礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

二人の将校は、やがて近くの小料理屋に入った

2020-06-14 01:46:44 | コラムと名言

◎二人の将校は、やがて近くの小料理屋に入った

 福本亀治著『秘録二・二六事件真相史』(大勢新聞社、一九五八)の第三章「動乱の四日間」を紹介している。本日は、その五回目で、「不可解な村中孝次の姿」の節の後半を紹介する。

 これは余談になるが、逃げるように走り去つた村中〔孝次〕のその後の行動は、事件が納まつてから始めて判つたのだつたが、法廷を出た村中はすぐその足で亀川哲也の家を訪れ、待合せていた西田税〈ミツギ〉と 三人で決行の打合を済ませると、亀川から運動資金を受取り、夜遅くなつてから歩兵第三連隊に入つたきり、そのまま姿を見せず決行に参加したのだつた。
 だが、これも後の祭の話だが、村中等が連隊に入つたまま出て来なかつたと云う事が判つていながら、これを見逃してしまつたと云うことの外にもう一つ、事件にまつわるとんだ失敗があつたのである。
 と云うのは、応援憲兵がまだ到着しない前の二月二十二日、憲兵隊長の指令に基いて所管の赤坂憲兵分隊では、歩兵第三連隊の正門近くの或る商店の一部を借り受け秘かに将兵の行動を監視していた。だが、何んとしても人員不足で思うに委せず〈マカセズ〉、苦心しているところえ、やつと二十五日に応援憲兵が到着したので、やれやれと直ちにその夕方制服のままの憲兵を五名増援して警戒を厳にしていた。
 するとその夜半、マントを深く着た二人の将校が降り積る雪の中を、何やら急がしく出て来た。
 「たとえ将校たりとも、夜半に出門するのは怪しい」と睨らんだ応援憲兵の下士官はすぐさま後を追つた。二人の将校はそれと気付かず、やがて近くの小料理屋に入つた。
 後をつけた憲兵はその二人の姿を見届けて置いて、秘かに軒下に身を隠し、ジツと中の様子を窺つていた。すると二人の将校は一時間ばかり経つてから、どちらからともなく立上り、そのまま、真直ぐに〈マッスグニ〉帰隊してしまつた。
 この場合である。降り積る雪の中を一時間以上も見張つたまではよかつたが、悲しい哉〈カナ〉、この下士官は地方から応援に上京したばかりで事情に精通していないから、帰隊した二人の将校の後姿を見送つただけで、それ以上の探索をしなかつたのである。
 そればかりでなく、午前四時過頃、隊伍を組んで行動部隊が堂々と営門を出て行くのに『雪中演習かなア』と怪しみながらも見送つたと云うのだから、笑うにも笑えない。だから、前夜、兵隊でもない姿の磯部〔浅一〕、村中が時間外に面会に来て、そのまま出て来なかつた事も気にはしていたのだろうが、重大視しなかつたのは当り前だつたろう。
 これも事件後に判つた事実だが、当夜、小料理屋に入つた二人の将校は蹶起部隊に参加した常盤〔稔〕少尉と清原〔康平〕少尉で、雪だから店を閉じると云う女中に無理矢理せびつて酒を出させ、
 「今夜眼りの飲み納めだ」
 「明日は生命がなくなる」
 などと語っていたと云う。この話も後を追った憲兵は全然耳に入れなかった由〈ヨシ〉、もし地理にも明るく情勢の緊迫感が身に徹していて、又勤務にも慣れている憲兵だつたなら、おそらく怪しいと睨んだ上は、何んとかして屋内の二人の会話を聞き出す手段を講じた事でもあろうし、また、将校が行つた後でも会話の様子を女中から聞き出した事だろうと思うのだが、金沢から着京早々、土地不案内〈ブアンナイ〉の場所で任務に就いたのだから、それだけ勘を働かせる準備がなかつたことは何としても惜むべき事だつた。
 過去を兎や角〈トヤカク〉云うことは死んだ子供の齢〈ヨワイ〉を算えるようなものだが、しかし当時の軍当局者等が事件防圧と云うことに真剣さがあつたならば、或いはまたいろいろな情報を素直に受入れる雅量があつたならば、また今少し早く防制する手段を講ずることが出來ていたら、おそらくああした未曽有の不祥事件は未然に防ぎ得ていた事と信じている。
 それにつけても、あれほど緊迫した情勢を感知しながら、何故、積極的な防制手段を講じようとしなかつたのか? その時の軍当局の真意は今でも解き難い謎である。
 それは別として、村中の不可解な態度を頭の中で考えていた私は、間もなく法廷に戻り次回公判の対策等を聞いて帰隊したのは六時近かつた。
 だが、それからも村中の不可解な姿が頭の中に灼きついていて、何かしら気になり、幾度も配備地区所管の憲兵分隊や特高課員から警戒状況の報吿を聞いたり、直接また指導に当つたりして、すでに床に就いたのは十二時に近かつた。しかし、床〈トコ〉に就いてからもなお悪夢に襲われ、容易に寝つかれない長夜だつた。そして転々反側、暁方〈アケガタ〉近くようやく眠りについて間もなく、あの謎のような迫水秘書官〔迫水久常内閣総理大臣秘書官〕からの電話だつたのである。【以下、次回】

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