本エッセイ集バックナンバーにても、幾度か述べたが。
むしろ私の場合は、高校生頃より当然ながら大学(できれば大学院)も修了して、社会的により「上位」の職種に就きたい!!との願望が内面にあったことを思い起す。
結果として そのほとんどを、決して親依存ではなく自己経済力により達成し続けた人生を送れたことを満足に思っている。
本日のエッセイのヒントをもらったのは、2024.08.31付朝日新聞「声」欄の投書を見たことによる。
その当初のタイトルが、「『勉強しなさい』親は言うべきか」なのだが。(その内容は割愛させていただこう。)
表題の通り、私の場合親から「勉強しなさい!」と言われたことは皆無だ。
何故ならば その一つの理由として我が家の場合、両親共々“共稼ぎ家庭”であったのが第一の理由だ。
親どもが帰宅する前に、特に小学校時代は既に学校の宿題をすべて終えていたからに他ならない。
中学生時代に入ると必然的に「高校受験」が控えているため、親ども帰宅の後にも勉学に励むこととなるのだが。
特に大学受験を目指していた頃など、親が寝た後も勉強に励むこととなったものだが。
我が親どもの関心は、それに全く無かったことに私は当の昔に気付いていた。 何故ならば我が親どもの希望としては、「高校出たら、とっとと働いて家にカネを入れろ!」だったからに他ならない。
我が家の場合、姉が既に大阪にて大学生になっていた。
そこで 親どもが言うには、「下の娘のお前は、家から通える大学へ行け。」 そうなると必然的に私が目指す大学は地元国立大学となる訳だが。 ラッキーにも地元の国立大学に医学部(当然ながら各種学科がありました!)があり、そこへの進学を目指すこととなった。
何と言うのか、結果的にこれが大正解だった!!
まさに よくぞまあ、地元国立大学に医学部があってくれたものだ!!
もしもこれがなかったならば、私は本気で決して教育熱心ではない親どもの元に、高卒で公務員をさせられる運命下にあった…
「勉強しなさい」との親からの言葉…
これを一切言われたことの無い我が身から考察するに。
それを言ってくれているうちが花、というのか。
その言葉には、親からの子どもに対する “大いなるメッセージ” がこめられているようにも感じる。
今時の通常の親たちは、それを子どもに言うものであると私は理解しているが。
それを言われずに育った私にとって、それはそれで鬱陶しくはなかったとも言えるのだが。
もしもあのまま この私が我が親の希望通り、高卒で公務員になる運命を歩まされていた事態を鑑みるに…
こんな「虐待無いだろう!!」との、怒りに満ちたやるせなさが我が脳裏に湧き出て来る。
とにかく、私は自己の勉学力にて地元国立大学医学部への入学が叶った!
そして医学専門国家資格ゲット!!を果した後に、すぐに親を捨て郷里を捨て単身上京したのも、結果として大正解だった!!
それでいい!! と思いつつ、どうしても我が愚かな親ども(父は既に死去、母も92歳が近づいている現在尚、両親に対する憎しみに近い我が感情を消し去れないでいる。
それどころか、「どうやったら、せめても未だ生きている母親に、どうやったらその復讐が叶うだろう…」 なる、内心から湧き出て来る思いに翻弄されている。
出来の悪い親ども(真面目に働く奴らではありました…)を持った運命かもしれないが。
それでも、母親の郷里での葬儀は私が出してやる!、との覚悟はありますよ。 (30年前に私から縁を切った米国の姉は私よりも数倍愚か者だし、そうしないと誰もそれをする人間がいないからね…)