本のタイトルとなった歌です。
「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ
この「島」は沖縄県の石垣島。
2011年3月11日、俵さんは東京の新聞社の会議室にいました。ご両親と、土の園庭のある幼稚園に入れたいと、東京から引っ越した息子さんは仙台にいて、再会できたのは4日後だったそうです。
翌朝、息子さんの手をひいて、西へ西へと避難し、縁あって俵さんと息子さんは今、石垣島に住んでいます。
まだ恋も知らぬ我が子と思うとき「直ちには」とは意味なき言葉
子を連れて、西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え
・・・誰が言えるでしょう。
原発事故収束宣言を早々と発表した、野田元首相、五輪招致で福島はアンダーコントロールされていると述べた安倍首相。だったら、福島原発の近くに家を建てて暮らせますか?
世話になる人に頭を深々と下げる七歳板につきたり
醤油さし買おうと思うこの部屋にもう少し長く住む予感して
子どもらはマングローブの森に消え「あった」とかすかな声が聞こえる
ストローがざくざく落ちてくるようだ島を濡らしてゆく通り雨
夕暮れの水族館をめぐりゆく家族ごっこをエイが見ている
シェルターのように敬語をつかわれて牛タンネギ塩じんわりと嚙む
窓側のカップルは「行く」通路側の私は「帰る」夏の石垣
男同士の会話を思う 君と子を乗せて見えなくなるゴーカート
エレベーター八階ぶんの口づけを監視カメラに残す新宿
341首を収めた第5歌集は、前半が震災から石垣島に住む現在まで。
後半は前歌集『プーさんの鼻』(2005年)から震災までに詠んだ歌を集めたものです。
小学生になった息子さんの父親の影もちらりと垣間見られますが、極彩色の自然の中にずんずんと入り込む逞しい男の子と母親に、今は迷ったり、立ち止まったりする時間などないように感じます。