(冒頭写真は、2024.12.11付朝日新聞記事「『成人力』日本トップ水準だけど 親学歴に比例 読解力の差が拡大」より転載したもの。)
早速上記朝日新聞記事「『成人力』日本トップ水準だけど……」を、以下に要約引用しよう。
経済協力開発機構(OECD)が10日、成人社会生活スキルをはかる「国際成人力調査」(PIAAC)の結果を公表した。 日本は前3分野で1~2位。 散文や中2分野で1位だった前回に引き続き、世界トップ水準を維持した。
PIAACは2011~12年に行われ、今回が2回目。 31か国・地域の約16万人が参加し、日本は無作為抽出された5165人が、タブレット端末で解答した。 3分野は、①読解力 ②数的思考力 ③状況の変化に応じた問題解決能力。(中略)
OECDが示した問題のイメージは、「パンとクラッカーが古くなった時の変化に関する記事を読み、解答欄の文章の正誤を解答」 ②は「零下15~同20度の冷凍室について、示された温度が許容範囲かどうかを解答」、③は「午前8時半までに子供を学校に送り、買い物を済ませて9時半までに帰宅する最速ルートを地図上で解答」など。 (中略)
フィンランドは前回、3分野いずれも2位。 日本との順位が逆転した理由について、文科省の担当者は、「フィンランドで高得点を取った人の割合が増えた」と説明。 同国では修士や博士課程に進む人が多い点を背景の一つに挙げた。
OECDの分析はでは、日本も約10人に1人が基礎読解力が足りていないと指摘。 また日本を含む多くの国で、10年前より、親の学歴に比例して読解力の差が広がっているとした。
OECDの教育・スキル局長は、日本について「高学歴の労働者でも『職場で必要とされる具体的なスキルが足りない』と考える人が多い」と指摘。 リスキリング(学び直し)の必要性を主張した。
(以上、朝日新聞記事より一部を引用したもの。)
早速、冒頭表題に関する原左都子の結論を述べよう。
このOECDの今回の調査が世界各国の人の「成人力」水準を調査したものとは到底思えない。
そもそも「成人力」とは何なのか、の定義を明確にしてからこの調査を実施して欲しいものだが。
OECDとしては、おそらく「読解力」「数的思考力」「「状況の変化に応じた問題解決能力」の総合力が「成人力」であると言いたいのだろうが。
原左都子の解釈では、それらの総合力を「成人力」と表現するには多大な無理があると結論づけたい。
新聞記事を読み進めると、OECDが言わんとする「成人力」とは「読解力」であり「数的思考力」であり、はたまた「状況の変化に応じた問題解決能力」それらの総合体。 である、と言いたい思いは分からなくはない。
そうだとして。 その調査結果を点数化して、やれフィンランドが1位だ、日本が2位だ、スウェーデンが3位だ、等々のランク付けをして公開することの意義が掴みにくい。
図の総合得点(冒頭写真をご覧下さい)が物語っている通り、少なくとも上位5か国の点数を見比べても、大した得点差が無いのが実態だ。
(下位国との差には有意差があるであろうと想像するが。)
しかもだ。
今回の調査結果に関して。
我が国の文科省担当者が「フィンランドで高得点を取った人の割合が増えた」との事実について、「同国では修士や博士課程に進む人が多い点を背景の一つに挙げた」とあるが。
修士課程修了者である原左都子に言わせてもらうに、「修士・博士課程とは自身の専門学問に関する研究を極める場であることは事実だが。 それがイコール、直に自身の「読解力」や「数的思考力」や「状況に応じた問題解決能力」を高めるのかとの言い方はどうだろうか???
確かに、そのような能力が元々高かったが故に緻密な研究を進めることが叶って、修士や博士をゲットできたのかもしれないが。
しかもこんな場で、「親学歴」どうのこうのの議論が出て来ることにも首をかしげるしかない。
国際的な調査である割には、OECDの結論づけ方に大いなる歪みがあるように感じるのは原左都子だけであろうか??
世界人類のリスキリング(学び直し)に関しては、もちろん賛同するが。
「親学歴」がどうのこうの等々の議論まで登場する今回のOECD調査には、首をかしげるばかりだ…