◎ニーベルンゲン物語に見る「独逸人の復讐」
今月の一一日および一二日、青木昌吉著『独逸文学と其国民思想』(春陽堂、一九二四)から、その内容の一部を紹介した。本日はその続きで、三回目の紹介になる。
本日は、同書の第四章「独逸人の復讐」の第四節「伝説に現はれたる復讐」の全文を紹介してみたい。
四、伝説に現はれたる復讐
独逸人の尚武の条に述べた如く、ニーべルンゲンの歌〔das Nibelungenlied〕に現はれて居る女丈夫ブルンヒルト〔Brunhild〕は、自分の容色で天下第一の英雄ジーグフリート〔Siegfried〕の心を動かすことが出来なかつたので、大に自負心を傷けられ、其上自分の気の進まないグンテル風情〈フゼイ〉の奥方に成るやうに余儀なくされたのは、全たくジーグフリートに騙されたお蔭であると云ふ事実を悟つたので、ジーグフリートを怨むこと甚だしく、ジーグフリートを殺して重さなる怨〈ウラミ〉を晴らさうと思立ち、獰猛慓悍〈ドウモウヒョウカン〉なる豪傑ハーゲン〔Hagen〕の力を藉りて、本望を遂げやうと決心したが、如何に獰猛なるハーゲンでも、尋常一般の依頼では、一代の英雄ジーグフリートに向つて手出〈テダシ〉をしまいと思つたので、「ジーグフリートを殺して本望を達して呉れない内は、一滴の水、一片の食も口に入れない』と云つて、堅く飲食を断ち、敵討が遷延すれば遷延する程、自分の生命は次第に短縮することゝして復讐の無理催促をしたのである。而して勇猛精悍なるハーゲンは自己の武勇のジーグフリートに遠く及ばないことを自覚して、平常から窃かに嫉妬を懐いて居る箭先〈ヤサキ〉であるので奧方の余儀ない依頼を好機として到頭〈トウトウ〉ジーグフリートを欺討〈ダマシウチ〉に懸けて殺して了つた。ジーグフリートが殺された後、其奥方クリムヒルド〔Kriemhild〕の性格は俄かに豹変して、其迄の優しい婦人は一変して残忍無情の婦人と成り、良人〔夫〕の敵〈カタキ〉を討つためなら如何なる犠牲をも払ひ、如何なる手段をも憚らないやうに成り、先づ第一に良人の忘れ形見なる生れた許り〈バカリ〉の男の児を手離してジグムンド〔Siegmund〕王の許〈モト〉へ送つて、亡父の仇〈アダ〉を討つて其欝憤を晴らすことが出来るまでは、再び互に顔を合はせまいと云ひ添えた。第二には良人の横死を悲しむ涙は、何時までも乾かないのであるが、良人の敵を取つて遣るからと云ふ条件の下には、喜んでフンネン王〔フン族の王〕の求婚に応じた。第三には、クリムヒルドの目差す所の当の敵は、ハーゲン一人であつて、他のブルグンド人に累を及ぼす考へは毛頭なかつたのであるが、ブルグンド人が友情を重んじて、ハーゲン一人を渡すことを肯じない〈ガエンジナイ〉のを見て、ブルグンド人は一人残らす、自分の肉親の兄弟まで鏖殺〈ミナゴロシ〉にする決心の臍〈ホゾ〉を固めた。第四には、再婚の良人エツツエル〔Etzel〕に向つて約束を履行して復讐をして呉れと再三督促すれど、エツツエル王は賓客の礼を重んじて、容易にブルグンド人に向て手向〈テムカイ〉をしないのを見て、ハーゲンをして賓客の礼を破らしめやうと云ふ計略で、自分とエツツエル王との間に生れた一人息子をハーゲンの許へ送ると、ハーゲンは計略に陥つて其息子を殺して、賓客の礼を破つたのでエツツエル王は今は何等の惲る所なく、戦闘に加つて剛勇を振ふことに成る。最後にクリムヒルトが家来に吩附て〈イイツケテ〉、幾万のブルグンド人の内で、僅か二人だけ生残つて居るグンテルとハーゲンとを生捕〈イケドリ〉にして、『ニーベルンゲンの宝物は何処に隠してあるか』とハーゲンに尋ねると『吾君が一人でも生きて居る間は、何人〈ナンピト〉にも此秘密を明かさないと竪く誓つたから云ふ訳には行かぬ』とハーゲンが答へたので、クリムヒルトは家来に命じて、現在の兄グンテルの首を刎ねさせて、再び以前の問を繰返へしたが、ハーゲンの黙つて答へないのを見て、ハーゲンが腰に帶びてる、良人の紀念なる銘剣を引抜いて、手親ら〈テミズカラ〉ハーゲンの首を刎ねて、復讐の本懐を達するのである。
『ニーべルンゲンの歌』は、かなり昔、そのダイジェスト版のようなものを読んだ記憶がある。タイトルは、『ニーベルンゲン物語』だったと思う。ストーリーは、ほとんど覚えていないが、青木昌吉の文章を読んでみると、たしかに、このような話だったような気がする。それにしても、この物語のモチーフが「復讐」であったとは気づかなかった。なお、この物語には、「独逸人の復讐」という面のみならず、「独逸人の徹底」という面も見出すことができよう(四月一二日のコラム参照)。