礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

軍の統帥破壊の元兇を逮捕すること

2020-06-17 01:02:16 | コラムと名言

◎軍の統帥破壊の元兇を逮捕すること

 福本亀治著『秘録二・二六事件真相史』(大勢新聞社、一九五八)の第三章「動乱の四日間」を紹介している。本日は、その八回目で、前回に続いて、「嵐まさに到らんとす」の節を紹介する。この節の紹介としては三回目。

 なお、例の村中〔孝次〕だが、二月二十五日夕暮時、公判廷から亀川哲也の自宅に行き、西田税〈ミツギ〉と共に決行を打合せた上、亀川が提出した二千円の内千五百円を蹶起資金として受領し、磯部浅一と前後して歩兵三連隊に入つた。そして連隊内では直ちに野中〔四郎〕、安藤〔輝三〕、香田〔清貞〕等と協議し、蹶起後陸軍大臣に要望する事項と、蹶起趣意書を村中孝次が起草して印刷すると云う早業〈ハヤワザ〉だつた。
 こうした事も二月二十五日は同志の野中大尉が日直司令であつたため、萬事好都合に運んだのである。
○陸軍大臣に対する要望事項
(一)陸軍大臣の断乎たる決意に依り速に事態を収拾して維新に邁進すること。
(二)皇軍相撃の不祥事を絶対に惹起せしめざること。
(三)軍の統帥破壊の元兇を逮捕すること。
(四)軍閥的行動を為し来りたる中心人物を除くこと。
(五)主要なる地方同志を即時東京に招致して意見を聴き事態収拾に処すること。
(六)前各項実行せられ事態の安定を見る迄蹶起部隊を現占拠位置より絶対に移動せしめざること。
○蹶起趣意書
 謹んで惟うに我神国たる所以は、萬世一神たる天皇陛下御統帥の下に、挙国一体生々化育を逐げ、終に八紘一宇を完うする國體に存す。
 この國體の尊厳秀絶は、天祖神武肇国より、明治維新を経て益々体制を整へ、今や方に萬方に向つて開顕進展を遂ぐべきの秋なり。然るに頃来遂に不逞凶悪の徒簇出して、私心私慾を恣にし至尊絶体の尊厳を無視し、僭上これ働き、萬民の生々化育を阻害して塗炭の痛苦に呻吟せしめ、従つて外侮内患日を追うて激化す。所謂元老、重臣、軍閥、官僚、政党等は、この國體破壊の元兇なり。倫敦海軍条約並教育総監更迭に於ける統帥権干犯、至尊兵馬大権の僭窃を図りたる三月事件或は学匪、大逆教団等に利害相結んで陰謀至らざるなき等は最も著しき事例にして、其滔天の罪悪は泛血憤真に譬へ難き所なり。
 中岡、佐郷屋、血盟団先駆の捨身、五・一五事件の憤騰、相沢中佐の憫発となる寔に故なきに非ず。而も幾度か頸血を濺ぎ来つて今尚些も懺悔反省なく、而も依然として私権私慾を漁つて苟且偷安を事とせり。
 満支英米との間蝕即発して祖官遺垂の神州を一擲破滅に墮らしむるは火を睹るよりも明なり。
 内外真に重大危急、今にして國體破壊の不義不臣を誅戮して、稜威を遮り御維新を阻止し来れる奸賊を芟除するに非ずんば皇謨を一空せん。
 宛も第一師団出動の大命喚発せられ、年来御維新の翼賛を誓ひ、殉国捨身の奉公を期し来りし帝都衛戍の我等同志は、将に萬里征途に上らんとして、而も顧みて国内の亡状に憂心転々禁ずる能はず。君側の奸臣軍賊を斬除して彼の中枢を紛砕するは我等任として、能く為すべし。臣子たり股肱たり絶対道を今にして尽さずんば、破滅を翻すに由なし。
 茲に同憂同志機を一心にして蹶起し、奸賊を誅滅して大義を正し、國體の擁護開顕に肝脳を竭し以て神州赤子の微衷を献せんとす。
  皇祖皇神の神霊冀くば照覧冥助を垂れ給はんことを。
  昭和十一年二月二十六日     陸軍歩兵大尉 野 中 四 郎
                         外 同志一同

「嵐まさに到らんとす」の節は、ここまで。
 この節の最後に引用されている「蹶起趣意書」は、おそらく、福本亀治が読者のためにリライトしたものであろう。原文は、カタカナ文で、ほとんど句読点はなかったはずである。誤字、脱字と思われるところなどは校訂した。なお、当時、「蹶起趣意書」として配布された印刷物には、いくつかのバリエーションがあるようだ。このうち、国立国会図書館に保存されている印刷物(謄写版)は、二〇一八年三月一五日の当ブログ〝二・二六事件「蹶起趣意書」(憲政記念館企画展示より)〟で、その文面を紹介したことがある。

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