツアー料金6000円は不要になるけど、
それでは余りにも寂しいので本堂や宝物館等を案内してもらうことにした。


【皆成院】




最初に見えるのが宿坊で中国四十九薬師霊場札所の皆成院。

こちらでも御朱印がいただけますが、
御朱印帳を最初の拝観受付所に預けて書いていただいているので、
手持ちの御朱印帳が無くいただけず。

投入堂が描かれた御朱印帳もありましたが売り切れ。

宿坊で御朱印をいただく際は、
拝観受付で御朱印帳を預けないようにしてください。


【石段】



【正善院】




絶賛修復中。

いい感じの本堂になりそうですね。

御朱印もいただけるようですが、
さすがに無理でした。


【輪光院】






こちらも宿坊の一つです。






御朱印いただけます。


【石段】


本堂へ向かう。


【境内】


雨が恨めしい。
昨日まで晴れていたのに。


【宝物殿】


貴重な仏像や狛犬等、見どころが多い宝物殿でした。
残念ながら撮影不可。


【本堂】




早速本堂に上がらせていただく。

堂内は神仏習合の名残りがあって、
神社色の強い珍しい内陣でした。

私が参拝出来たのは本堂まで。


【礼拝石】



【石段】


これにて無念の参拝終了。


【投入堂】


旅館の若旦那の御配慮で、
少し離れた投入堂が見えるスポットまで連れて行ってくれた。






はぁ、行きたかったわ~。

でも、姿を見れたので悔しさが少し晴れました。(^^

またいつの日か必ず参拝することを誓った。


【御朱印】



円通禅寺(2018年12月24日参拝)

2019年02月02日 | 中国観音霊場
今回の旅もいよいよ終わりが近づいてきました。

美しい五重塔がある備中国分寺や磐座がある石畳神社等、
まだまだ参拝したい神社仏閣があるが、
タイムリミットは待ってくれない。

レンタカーを福山駅近くの店まで返しに行かないといけないし。

それでもどうしても参拝したいお寺がある。

それが良寛和尚が修行した円通禅寺で楽しみです。

曹洞宗の名刹として名高く、
茅葺屋根の本堂等の伽藍も見所です。



所在地:岡山県倉敷市玉島柏島451
宗派:曹洞宗
御本尊:聖観音菩薩
創建:元禄11年(1698)
開基:徳翁良高和尚
札所:中国三十三観音霊場、山陽花の寺二十四か寺、備中国浅口三十三観音霊場、百八観音霊場


【縁起】
円通寺は良寛和尚修行の寺として名高い。
 
元禄11年(1698)加賀金沢の名刹大乗寺の住職を退いた
高僧徳翁良高和尚を開山として迎え、
開創された補陀洛山円通寺庵が寺の起こりである。

御本尊は行基菩薩作と伝えられる聖観世音菩薩(星浦観音菩薩)。

寺域一帯は岡山県指定の名勝地とした円通寺公園であり、
すこぶる景勝の池である眼前に玉島湾や水島灘が光を湛える眺望は、
格別の風情で良高和尚も当地を景勝地として称えている。
 
安永8年(1779)22歳の良寛和尚は十世大忍国仙和尚の直弟子となり、
正式に出家得度し国仙に随侍して当寺に安居、寛政7年(1795)頃まで修行した。

当寺は大正初年頃より良寛の修行地としての由緒を慕う来訪者が続いている。


【風景】


お寺の無料駐車場というか広場に車を停めて参拝開始。


【石段】



【石仏】


こちらは御本尊の星浦観音菩薩の写しなのかな。


【鳥居】


これは鳥居なのか閂木門か不明。


【秋葉宮】


参道の左上に秋葉宮が鎮座。

後で参拝することにしよう。


【庭園】






巨石を配置した荒々しく豪壮なお庭です。


【青銅露座地蔵菩薩】







【参道】



【蓮弁浄水】



【境内】



【良寛堂】




茅葺屋根の渋さがたまらない。

衆寮で良寛和尚が祀られているようですね。


【白雲閣】


これは座禅堂のようです。


【良寛和尚】



【本堂】




大好物の茅葺屋根がたまらない。(^^






本堂の内陣に入れませんでしたが、
ガラス越しに拝むことが出来ました。


【石仏】



【小僧地蔵】


右手の小僧は憎たらしい顔をしてます。

あれはどう見てもありがとうございますの顔では無い。(笑)






