◎日本電報通信社発行『独逸大観』(1936)を読む
最近、新聞紙上で、「電通」という社名を目にすることが多くなった。この会社は、正式には、「株式会社電通」と言い、一九五五年までは、「株式会社日本電報通信社」を名乗っていた。いずれにしても、古い伝統を誇る日本最大の広告会社である。
戦前の一九三六年(昭和一一)月、その株式会社日本電報通信社から、『独逸大観』という本が出版されている。今、これを手に取ってみると、デザインといい、印刷技術といい、紙質といい、すばらしい出来栄えである。定価一円七〇銭。
冒頭近くに、「緒言」と題した一文がある。本日は、これを紹介してみよう。
緒 言
独逸最近に於ける国民生活全般に亘る大変革並にその国際的地位の驚異的躍進は由因する所極めて遠く、それが理解は同国に於ける建設的諸事業の根柢をなす世界観にまで到 らねば完璧を期し得ない。而してこれは簡単なる報道のよくする処にあらず、系統的記述 の始めてなし得る処である。弊社がこゝに「独逸大観」を発行するは、此現下緊切の要求を充たし、以て我読書界に貢献せんとするの微志に外ならない。
固より伊太利のファシズムが同国独特のものである如く、独逸の国民社会主義は独逸民族の特質と歴史を除外しては考へられない。偉大なる民族運動は総て其民族独特の内面的必然性によつて捲き起されるものである。斯かる必然性は民族に依り其性質を異にし、従つて或一国の民族運動をそのまゝ他国に移し得ざる事は固より言を要せざるところであるが、新興独逸の各方面に於ける諸種の試みは我々に幾多の有益なる示唆を与へることを信じて疑はない。此意味に於て本書は専ら新興独逸のあるがまゝの姿を敍述するに止めた次第である。
本書発行に当り駐日独逸大使フォン・ディルクセン閣下は懇篤なる序文を寄せられ、又本書中の記事写真に就ては同大使館の参事官ハンス・コルプ博士が最も懇切熱心且つ公平なる立場に於て之が蒐集及び編輯に多大の援助を与へられた。茲に深甚なる感謝の意を表する次第である。
尚弊社は本「独逸大観」の姉妹書として独文「日本大観」の刊行を計画し、近年欝勃として醸成されつつある独逸及中欧諸国に於ける日本研究熱に応へ、政治・経済・軍事・文化等万般に亘つて躍進日本の紹介を企て鋭意之が準備を進めつゝあるが、この新しき企画に対しても江湖の御協賛を賜らば幸甚である。
昭和十一年五月 株式会社 日 本 電 報 通 信 社
執筆者はハッキリしないが、奥付に、「編輯兼発行者」として名前が掲がっている光永星郎(みつなが・ほしお)ではないのか。