本ブログ「原左都子エッセイ集」で毎度おなじみの朝日新聞の相談コーナー“悩みのるつぼ”なのだが、この相談コーナーの担当者は30代の女性を志向しているのであろうか? そういう訳ではなくて、今の時代において30代の女性とは悩み多きお年頃なのだろうか?? どうもここのところ、30代女性よりの相談が相次いでいるように思われる。
先だっての1月23日(土)の朝日新聞別刷「be」“悩みのるつぼ” においても30代女性よりの相談が掲載されていた。
早速、33歳独身女性会社員による 「『スキ』ある女しかモテない?」 と題する相談を以下に要約して紹介しよう。
モテない会社員女性だが、女としてモテるためには「スキ」が大事なのでしょうか? 客観的に見て、私は容姿もかなりのレベルだし仕事もきちんとして評価され、思いやりもやさしさもある方だと思う。 ただ恋愛に関しては恋人候補になる男性が現れても関係を深める事ができずうまくいかない。20代で別れた男性に「君はスキがない。なんとなくかわいくない」と言われた。そのことがずっと気になり考えたが、「スキ」とは結局「すぐセックスできそうな雰囲気がある」と思えてしまうのだ。 周囲を見渡すとそういう女性が現実にはモテて、結婚して幸せそうだし既婚なのにまだモテている。正直悔しい。 「スキ」とはフェロモンなのか、天性のものなのか? 「スキ」がない女には恋愛できないのか?
早速私論に入ろう。
「スキ」がどうのこうのと、いやはやまったくどうしたことだ。
もしもこの相談が10代の思春期の未熟なギャルが周囲の男の子達に「モテ」たくて、“ちょっと可愛い子ぶってみようかな~~♪”なんて「スキ」を売り物にお色気作戦にでも出ようとしているのならばその健気さも“可愛いね~”で済ませられる気はする。 ところが、今回の相談者は30年以上この世を渡ってきている女性である。
どうもこの女性は本人が認める通り、男性との恋愛経験に乏しいと判断せざるを得ないようだ。 自分の容姿はかなりのレベル、仕事も出来るし人にもやさしい… そんな一見“勝ち組”のバックグラウンドを誇っている自分なのになぜ男にモテないのか??、などと悩むこと自体が既に“恋愛敗者”の素質の持ち主たる所以であるのかもしれないと私論は捉える。
すぐ私事に入る原左都子をお許しいただきたいのだが、この私も20代後半頃から晩婚での結婚直前に至るまでの十数年に渡り、出会う男どもに散々言われ続けてきた言葉が、上記相談者同様の 「君にはスキがない。なんとなく可愛くない (それどころか“全然可愛くないから、勝手に一人で好き放題して生きろ!”)」 である。
ところが私の場合はそれを気にするどころか、そんな男どもはこちらから“願い下げ” だったものだ。 まったくもって、人の生き様やポリシーを理解できないで女の真の“可愛さ”に触れようともしない男など避けて通りたいとずーっと志向しつつ、今まで生き延びてきている原左都子である。
そんな強気の私でも独身時代を振り返ると、いいお相手に巡り会えて豊かな恋愛体験に恵まれたと自負できるのは、女としての「スキ」へったくれどうのこうのという低俗レベルに踏みとどまることなく、恋愛相手との相互の人間関係において、(たとえ短期の恋愛期間であったとは言え)お互いに成長できた実感があるからに他ならないのだ。
今回の“悩みのるつぼ”の回答者であられる評論家の岡田斗司夫氏を私はよく存じ上げていないのだが、まだお若い世代の方でいらっしゃるのであろうか? 今回の回答内容(申し訳ないが取り上げるに足りないと判断するため省略するが)を読ませていただいてそのようにお見受けしたのだが、その回答の最後の一言だけは私論と一致している。
「スキって何? そんなものはどうでもよいことに(相談者も)1年後には気付いているでしょう。」
最後に再び私論に戻るが、平均寿命が長くなり老後にして恋愛を楽しむごとくのよき時代が到来している今、その反面において人々の恋愛観念が幼若化しているのであろうか。 加えてネット世界の氾濫に伴う“相対(あいたい)人間関係”の希薄化現象により、現実世界における人との出会いがままならない事態は特に若い世代において顕著で切実な現象なのであろう。
私論は決して恋愛の数をこなせと示唆する訳ではないのだが、恋愛とは人間関係の一部(いやいや、生命体発展維持の最たる営み)であることは否めない事実である。 むしろ男女を問わず人間関係の質を豊かにすることで、人間関係の究極表現であるとも言える恋愛関係における成功感覚や達成感も自然な形で紡がれるものなのかもしれない。
30年以上も生きて来ている一女性が自分の能力や資質を自己容認しつつも、女としての「スキ」を演出するという手段でしか男に「モテ」得ないなどと突拍子もなく低俗な発想に陥るがごとくの、現代の人間関係の希薄化現象を憂える今回の相談内容である。
先だっての1月23日(土)の朝日新聞別刷「be」“悩みのるつぼ” においても30代女性よりの相談が掲載されていた。
早速、33歳独身女性会社員による 「『スキ』ある女しかモテない?」 と題する相談を以下に要約して紹介しよう。
モテない会社員女性だが、女としてモテるためには「スキ」が大事なのでしょうか? 客観的に見て、私は容姿もかなりのレベルだし仕事もきちんとして評価され、思いやりもやさしさもある方だと思う。 ただ恋愛に関しては恋人候補になる男性が現れても関係を深める事ができずうまくいかない。20代で別れた男性に「君はスキがない。なんとなくかわいくない」と言われた。そのことがずっと気になり考えたが、「スキ」とは結局「すぐセックスできそうな雰囲気がある」と思えてしまうのだ。 周囲を見渡すとそういう女性が現実にはモテて、結婚して幸せそうだし既婚なのにまだモテている。正直悔しい。 「スキ」とはフェロモンなのか、天性のものなのか? 「スキ」がない女には恋愛できないのか?
