今年の12月も第2週に入り、そろそろ喪中挨拶状が届き納めのようだ。
こうなると、いよいよ年賀状作成シーズン到来である。
原左都子の場合、この年末は突然南米アルゼンチンへ旅立つお誘いが舞い込んで来て旅行下調べや準備で日々多忙のため、自分の年賀状に関してはアルゼンチンより帰国後作成予定である。
ただし、数年前より我が故郷で一人暮らしの年老いた実母の年賀状作成を私が全面的に請け負っているが故に、これを旅行前に仕上げておかねば落ち着かない。
そのため、2日程前から早速その作業に入ったのだ。
これが実に難儀である。 何せ遠方過疎地に住む我が母であるのに加え、年を重ねる毎に老齢感が増している。
過去に我がパソコンで作成した母の年賀状住所録リストを電話にて確認しつつ、「この人には今年は出すの? こちらの人はどうする?」と尋ねる作業が欠かせない。 一昨日電話にてそれを執り行った私だが、母からの回答とは逐一“対象人物像説明”が入る事にイライラした私が怒って曰く、 「出すか出さないかだけ言って!!」 少し酷であることは承知の上で、年寄りの長話を聞いている程私は現在暇ではない。
「ごめん…」と電話先で謝る年老いた母を不憫に思いつつも、年寄りの年賀状作成を代行する作業の難儀さを思い知らされる。
まあそれでも、後に届く母からの“御礼金”が多額であることを楽しみしつつ、毎年この作業を頑張っている私だ。
それにしても、年寄りとはたかが年賀状に於いても人間関係を“やめる勇気”がない生き物である事を毎年再認識させられるのが、母の年賀状代行作業でもある。
電話にて母の話を聞いていると、「この人は遠い過去に職場でお世話になった人だ」 さて、「この人物は(数十年前に渡米し居住している我が姉である)長女国内所有不動産売却時にお世話になった」どうたらこうたら……
(そんなもん、とうの昔に礼を十分尽くしているだろうから今更年賀状など出さなくてもいいだろうに…。) 内心そうは思いつつ、私より長き年月を生きて来ている年寄り達の感覚とは私の年代とは大幅に異なるのであろう。
私自身の年賀状に話を移そう。
現在還暦に近づきつつある私の場合、自分が近況報告をしたいと思う人物にそれを届けさせて頂ける我が意思こそが「年賀状」の最大の意義と心得ている。
(そんなもん、要らない!)との感覚を抱いた相手からは、おそらくもう年賀状は届かないであろう。 それで結構。 「年賀状」なる儀式など、自然消滅という形で終焉するべきと私は考察している。
そこで我が年賀状とは、毎年私自身の近況写真を全面に打ち出したものを作成しているのだ。
これを受け取る側としては、賛否両論である事を重々承知の上の行動である。 「この馬鹿、毎年自分の写真を印刷した年賀状を送りつけて来るが、迷惑そのもの!」と感じる人もいるであろうし、 あるいは「写真を見るとまだまだ頑張ってるね!」と好意的に捉えて下さる方も存在するであろう。
(もちろん相手個々人の人物像を思い返して、私なりの一筆コメントを直筆で記入することは毎年忘れないよ~~。) だからであろうか、意外や意外我が写真年賀状が多くの知人の間で許容されているとの身勝手結論に至るのだが…??
今回このエッセイを綴るきっかけを得たのは、朝日新聞12月3日付夕刊「こころ」“生きるレッスン”のコラム「やめる勇気」と題する 作家 あさのあつこ氏 の記述を拝見した事による。
その記述を紹介する前に、原左都子が少し前から感じている事を正直に語ろう。
上記朝日新聞“生きるレッスン”は、そもそも若者からの相談コラム欄だったと私は認識している。 いつの間に著名人が私論を語る場と変貌したのであろう??
私が推測するに、おそらく土曜日「be」の“悩みのるつぼ”に読者相談が吸収された結果、この欄が変貌を遂げたのであろう。
正直申し上げて、朝日新聞夕刊「生きるレッスン」欄はつまらなくなった。
「悩み」という媒体により読者と見識者が相互関係を築いていた時期には興味を持って読んでいたのだが、見識者が一方的に発するオピニオンは庶民としては大して面白くない。
例えば今回の「生きるレッスン」の場合、 作家の あさのあつこ氏 が「やめる勇気」とのテーマの下、仕事や趣味や人間関係に於いてどう踏ん切りをつけるかに関し私論を述べておられる。
もちろん、あさのあつこ氏とて当然ながら「続ける意地」が必須である場面も存じていらっしゃるであろう事を重々承知の上で、今回は「やめる勇気」を若者に伝授された内容であることは理解申し上げている。
それにしても、見識者とはメディア媒体の要望に従い私論を展開せねばならない窮屈な存在であることを再確認させられる思いだ。
最後に原左都子の私論に入ろう。
「やめる勇気」と「続ける意地」。
どちらも人間が生きていく上で欠かせない選択肢であると心得る。
朝日新聞内で あさのあつこ氏 が語っておられる「やめる勇気」は、若い世代の人間関係のみならず仕事や趣味において必須の選択肢であることはもちろんの事である。
それに加えて「続ける意地」も当然ながら人間が生きていく上で最低限の必須条件であろう。
特に、明日にでも死を迎えて不思議ではない年寄りにとって「続ける意地」とまでは言わないが、虚礼を承知の上で身近な「人間関係」を続行する事が生きる糧となるのであろう事に思いを馳せる私だ。
80歳を過ぎた我が母の年賀状作成を毎年代行している立場として、その現実が身に滲みる思いである。
