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掌編小説「老妻、アメリカを論ず」  文科系

2006年02月11日 22時14分37秒 | Weblog
今日はもう投稿がなさそうなので、こんなものがあっても良かろうと、出します。


 二月八日、夕の食卓で開いた新聞から、良治の目にこんなニュースが飛び込んできた。
「米世論『イランが最大の脅威』二十七%」
 四ヶ月前の調査からイラン「脅威」が三倍に増え、北朝鮮、中国、イラクを抜いてトップに立ったのだと、また「イランが核兵器を開発したら欧米を攻撃する可能性があると思う」アメリカ人が六十六%いるのだとも、書いてある。〈またまたアメリカが、キナクサイことだ〉、良治は、キッチンの連れ合いに向かって声を投げた。「おーい、母さーん、アメリカのキナクサイ記事がまた載っとるぞぉ」。連れ合いの菊子は足音まで荒げて食卓に戻り、新聞を引ったくって目を通すと、うめくように言った。
「もう、浩二君に一度聞いてみた方がいいわね」
「うん。去年の夏だったかなぁ、イランで前の大統領が選挙に負ける番狂わせがあったの」
「そうそう。アフマデなんとかいうアメリカに強硬な人が選ばれたのね。それから核開発の問題が出てアメリカが騒いで。四、五日前も何か新聞に出てなかった。探してきてよ」
 良治が席を立ち、三日付の夕刊を持ってくると、無言である箇所を指さす。
「イランがイラクのイスラム教シーア派政治団体を指導して、同派の民兵組織に武器を提供し訓練を行い、駐留米軍などの攻撃を可能にしている」
 菊子が大きな声で読み上げていく。前日二日、アメリカ上院特別情報委員会の公聴会とやらで、国家情報長官とやらが行った報告ということも読み上げられていた。
 さて、この七十近い二人は何も世界情勢自身を話しているのではない。退職金の残りなど預貯金の半分ほどが米ドル投資信託になっているのだ。この運用は二人の思いつきではなく、M證券に勤める甥の浩二の勧めに従ったものである。一万ドル当たりこの半年で百二十ドルと、日本の預貯金など問題外の高配当を生んでくれて、二人は非常な感謝をしている。その浩二が、二人にこう釘を刺していた。「ほんのちょっとだけど、ハイリスク・ハイリターンというやつで危険もあるんだ。アメリカのことは何でも注意してて、心配だったら直ぐに電話してくること。本当に危険なら僕のほうから連絡するけどね」。三十そこそこ、多分持てすぎて独身、仕事大好き人間。くりくりっと回る目で、相手の目に微笑みかけながら話す感じがよく似合う「爽やかな男の子」。二人はこの甥が大好きなのである。早速、良治が口をきいて、家に招待することになった。男の子どもがいない彼にとっては息子と飲むような気持なのだ。
 「結局、アメリカがイランをイラクのように攻めるということはないということかね?」と良治。「中国がイラン制裁に反対してるから、制裁決議は国連を通らないだろうし、今度はまず難しいんじゃないかな」。やや高音の落ち着いた浩二の声に例によって清潔感のようなものを感じながら菊子が問うには、「もううろ覚えだけど、イラクの時もその決議とかいうのなかったんじゃない?」。「おばさん、よく知ってるね。でもあれは特別の、まぁ例外だったんじゃないかな」。「例外って、どういう例外だったの?なんで戦争になったの?戦争になるんだったらウチのは売った方がいいんでしょう?」、納得するまでは下がらない菊子らしい言葉だと良治はいつものことながら思った。 
「お客さんにはあまり話さないことだし、少しややこしいことになるけどいい?」
 菊子が思わず身を乗り出すのを見て、浩二は概要次のように語った。聞く二人には確かにややこしく、ほとんど菊子との質疑応答をも交えたその結果である。
 イラクの場合、フセイン大統領が開戦の二年数ヶ月前に『大変なこと』をやっている。「イラク原油輸出代金はドルでなく、ユーロで」とし、国連もこれを承認してしまった。OPEC、石油輸出国機構で誰もなしえなかった慣行破りであって、これが実はアメリカのアキレス腱だったのだ。貿易収支、国家財政そのいずれもで大赤字を抱えてもドルの世界通貨としての信用が続く限り、アメリカはドルを刷り続ければ良かった。が、OPECの石油をユーロでも買えるという例外を許せば、それは臨機応変に広がっていき、ユーロ暴騰、ドル急落は必至である。アメリカの二つの大赤字をなくす見通しが立たないうちは、ドルを紙切れ扱いする国も出るかも知れない。それで、なりふり構わずフセインを潰した。「イランは原理主義とかが一番強い国とかで、昔のイラクより反米だったんでしょ?」
「石油生産はイラクよりはるかに多くて、影響力もずっと大きいんでしょ?」
「アメリカはアフガニスタンにもイラクにも軍を出してて、身動きができないんじゃ?」「日本が石油代金をユーロで払ったら、めちゃくちゃユーロ高にならない?」
 〈すげー。こんなこと、いつ勉強したんだ!〉良治はいまさらながらただ驚いて、聞き役に回っていた。こんな菊子の最後の質問はこうだった。
「これは、贅沢して大赤字作ったアメリカが悪いわよ。私でもそう思うんだから、戒律が厳しそうな宗教の原理主義者とかならそう考えて当然。それでイラクに攻めてったなんて、その理由も全部嘘だったみたいだし。こんなことやったら、イランは『こんなアメリカ、ペシャンコにしてやれ。ドル暴落、円暴落で世界が超インフレになっても、うちには世界第二位の石油という現物がある』、こんなふうに開き直ることもありなんじゃない?」
 いつもの笑顔に苦笑いを交えても爽やかさは全く崩さずに、浩二はただ笑っているだけだった。〈投資には、企業への趣味なんかも関わって良いよなぁ〉、こんなことを考えながら良治は妻の横顔をしばらく見つめたものだ。
 その三日後には折からの「円安ドル高」の中で、問題の投資信託全額が心置きなく円に換えられた。会社などとのコンタクトを総て菊子がやったというのは、言うまでもない。
コメント (2)
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