こちらはとても可愛い。(^^


【地蔵尊】



【石仏】



【宝篋印塔】





【友松亭】


茶室です。


【弁天池】



【観音堂】


如意輪観音等が祀られていました。


【風景】




水玉ブリッジラインに架かる玉島大橋。


【星浦観音堂】




星浦観音菩薩の後ろには百八もの観音さんが祀られていました。


【御朱印】

瑜伽山蓮台寺 其の二(2018年12月24日参拝)

2019年01月27日 | 中国観音霊場
奥の院参拝後、いよいよ客殿と総本殿へ。

本来なら本堂たる総本殿をイの一番に参拝するのだが、
御影堂と多宝塔を先に参拝したもんだから後回しにしちゃった。


由加神社本宮を真ん中に挟むように蓮台寺の社殿があるんだから、
とてもややこしい。

今では蓮台寺と由加神社本宮は仲が悪いそうです。(^^;



【客殿】


寛政年間(1700年頃)に建立された備前藩主池田侯の宿泊と休憩用の建物。


【表玄関】



【勅使門】



【客殿】


客殿拝観入口。

こちらで拝観料400円を支払うと客殿内部と庭園が楽しめますが、
先に総本殿を参拝する。


【総本殿】




大権現が祀られているだけあって、
本堂では無く本殿と称されています。

何か会館のような建物の総本殿です。


【厄除大不動明王】




総本殿の中には真王殿というのがあり、
巨大な不動明王が祀られていました。

余りの大きさにピックリした。

こちらのお不動さんは御本尊でも何でもなく、
大権現の御前立とのこと。

こんなに巨大な御前立を初めて見たよ。(^^


【観音菩薩】




観音霊場の観音様を拝みながら二階へ。


【厄除大不動明王】




二階からも巨大な不動明王が拝めるようになっていました。(^^


【龍神】



【足腰健康地蔵】





【御本殿】




この広い部屋を見る限り本堂というより、
祈祷殿のような感じがする。

公式HPをチェックしてみると、
平成34年に新本堂を完成させるとのこと。

なるほど、今は仮ということですね。






瑜伽三尊と言われる十一面観世音菩薩・瑜伽大権現・弘法大師が、
厨子に祀られているようです。


【釈迦如来】


おすがり堂に祀られていたビルマ王室に伝わった釈迦如来です。

これにて総本殿の参拝を終え客殿へ。


【御霊石】



【客殿】



【客殿庭園】




円山応挙の竹鶏の図をはじめ108面の障屏画と、
備前藩主が入られた御成の間が見れます。

御成の間にはお殿様が座られる上段の間に加え、
皇室の方が座られる上々段がありました。

このような上々段がある部屋は現存するものは、
松島の瑞巌寺と由加山蓮台寺の2箇所のみの貴重なものです。

公式HPでは2箇所と記載されていますが、
私は他にあるのを知っています。

一度だけ実際に見たのですが、
東大寺本坊の非公開の部屋にありました。






客殿内は全て撮影禁止でしたが、
庭園は撮影OKです。


【茶室】





【蹲】



【地蔵菩薩】



【表門】



【厄除四十二石段】


表門から石段を下りて撮影したもの。

本来ならここから参拝すべきだったけど、
今回は完全に逆でしたね。(^^;


【御朱印】

瑜伽山蓮台寺 其の一(2018年12月24日参拝)

