◎木炭自動車を始動する手順について
国防科学知識普及会発行『自動車時代』第九巻第八号(一九四一年八月)から、「代燃車の試験課題と解答整理の二つ」という記事(山口安治執筆)という記事を紹介している。本日は、その三回目。
然らばその課題とはどんなものがあるか。これに一寸【ちよつと】振れてみよう。断つて置くが次に示す課題は、従来提出された問題の全部ではなく、その内のほゞ代表的な融通性のある問題を参考として選び出したに過ぎないものである。そこで、その例題の一つとして
問 木炭自動車の始動方法を問ふ……と云ふ題が出た。木炭車の始動法は実地で既に承知の筈である。実地で操作するその全部を筆の上に現はせばよい訳なのである。然し、それが思ふ様に紙の上に字となり文章となつて解答してくれないから受験者は困るのである。即ち知つてる事を要領よくまとめあげて行くのに時間を要するのである。そこで表題に掲げた様に『解答の整理』の必要さを生ずるのである。
即ち問題を真つ正面に受け入れてぶつかつて行くのである。少くとも始動方法と出題するからには、始動する順序を問ふてゐるのであるから、頭に浮ぶのは『一台の木炭自動車の前に立つて、これから自分がこの自動車を始動させるにはどんな順序でどんな準備をして、どんな具合にして始動したらよいか』と云ふことが判つてくる訳である。そこで先づ順序として
答、ガス発生炉、冷却器、清浄器、空気調整器、ガス輸送管、始動送風器等【など】を点検して、これが異状のないことを確めた後に次の準備を行ふのである(とすらすらと書き出しの糸口がみつかり、その後【ご】は糸をたぐる様に答が書けて行くのである)。
イ、先づ発生炉の中へ木炭を適当の大さに切つて詰め込む。
ロ、各装置に水等【など】を用ひる式はこれを適当に補給する。
ニ、発生炉の点火口に新聞紙又はボロ布を用ひて点火する。
ハ、同時に始動送風器のスヰツチを入れて廻し風を送り込む。
ニ、ガス発生炉の空気調整栓を適当に調整してガスの発生を迅速に且つ良好ならしめる。
ホ、数分間(大約〈タイヤク〉二分乃至五分)の後【のち】に空気の流入口【りうにふくち】を閉ずる。
ヘ、発生したガスをマツチにて点火させた場合、火焔が紫色ならガスが稀薄な証拠であり、赤色【せきしよく】なら適当であることを知り、稀薄の時はもう少し空気の流入を続ける。
ト、ガスの調整装置のあるものは適当に調節する。
チ、点火時期を少し早くして置く事、右の様な順序で始動準備が出来たら次には運転台に座し、愈々機関の始動を行ふのである。即ち
リ、最初加速機を静かに踏んで、エンジンを低速に回転させ、シリンダー内へガスの供給が円滑に行はれてゐるかどうかを確めて、充分にエンジンの廻転を強めて置いてから第一速にチエンヂし、クラツチより足を徐々に外して発車させるのである。
以上が解答の全部であつて、然も順序よく解り易く実地に始動させる時と同じ気持の侭【まゝ】を筆の上に現はしたのである。この様に順序を立てゝ解答すれば大抵の問題は例令【たとへ】その答の一部を記憶してゐなかつた場合でも、書いて行く内に来付いて完全な解答が出来る様になるものである。これは法規の試験などの場合にも、この方法を用ひれば可成【かな】り効果がある。【以下、次回】
木炭自動車の始動方法を説明した文献というのは、あまりないと思う。今となっては。貴重な文章であろう。
なお、上の説明では、「ヘ」が、ややわかりにくいと思う。「発生したガス」を、どうやって点検するかを説明していないからである。
私はかつて、神奈川中央交通が復元した代用燃料バス「三太号」を、相模原市三ケ木(みかげ)の営業所で見学したことがある。一九九〇年代の前半だったと思う。その時、エンジンを始動するところを間近で見ることができたが、ガス輸送管の途中に、ガス発生炉で発生したガスをチェックできる「口」があったように記憶する。見るからにベテランといった係員が、そこからガスを噴き出させたあと、手に持ったライターで、いとも無造作にそのガスに火を付けた。ガスは、ボッと燃え上がり、その色を確認した係員は満足そうに、その「口」を閉じた。
この発生したガスをチェックする作業が、上の文章でいう「ヘ」の作業だったわけである。
ちなみに、神奈川中央交通の「三太号」の燃料は、「木炭」ではなく、「薪」(マキ)である。くわしくは、ウィキペディア「三太号」を参照。