礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「上から」与へられた憲法たるの感が深い(南原繁)

2023-09-20 03:33:39 | コラムと名言

◎「上から」与へられた憲法たるの感が深い(南原繁)

 南原繁『人間革命』(東京大学新聞社出版部、1948)から、「憲法改正」という文章を紹介している。本日は、その二回目。
 
(二)然るに三月六日、突如として、現在の憲法改正草案の要綱が政府によつて発表されたのである。この日ぐらゐ大なる衝撃を国民に与へたことは、終戦の詔書渙発以来、蓋し〈ケダシ〉なかつたと謂つていいであらう。それは草案が各政党を初め民間研究団体のそれまでに発表したいづれの案からも――極めて少数の例外は別として――遥かに隔絶したものであり、殊に政府自らの調査し審議し来つたものとは、殆ど二つの極の間の懸隔が認められたからである。 
 ここに第二にお尋ね致し度き〈タキ〉は、憲法改正の如き重大案件について政府の方針と態度のかかる根本的変化が何によつて起つたかといふことである。それは苟も〈イヤシクモ〉同一政府としては採り得べからざる底〈テイ〉の根本方針の転換であつたのである。国民はこれを不可解とし、いまに大なる疑惑のなかに在るのである。
 吉田首相は国際情勢の急激なる変化といふことを理由として居られるも、衆議院における説明の如きであるとすれば、それは十分予見されることであり、政府はこれらをも考慮して初めより確乎たる方策を講ずべきではなかつたか。然るに失礼ながら外交界の二大長老にしてこれを認識されず、さやうな情勢に立ち至つたのは、事を安易に考へた為めであり、端的に申して憲法改正に対する政府の最初からの消極的現状維持的態度が大なる原因をなしたのでなかつたのかをお尋ね致し度い。率直に云つてそこに政府の重大なる責任があつたと考へるが、これらの点につき幣原前首相の御弁明を承り度いのである。
(三)次に第三に、草案の内容そのものの可否は暫く別として、吾々は寧ろ該草案制定方法の非民主的なるを問題とするのである。凡そ〈オヨソ〉新憲法が真に民主的たるがためには、啻に〈タダニ〉その内容に於て民主的であるばかりでなく、その制定手続に於ても、それにふさはしく民意に基づき公明にして自由の討議を条件としなければならね。しかも、それはひとり議会における決定に於てのみでなく、草案作成の過程に於さうでなければならぬと考へる。
 この意味に於て本来、草案の作製事態が既に国民を代表する議会によつて為されることが理想とせられるであらう。政府は憲法の法的継続性を保つ上から、現行憲法七十三条により政府案としての形式を取つたと考へられるが、それならば少くともかかる議会人を中心とし、学者・経験者を合せて、国民の意志と慧智〈ケイチ〉を反映せしめるに足る憲法改正審議会を組識してこれに附議すべきは、我が国の過去の重要な法案についてさへ採られ来つた方法である。然るに、それを為さずして、国民の識らない間に草案が作製せられ、それが直ちに政府の決定案として直ちに公表せられた理由は何に基づくのであるか。
 かやうな方法を以ては、いかにも独断的であつて、またしても上から与へられた憲法たるの感が深い。一体、政府は本案通過に対し何故さやうに性急であるかを吾々は疑ふのである。本来ならば、審議会に附議したる後、該憲章の規定を討議検討する十分の時間を持つために、諸法案の錯綜せる今期議会とは別に、今秋に於て特別そのための憲法会議を開くべきではなかつたか。これらの点につき、合せて国民を納得せしめる丈〈ダケ〉の政府の弁明を得度い〈エタイ〉。【以下、次回】

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