◎今日の困難な時局に最も適当な内閣は……
美濃部達吉『議会政治の検討』(日本評論社、1934)から、「テロリズム横行と政局の前途」という文章(初出、1932年5月)を紹介している。本日は、その二回目。
今日の困難なる時局に際し、国家及び社会の危機を救ひ、安定と平和とを回復するためには、如何なる内閣がもつとも適当であるべきかは、国を憂ふる者の何人〈ナンピト〉も考慮する所である。
それには凡そ三の可能性が有る。
第一は、鈴木〔喜三郎〕総裁の首班の下に再び政友会内閣殊に鈴木氏の系統に属する一派を以て中心とする統一的な内閣を作ることである。通常の政治状態においては、これがいふまでもなく、もつとも穏健な方法であり、又内閣の内部の統一を保持し、内閣の全体が一体として働くには、恐らくこれが唯一の方法であらうと思はれる。しかしそれには今日の如き状態においては軍部の首脳者の完全な諒解を得ることが絶対に必要であり、もし軍部の諒解なくして組織せられたならば、再び同じやうな凶変の起ることが絶対に無いとは断言し難い。しかも新聞紙の伝ふる所によると、軍部は政友会単一内閣には絶対に反対であることを宣言して居るといふことであるから、これが実現せらるる可能性は比較的乏しくなつたものと見られる。もし仮に大命が鈴木総裁に下ることが有るとしても、軍部の大臣を得ることが不可能となり、結局大命を辞するの外ないことになるかも知れぬ。かつ今回の凶変の起つた主たる原因は疑ひもなく政党政治及び政党と財閥との結合に対する憤慨にあるのであるから、再び同じやうな政党内閣が出来るのは、今日の困難な時局を救ふべき適当なる方策とは認め難い。
第二は、鈴木政友会総裁又は政党外の政治家を首班として、各派の連立内閣、人材内閣、又は挙国一致内閣を作ることである。新聞紙その他の言論に示されて居るところを見ると、強力内閣とか、挙国一致内閣とかの要望が、有力な各方面から発表せられて居るやうである。しかし強力内閣といひ挙国一致といふことは、これをいふのは容易であるが、その実現は極めて困難である。真に力強い挙国一致の内閣が出来るならば、それは普ねく国民の望んで居る所ともいひ得べきもので、だれも、これに異議ありとは思はれないが、しかし如何にしてかくの如き強力内閣を実現し得るかに至つては、我が今日の現在において適当なる方策が有りとも思はれない。真に強力内閣を実現し得るためには、国民の信頼に価するだけの有力な各派政治家の間に少くとも政治の方針について完全な意見の一致が有り、その全体が協心同心、身命をなげうつても政治及び社会の革新に従事するだけの気迫を有たねばならぬ。かういふ内閣が作られ得るには十分の準備と気運の醸成とを必要とするもので、それだけの準備の無いのに、突然の凶変に際し直に〈タダチニ〉さういふ挙国一致内閣を作らうとしても、それは意見の一致を得られない不自然な機械的の結合たるに終り、問題の起こる毎〈ゴト〉に事毎に〈コトゴトニ〉つまづいて、結局は強力内閣ではなくして、却つてもつとも力の弱い内閣となる虞〈オソレ〉が有る。【以下、次回】