2019年01月26日 | 中国観音霊場
由加神社本宮と隣接しているのが蓮台寺というお寺で、
明治時代以前は一つであった歴史があります。



所在地:岡山県倉敷市児島由加2855
宗派:真言宗
御本尊:十一面観世音菩薩
創建:天平5年(733)
開山:行基菩薩
勅願:聖武天皇
札所:中国三十三観音霊場


【縁起】
瑜伽山蓮台寺は岡山県倉敷市の由加山上にある真言宗の寺院で、
山内には神仏分離前は一体であった由加神社本宮もあります。

寺伝によれば奈良時代の天平5年(733)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開山。

瑜伽大権現の夢告により阿弥陀如来・薬師如来の二尊と共に、
御本尊の十一面観世音菩薩の像を自ら刻んで祀ったといいます。

室町時代には「今弘法」とも言われた増吽僧正により中興が図られ、
江戸時代には岡山藩主・池田綱政が瑜伽大権現に帰依したことから、
池田家代々の祈願所として栄えた他、
四国金刀比羅宮との両参りも盛んに行われるようになりました。



【御影堂(大師堂)】


由加神社本宮の七福神の石仏の後ろにあるお堂で、
参拝した時は神社のお堂かと思っていました。

しかし、蓮台寺の案内板によると御影堂は蓮台寺のものでした。


【石標】



【一願地蔵】



【石段】


上に多宝塔があります。

これを見るのを楽しみにして来ました。


【多宝塔】












実に優美な多宝塔です。

国の重要文化財に匹敵する美しさに感動しました。


【竜神】



【多宝桜】



【宝篋印塔】



【お清大師】




女人厄除のお大師さんです。


【地蔵尊】


向かって右側は首なしでした。


【石仏】



【恵比寿大黒石】





【観音堂】





【境内】


奥の院祈祷所があるので行ってみよう。




また石段があるのか。

行くの止めようかなぁ。(^^;


【狛犬】



【鐘つき堂】







【石段】




ハァハァ…

これが結構きつい。

日頃の運動不足を痛感しながら到着。


【権現堂・奥の院】








大権現、不動明王、高僧等が祀られていました。




大権現が祀られているだけあって2回柏手を打つのね。






不動明王と童子が祀られていました。


【石段】


奥の院の参拝を終え階段を下りる。

結構急ですので御注意を。


【八十八回廊】


奥の院と客殿を繋ぐ八十八回廊。


長くなりましたのでまだ参拝していない本堂と客殿は明日へ続く。

明王院(2018年12月23日参拝)

2019年01月18日 | 中国観音霊場


草戸稲荷神社の隣りが本日のメインである明王院です。

明王院にも無料駐車場があります。



所在地:広島県福山市草戸町1473
宗派:真言宗大覚寺派
御本尊:十一面観音菩薩
創建:(伝)大同2年(807)
開基:(伝)弘法大師
札所:中国三十三観音霊場、山陽花の寺二十四か寺


【縁起】
中道山円光寺明王院と称し、
国宝の本堂と五重塔を有する真言宗大覚寺派の古刹として知られています。

元は西光山理智院常福寺といい、
大同2年(807)弘法大師の開基と伝えられています。

その後、鎌倉時代後期の南都西大寺流律宗の勧進活動や、
草戸千軒の繁栄の影響もあり、鎌倉時代末期に本堂再建、
室町時代前期に五重塔を建立等、中世・西国屈指の寺院になります。