こうなると、いよいよ年賀状作成シーズン到来である。
原左都子の場合、この年末は突然南米アルゼンチンへ旅立つお誘いが舞い込んで来て旅行下調べや準備で日々多忙のため、自分の年賀状に関してはアルゼンチンより帰国後作成予定である。
ただし、数年前より我が故郷で一人暮らしの年老いた実母の年賀状作成を私が全面的に請け負っているが故に、これを旅行前に仕上げておかねば落ち着かない。
そのため、2日程前から早速その作業に入ったのだ。
これが実に難儀である。 何せ遠方過疎地に住む我が母であるのに加え、年を重ねる毎に老齢感が増している。
過去に我がパソコンで作成した母の年賀状住所録リストを電話にて確認しつつ、「この人には今年は出すの? こちらの人はどうする?」と尋ねる作業が欠かせない。 一昨日電話にてそれを執り行った私だが、母からの回答とは逐一“対象人物像説明”が入る事にイライラした私が怒って曰く、 「出すか出さないかだけ言って!!」 少し酷であることは承知の上で、年寄りの長話を聞いている程私は現在暇ではない。
「ごめん…」と電話先で謝る年老いた母を不憫に思いつつも、年寄りの年賀状作成を代行する作業の難儀さを思い知らされる。
まあそれでも、後に届く母からの“御礼金”が多額であることを楽しみしつつ、毎年この作業を頑張っている私だ。
それにしても、年寄りとはたかが年賀状に於いても人間関係を“やめる勇気”がない生き物である事を毎年再認識させられるのが、母の年賀状代行作業でもある。
電話にて母の話を聞いていると、「この人は遠い過去に職場でお世話になった人だ」 さて、「この人物は(数十年前に渡米し居住している我が姉である)長女国内所有不動産売却時にお世話になった」どうたらこうたら……
(そんなもん、とうの昔に礼を十分尽くしているだろうから今更年賀状など出さなくてもいいだろうに…。) 内心そうは思いつつ、私より長き年月を生きて来ている年寄り達の感覚とは私の年代とは大幅に異なるのであろう。
私自身の年賀状に話を移そう。
現在還暦に近づきつつある私の場合、自分が近況報告をしたいと思う人物にそれを届けさせて頂ける我が意思こそが「年賀状」の最大の意義と心得ている。
(そんなもん、要らない!)との感覚を抱いた相手からは、おそらくもう年賀状は届かないであろう。 それで結構。 「年賀状」なる儀式など、自然消滅という形で終焉するべきと私は考察している。
そこで我が年賀状とは、毎年私自身の近況写真を全面に打ち出したものを作成しているのだ。
これを受け取る側としては、賛否両論である事を重々承知の上の行動である。 「この馬鹿、毎年自分の写真を印刷した年賀状を送りつけて来るが、迷惑そのもの!」と感じる人もいるであろうし、 あるいは「写真を見るとまだまだ頑張ってるね!」と好意的に捉えて下さる方も存在するであろう。
(もちろん相手個々人の人物像を思い返して、私なりの一筆コメントを直筆で記入することは毎年忘れないよ~~。) だからであろうか、意外や意外我が写真年賀状が多くの知人の間で許容されているとの身勝手結論に至るのだが…??
今回このエッセイを綴るきっかけを得たのは、朝日新聞12月3日付夕刊「こころ」“生きるレッスン”のコラム「やめる勇気」と題する 作家 あさのあつこ氏 の記述を拝見した事による。
その記述を紹介する前に、原左都子が少し前から感じている事を正直に語ろう。
上記朝日新聞“生きるレッスン”は、そもそも若者からの相談コラム欄だったと私は認識している。 いつの間に著名人が私論を語る場と変貌したのであろう??
私が推測するに、おそらく土曜日「be」の“悩みのるつぼ”に読者相談が吸収された結果、この欄が変貌を遂げたのであろう。
正直申し上げて、朝日新聞夕刊「生きるレッスン」欄はつまらなくなった。
「悩み」という媒体により読者と見識者が相互関係を築いていた時期には興味を持って読んでいたのだが、見識者が一方的に発するオピニオンは庶民としては大して面白くない。
例えば今回の「生きるレッスン」の場合、 作家の あさのあつこ氏 が「やめる勇気」とのテーマの下、仕事や趣味や人間関係に於いてどう踏ん切りをつけるかに関し私論を述べておられる。
もちろん、あさのあつこ氏とて当然ながら「続ける意地」が必須である場面も存じていらっしゃるであろう事を重々承知の上で、今回は「やめる勇気」を若者に伝授された内容であることは理解申し上げている。
それにしても、見識者とはメディア媒体の要望に従い私論を展開せねばならない窮屈な存在であることを再確認させられる思いだ。
最後に原左都子の私論に入ろう。
「やめる勇気」と「続ける意地」。
どちらも人間が生きていく上で欠かせない選択肢であると心得る。
朝日新聞内で あさのあつこ氏 が語っておられる「やめる勇気」は、若い世代の人間関係のみならず仕事や趣味において必須の選択肢であることはもちろんの事である。
それに加えて「続ける意地」も当然ながら人間が生きていく上で最低限の必須条件であろう。
特に、明日にでも死を迎えて不思議ではない年寄りにとって「続ける意地」とまでは言わないが、虚礼を承知の上で身近な「人間関係」を続行する事が生きる糧となるのであろう事に思いを馳せる私だ。
80歳を過ぎた我が母の年賀状作成を毎年代行している立場として、その現実が身に滲みる思いである。