原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

再掲載 「入学後にこそ能力を発揮しよう!」

2024年11月05日 | 教育・学校
 「原左都子エッセイ集」“昨日のトップ50内” に冒頭表題のエッセイがランクインしていた。

 私としては、一人娘の「私立中高一貫校受験」を終えて既に十数年以上の年月が経過しているのだが。
 このバックナンバーを読んで、娘中高受験前からその後の時代をある程度リアルに思い起すことが出来て。 意外なところで苦労もした事実を再認識させられたりもした。

 今時は、私立中高受験生にとっては受験直前期では無いものの、受験勉強の頑張り時であることには間違いないだろう。

 そこで、本日は2010.02.02公開の冒頭表題バックナンバーの一部を、以下に再掲載させていただこう。

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 2月当初の東京都内の私立受験は我が家も数年前に経験済である。 この厳寒の季節の例外ではなく、我が子の受験日もやはり今年同様の悪天候に見舞われてしまったものである。

 あの数年前の我が子の私立中学受験における“闘い”は、私にとっては忘れもしない光景である。 
 我が家の娘は多少の事情を持って生まれて来ている。(その事情とはあくまでも“多少”の域を越えない範疇であり、人並み以上の優れた能力も並在しているという一種特殊な事情に過ぎないのではあるが。) それでも、そういった事情を抱えて生まれてきているまだ10歳そこそこの我が娘には、現在の「公立」の実態(生き残る者のみしか生き残れないがごとくの)まさに厳しい完全競争の世界の中で到底勝負できる力はないものと判断した親心で、私立受験を目指させたのである。

 既に高1になった娘が通学している私立女子中高校は、中学受験当時において我が子にとっては“第二志望校”の位置付けでしかなかった。
 そうではあったが、2月2日の受験2日目における受験の本番で我が子は全力を尽くし、第二志望校ながらも“一発合格”を果たしてくれたのだ。 あの時の感動は一生忘れることはない母親の私である。 我が子幼少の頃よりの「お抱え家庭教師」である母の厳しい受験指導によくぞ耐えて、たとえ第二志望校だったとはいうものの“コネ”とも“金”ともまったく無縁の中、私立中高校の合格ゲットを自らの実力で果たしてくれた。 (本人の実力のみで勝負させないことには、娘のその先はないものと腹をくくっていた“鬼母”の私だったのだが…)

 本日(2010年2月2日)、娘が通っている私立中高が中学受験のために「自宅学習」とのことで娘は在宅していたのだが、今日の東京の雪景色を自宅から眺めながら、自分の受験当日に思いを巡らしつつ興味深い話を母の私に語ってくれるのだ。
 以下に娘のその話を紹介しよう。
 「あの後、私は一発合格した(その時通っていた)私立中学へ入学したけど、中学入学直後は勉強も他の事も全然さえなくて、きっと周りの生徒も先生も私の事を“変な奴”だと絶対思っていたと思うよ。 何でこんな出来の悪い奴がうちの学校へ入れたのかなと思われてたと思う。 それでも私は私なりにずっと頑張ったよ。 そしたら少しずつ成績も上がってきて少しずつ周囲から認められるようになって応援さえしてくれるようになって、今では勉強も自分で頑張ろうと思うし将来の夢も自分自身で見つけられそうで、今の学校に入学できて本当によかったと思ってる。」    
 (あなたの尋常ではない努力は、それをずっと身近で見ているこの母が一番よく知ってるよ。)
 これ程にまで成長している我が子に接する今現在、母親としての立場で考察した場合、「私立中学受験」など通り過ぎてきた一経過段階に過ぎず、取るに足りない過去でしかないというのが事実である。

 それでも、昨日大雨に打たれつつ帰宅の途についている私立中学受験を終えた受験生母子を背後から観察すると、冷たい大雨の中にあって尚「これでこの子の将来は開けた!」と確信しているがごとくの背中がその親子に見て取れるのは、この私も数年前に味わった一時の錯覚と同様なのであろう。
 