元和5年(1619)水野勝成が福山藩主として入府してからその庇護を受けます。

三代水野勝貞は常福寺に城下の歴代藩主の祈願寺となっていた明王院を合併、
当時の住職宥仙は寺号を明王院と改め今日に至ります。

合併後の明王院は本山として末寺四十八寺を擁していたといわれます。

本堂は折衷様式の建物として国内最古、
五重塔は現存する全国の五重塔のうち5番目に古いものです。


【十王堂】


閻魔堂とも呼ばれ閻魔大王以下十王が安置されています。

享保11年(1726)再建されたもの。


【石段】



【小僧地蔵】



【山門】


慶長19年(1614)に再建されたもの。


【本堂】




元応3年(1321)に建立された本堂。

パッと見、そんなに凄い建築には見えないんだけど、
尾道の浄土寺本堂と共に瀬戸内海地域で最も古い折衷様建築物として、
とても貴重な本堂のようです。

本堂は残念ながら入れませんでした。

まぁ、国宝だから仕方ないか。


【五重塔】


日本の五重塔では5番目の古さを誇る国宝。

法隆寺、室生寺、醍醐寺、海住山寺の四ヵ寺は、
全て朝廷や皇族等による建築です。

しかし、明王院の五重塔は南北朝時代の貞和4年(1348)住持頼秀の時、
地元の住民が一文ずつお金を出し合った所謂、
一文勧進小資を積んで造られた五重塔だそうです。


【五重塔・本堂】


国宝のコラボ。

素晴らしい。


【鐘楼堂】



【六体地蔵】



【修行大師・地蔵尊】



【書院】


書院と庫裡と護摩堂の拝観は事前広報の第3土曜日一般公開日のみとか。

そういや護摩堂を見なかったと思っていたら、
書院の裏手にあったようだ。


【鳥居】


この先に愛宕大権現という神社があります。


【石段】


時間も無いし先も見えないしで華麗にスルー。

さて、御朱印をいただきに庫裏へ。


【御朱印】

向上寺(2018年3月11日参拝)

2018年04月29日 | 中国観音霊場
法然寺から見えた向上寺の三重塔。

やはりどうしても近くで観たい。

意を決して最初に諦めた細い道を車で進むことに。

すると何とか向上寺の本堂横に到着。(^^

いや~良かったわ~。

何事も諦めたらアカン。

車は4台分は停めれました。

ちなみに法然寺の横から歩いて、
向上寺に行く事が出来るようです。


所在地:広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田57
宗派:曹洞宗
御本尊:聖観世音菩薩
創建:応永10年(1403)
開山:愚中周及大和尚
開基:生口守平
札所:中国三十三観音霊場


【縁起】
向上寺は応永7年(1400)地頭・生口守平公が、
瀬戸田潮音山の観音の霊場に一寺を建立し、
臨済宗佛通寺派開山勅特賜仏徳大通禅師愚中周及大和尚を迎えて開く。

聖観世音菩薩を御本尊とし、
古来、災害鎮圧と興隆繁栄の祈願寺として崇敬されてきました。

文安元年(1444)向上寺は仏通寺と共に、
将軍足利義政により将軍祈願所となる。

一時衰退したが慶長14年(1609)関的が入寺して再興、
その際に曹洞宗に改められた。

寺請制度の江戸時代はその制度下にあった家が少なく、
末寺の支援と近在の商人による寄進で成り立っていた。

境内にある三重塔は永亨4年(1432)に、
生口島の領主・小早川信元・信昌により建立され、
国宝に指定されている。



【三重塔】


車を降りて上を見ると憧れの三重塔が見えた。(^^

すぐ近くで観たいという欲求を抑え、
まずは本堂参拝、いや、山門からだ、ということで、
少し下にある山門へ。


【山門】


本堂横からわざわざ下に下りて、
山門から境内に入り直す。


これはなかなか味のある山門です。

回りの景色も相まって良い雰囲気です。


【鳥居】


この鳥居が何故ここにあるのか不明です。

お寺の奥様に聞くのを忘れてた。


【参道】



【本堂】


比較的新しい本堂のようです。

嬉しいことに扉が開いていたので、
内陣に入らせていただいた。


【内陣】


柱を見るとやはり新しく建てられたものを分かりますね。

明治6年(1873)に火災で焼失し、
その後、長らく仮本堂はあったが倒壊、
平成21年(2009)に浄財を募りようやく再建されたもの。




御本尊は三十三年に一度の秘仏だそうです。


【鐘楼堂】


鐘楼は音色も良く由緒ある鐘として大戦中の供出も免除されたとか。


【地蔵尊】



【地蔵堂】





【三重塔】


三重塔は石段を登って行く必要があります。

楽に近くで見せてくれません。

拝観料100円を賽銭箱に入れて登る。

これがなかなか運動不足にはきつい石段です。

ハァハァするのは必至です。(^^;