早速私論に入ろう。
「スキ」がどうのこうのと、いやはやまったくどうしたことだ。
もしもこの相談が10代の思春期の未熟なギャルが周囲の男の子達に「モテ」たくて、“ちょっと可愛い子ぶってみようかな~~♪”なんて「スキ」を売り物にお色気作戦にでも出ようとしているのならばその健気さも“可愛いね~”で済ませられる気はする。 ところが、今回の相談者は30年以上この世を渡ってきている女性である。
どうもこの女性は本人が認める通り、男性との恋愛経験に乏しいと判断せざるを得ないようだ。 自分の容姿はかなりのレベル、仕事も出来るし人にもやさしい… そんな一見“勝ち組”のバックグラウンドを誇っている自分なのになぜ男にモテないのか??、などと悩むこと自体が既に“恋愛敗者”の素質の持ち主たる所以であるのかもしれないと私論は捉える。
すぐ私事に入る原左都子をお許しいただきたいのだが、この私も20代後半頃から晩婚での結婚直前に至るまでの十数年に渡り、出会う男どもに散々言われ続けてきた言葉が、上記相談者同様の 「君にはスキがない。なんとなく可愛くない (それどころか“全然可愛くないから、勝手に一人で好き放題して生きろ!”)」 である。
ところが私の場合はそれを気にするどころか、そんな男どもはこちらから“願い下げ” だったものだ。 まったくもって、人の生き様やポリシーを理解できないで女の真の“可愛さ”に触れようともしない男など避けて通りたいとずーっと志向しつつ、今まで生き延びてきている原左都子である。
そんな強気の私でも独身時代を振り返ると、いいお相手に巡り会えて豊かな恋愛体験に恵まれたと自負できるのは、女としての「スキ」へったくれどうのこうのという低俗レベルに踏みとどまることなく、恋愛相手との相互の人間関係において、(たとえ短期の恋愛期間であったとは言え)お互いに成長できた実感があるからに他ならないのだ。
今回の“悩みのるつぼ”の回答者であられる評論家の岡田斗司夫氏を私はよく存じ上げていないのだが、まだお若い世代の方でいらっしゃるのであろうか? 今回の回答内容(申し訳ないが取り上げるに足りないと判断するため省略するが)を読ませていただいてそのようにお見受けしたのだが、その回答の最後の一言だけは私論と一致している。
「スキって何? そんなものはどうでもよいことに(相談者も)1年後には気付いているでしょう。」
最後に再び私論に戻るが、平均寿命が長くなり老後にして恋愛を楽しむごとくのよき時代が到来している今、その反面において人々の恋愛観念が幼若化しているのであろうか。 加えてネット世界の氾濫に伴う“相対(あいたい)人間関係”の希薄化現象により、現実世界における人との出会いがままならない事態は特に若い世代において顕著で切実な現象なのであろう。
私論は決して恋愛の数をこなせと示唆する訳ではないのだが、恋愛とは人間関係の一部(いやいや、生命体発展維持の最たる営み)であることは否めない事実である。 むしろ男女を問わず人間関係の質を豊かにすることで、人間関係の究極表現であるとも言える恋愛関係における成功感覚や達成感も自然な形で紡がれるものなのかもしれない。
30年以上も生きて来ている一女性が自分の能力や資質を自己容認しつつも、女としての「スキ」を演出するという手段でしか男に「モテ」得ないなどと突拍子もなく低俗な発想に陥るがごとくの、現代の人間関係の希薄化現象を憂える今回の相談内容である。