 その上で子どもの将来を開き得るのは、まだまだ幼き子どもを育てる親の総合力と、その親の影響力の下で育ち行く子どもの潜在能力、努力との相互作用力であることは間違いない事実である。
 それらの相互作用力を親が重々認識することを最低条件とした上で、子どもが中学生頃の時期とは、その進路が公立、国立、私立の如何にかかわりなく、今後共子どもが最大限能力を発揮する環境を整えられる親力の見せ所、見せ時期なのであろう。 
 とにかく子どもの中学受験とは、親としてはまだまだ子育てのスタートラインに着いたばかりの時期でしかない。 今後こそが親としての勝負時であることを今からわきまえておこう。

 (以下略すが、以上本エッセイ集バックナンバーの一部を引用したもの。)




 これを2024.11の今現在読んだ原左都子の感想だが。

 いやはや、この原左都子の当時はまさに過去に世で言われていた「教育ママ」そのものの勢いで、我が一人娘の教育に日々全力でかかわっていたものである。
 それでも、以下の部分は忘却していたことに気付かされる…
 (娘曰く、「あの後、私は一発合格した(今通っている)私立中学へ入学したけど、中学入学直後は勉強も他の事も全然さえなくて、きっと周りの生徒も先生も私の事を“変な奴”だと絶対思っていたと思うよ。 何でこんな出来の悪い奴がうちの学校へ入れたのかなと思われてたと思う。 それでも私は私なりにずっと頑張ったよ。 そしたら少しずつ成績も上がってきて少しずつ周囲から認められるようになって応援さえしてくれるようになって、今では勉強も自分で頑張ろうと思うし将来の夢も自分自身で見つけられそうで、今の学校に入学できて本当によかったと思ってる。」 )
 
 この文章を読んで、まさに我が娘の特質を思い起した…
 (生まれ持って「発達障害」を抱えていたせいで)何処へ行ってもすぐには我が子の実力は理解されず、表向きの“変な奴”部分が目立つ子であった事実を母親である私も十分に認める。  
 それでも我が娘の日々の“頑張り力”の程は、母親の私が一番の理解者であるが故に。  もしも、我が娘の“変な奴”部分を責める人間が周囲に出現したならば、母のこの私がその場にしゃしゃり出てでも俄然と防御に回ろうと決心していたものだ!!
 ところがその心配がないままに、我が娘は遅ればせながらも自身の能力を周囲にアピールできるまでに全開してくれたのだ!

 我が娘は中高一貫校に進学して、大学進学を果したのだが。
 娘の高校卒業時に、私は娘中1時の担任の先生から質問を受けた。 「〇〇さん(娘の事)は何処の大学に進学が決まりましたか?」
 それに母の私が自信を持って応えて、「△△大学です!」
 それを聞いた中1時の担任先生の驚きの声が今尚忘れられない。 「えっ! 難関大学じゃないですか!!」
 (補足説明をすると、娘よりも高校・大学時代にずっと優秀(??)だった私に言わせてもらうに、それ程の大学でも無いのだが。 娘が卒業した私立中高にしては確かに“難関”大学への進学だったのだろう。 私立中高など、まさに生徒の大学進学先で先々のレベルが決定すると言う意味で、娘も卒業私立中高に貢献できたとの点で業績を残せたとのことだろう。)

 

 このバックナンバーが何故、昨日のトップ50内にランクインしたかを想像するに。
 今現在は、世間では2月初頭受験の私立中高一貫校受験に向けてのラストスパートに入っている事実を物語る故であろう。

 
 最後に、高校教諭経験もある原左都子からの受験生へのアドバイスだが。
 私立中高一貫校受験の場合、今頃とはまさに2月の受験に向けての大事な時期であろう。
 とにかく自身が進学したい学校を早めに決定して、全力で勉強に励みましょう!!
 

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