ここまで来るのに無駄に苦労したわ~。

でも、法然寺に参拝出来たから善しとしよう。




近くで見ると個人的には国宝というより重文のように感じたけど、
やはり素晴らしい建築美である事は間違いない。


【風景】



【石段】


国宝の三重塔を見れて大満足。

この石段を転げ落ちても大丈夫ぐらい満足です。(^^


【御朱印】

転法輪山 浄土寺 其の二(2018年3月10日参拝)

2018年04月08日 | 中国観音霊場
諸堂の拝観終了後は外から見て回ります。


【唐門】


正徳2年(1712)建立された重文。

こちらは普段は閉じられたままですが、
以前に皇室の勅使が訪れた際は開けられたそうです。


【方丈】


重要文化財。


【阿弥陀堂】


重要文化財。


【多宝塔】






国宝。

尾道に国宝建築物があるとは知りませんでした。(^^;

日本にはまだまだ知らない事が多いですね。


【経堂】



【包丁塚】



【子安堂】





【子安像】


現代作家さんの作品ですが、
いつも思うのは何故女性はオールヌードなんでしょうか。(^^;

どうせならもっと高まるような官能的なやつをお願い。(笑)


【文殊堂】



【丹生神社】





【稲荷大明神】









【護摩堂】



【地蔵堂】



【天照大神】



【納経塔・宝篋印塔】






重要文化財。


【宝篋印塔・五輪塔】




宝篋印塔は足利尊氏公の墓と伝わる重文。


【地蔵尊】



【多宝塔・阿弥陀堂】


最後に見納め。


【御朱印】



【御朱印帳】


源氏物語絵扇面散屏風が素晴らしくて買ってしまった。

同じような絵柄でもう一種類の浮舟もあり、
甲乙付け難かったです。

大きいサイズで1500円でした。

転法輪山 浄土寺 其の一(2018年3月10日参拝)

2018年04月07日 | 中国観音霊場
続いて本日最大のメインである浄土寺。

ここへ行く道は相当狭いということが、
ネットで書いてあったので商店街の有料駐車場に停め、
徒歩で浄土寺へ向かった。


【西郷四郎像】


もうすぐ浄土寺に到着という所で、
このような像を発見。

彼は講道館四天王の一人で、
姿三四郎のモデルとなった柔道家なのは有名ですね。


そういや近くに西郷寺というのがあったな。

徒歩であの坂を登るのが嫌だったので行かなかったけど。


【西郷四郎逝去の地碑】


大正9年(1920)妻の郷里である尾道に訪れ、
浄土寺の末寺吉祥坊(廃寺)で神経痛の療養をしていたが、
大正11年(1922)12月23日57歳で死去した地。


【裏門】


左手に見えるのが重要文化財の裏門です。

すぐ近くに平行して山門があるのに、
裏門とはこれいかに。


無料駐車場はここを通り、
先に進むと境内に停めれます。

ネットでは細い道と書いてあったが、
これぐらいなら余裕ですね。

車で境内まで行ったら良かったと後悔した。(^^;



所在地:広島県尾道市東久保町20-28
宗派:真言宗泉涌寺派
御本尊:十一面観世音菩薩
創建:推古天皇24年(616)
開基:(伝)聖徳太子
札所:中国三十三観音霊場、尾道七佛めぐり、備後西国三十三観音霊場、尾道社寺めぐり


【縁起】
転法輪山大乗律院荘厳浄土寺は遠く飛鳥の昔、推古天皇24年(616)、
聖徳太子の開基と伝えています。

鎌倉時代の終わりに西大寺の定証上人が西国教化の途すがら、
浄土寺末の曼荼羅堂(現海龍寺)に安居していた頃の浄土寺は、
堂塔を守る人さえもいない有様でした。

そこで上人は里人の懇請を容れて浄土寺の再興を発願し、
尾道浦の大檀那光阿弥陀仏らの援助によって嘉元元年(1303)から、
同四年(1306)にかけて堂塔を造営し華やかな落慶供養を営みました。

ところが竣工後わずか二十年の正中2年(1325)に至って、
諸堂宇悉く炎上という悲運に見 舞われましたが、
嘉暦元年(1326)には早くも尾道の邑老道蓮・道性夫妻が、
堂宇再興の大願を発して金堂・山門・多宝塔 ・阿弥陀堂等を再建

その後は一度も災禍にも遭わず、
六百余年の風雪を凌いで今日までその威容を保っております。


【山門】


南北朝時代に再建された重要文化財。


【境内】


浄土寺といえばこの写真をよく見ます。

左が重文の阿弥陀堂で右が国宝の多宝塔です。

素晴らしい。(^^

尾道に来た甲斐がありますよ。




このお寺にはハトが非常に多い。

ハトは糞害もあって嫌われるのですが、
このお寺では大切にされているようですね。


【本堂】




嘉暦2年(1327年)或いは元徳元年(1329)に再建された国宝。

参拝した時は重文かと思ってましたが、
国宝だったのね。(^^

まずは外陣に入ってお参り。

係りのおっちゃんに拝観料600円を支払い、
本堂と阿弥陀堂内陣、方丈、庫裏、客殿、庭園を拝観。

まずは本堂の内陣に入れていただき、
荘厳な観音堂のような雰囲気を堪能。

御本尊を除く諸仏や足利尊氏公の肖像画も見れました。


係りのおっちゃんが細かく説明していただき、
いろいろ話しがはずむ。

ここだけで600円の元を取った。(^^

堂内は撮影不可でした。


続いて阿弥陀堂の内陣へ。

入ってすぐに蓮如上人筆の六字名号の掛け軸。

浄土真宗の蓮如上人のモノが何故あるのか、
よく分からないそうです。

中央には阿弥陀三尊像が祀られていました。

特筆すべきは天井近くの四方の壁に、
卍崩し組み子細工がされていたこと。

普通に見ると卍に見えるのに、
離れたり光加減により形が変わったり、
赤が緑に見えたりする。

目の錯覚を利用した視覚トリックなんだろうけど、
これは本当に不思議でしたね。

これは是非とも撮影したかったけど、
残念ながら撮影不可。

続いて方丈と庭園へ。


【歓喜天】


方丈横に歓喜天が祀られているお堂があります。

こちらはお寺の方でも滅多に中に入れないそうです。




お堂の下を通って方丈へ。


【方丈】


元禄3年(1690)建立の重要文化財。

重厚な上段の間が見事でしたね。

方丈の中も残念ながら撮影不可。

係りの方の説明は方丈で終了。

庭園や客殿は自由に拝観することが出来ました。


【方丈庭園】




建仁寺で見れるような禅宗っぽい庭園です。

奥に見えるのが正徳2年(1712)に建立された唐門です。

庭園は撮影OKでした。


【名勝庭園】




方丈横にはもう一つの庭園があります。




こちらは先ほどの方丈庭園とは違った築山泉水庭園で、
多くの石を計算され尽くして配置した見事なものです。

庭を見ていると京都の大寺院に参拝しているような錯覚を覚える。


【露滴庵】


これはあの秀吉公が桃山城に建てた茶室燕庵を移築したもの。

重要文化財。


【客殿】


享保4年(1719)建立された重要文化財。

こちらも中を拝観出来ますが、
撮影不可でした。


【中庭】



【庫裏】




庫裏は撮影OKでした。




梁も見事なものです。

享保4年(1719)建立された重要文化財。




庫裏の玄関に出て拝観終了。

いや~実に見所たっぷりな拝観であった。

観光客は千光寺に皆さん行かれますが、
神社仏閣巡りが目的なら圧倒的に浄土寺の方が満足度は高い。

千光寺は確かに景色は最高に素晴らしいけどね。


【宝物館】


宝物館はプラス400円で拝観可能ですが、
今回は時間の都合上、拝観はしませんでした。

次回は必ず。


とりあえず長くなりましたので続きは明日。