たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

第2章_日本的経営と近代家族_⑧縁辺労働者としての専業主婦

2016年08月06日 14時49分39秒 | 卒業論文

「あなたの時間を有効に使いませんか」
これは、みずほ銀行全額出資人材派遣会社みずほスタッフ㈱のスタッフ募集のパンフレットのキャッチコピーである。募集対象を、初めから子育て中の専業主婦と想定していることがうかがわれる。性別役割分業及び女性に期待する役割がわかりやすい好例として銀行をあげてみたい。銀行は性別職務分離がよくわかるところである。 1) 銀行では早くに正社員から非正社員への代替が行われていた。都市銀行では、1980年代に、事務処理担当の女性化及び女性は正規の行員に替わって非正規雇用化が進んだ。彼女たちは、都市銀行の100%出資によって設立された人材派遣会社から派遣された派遣社員であるが、派遣元や派遣先である銀行において彼女たちはパートタイマーと呼びあらわされ、彼女たち自身も自分たちをパートタイマーと認識している。おおむね彼女たちの労働時間及び勤務日数は短いが、彼女たちがパートタイマーと呼ばれるのは労働条件からというよりはむしろ「パートタイマー」という「身分」からだと推察される。その中心は既婚者であり、年齢は30代後半から40代後半に集中している。業務内容は法律によって制限されているが、営業店の重要な労働力である。 2) 第一章で見たように日本の「専業主婦」は、家庭責任と被扶養の地位と接触しない限りで働けるパート労働を主に選択している。

「専業主婦」の存在は、最近年金制度の問題でクローズアップされている。年間所得130万円は年金・医療の保険料免除の被扶養条件である。現行制度では年間所得130万円以上で、所定労働時間・日数の4分の3以上働いているパート従業員に限って、厚生年金が適用される。そのため、この範囲内で収入を得ながら、第三号被保険者として、保険料徴収を免除される「専業主婦」も多い。3)

 無償で家事・育児に従事する「主婦」(Housewife)という存在が登場したのは、産業革命以後のことである。産業革命の進行によって、家族が共同で農作業や工業生産に従事する体制に代わって、企業による大規模生産が一般化する。賃労働成立と共に近代家族の機能が消費と子育てとに縮小していく過程で近代的性別役割分業が成立していき、「主婦」が誕生した。先に見たように当時台頭してきた市民階級は、女性の本質によって女性の役割を、男性の賃労働と対比させて愛情の表現としての家事労働に固定した。古い社会の生産様式では、男性の家の外での賃労働と女性の家の中での無報酬労働との間の分業というような分業形態は存在することがなく、女性の労働も一つの欠くことのできない役割として男性の労働と同等の役割を演じていたが、家庭内における個人的な幸福への期待、市民的な家庭のイデオロギーが普及するにつれて、女性はかつての共同「行為」への参加から排除されていく。女性は「夫の扶養に依存することが慎み深く思いやりのある人付き合いの源泉である」のとされたである。4)  女性の性役割を一身に担った「主婦」こそ、こうした「女らしさ」のイデオロギーと近代家族によって女性が抑圧されたことを象徴する存在だといえる。

 日本で「主婦」という言葉が普及したのは、大正期以後のことである。都市化が進む過程で登場したサラリーマン家庭を中心に家業や賃労働に追われず、家事・育児の性役割に専念できる主婦層が排出し始めた。この性役割専念型の主婦増は、長い間、中流階級のステイタスシンボルとして、商家や農家の主婦、また自らの労働者として働く主婦たちにとって羨望の的であった。この頃には、「主婦」といえば、あえて「専業」とつけなくとも、職業をもたずに家事・育児に専念する人を意味していたのだろう。しかし、1960年代にパート労働者として「主婦」が労働市場に進出し始め、既婚女性の半数以上が何からの形で就労している現在では、職業をもたず家事・育児に専念する主婦は、有職主婦と区別して、「専業主婦」ないしは「無職の主婦」と呼ばれている。「専業主婦」に対しては、遊んで得している人というイメージがつきまとう。実際には地域の諸活動・PTA活動・消費者運動など専業主婦が支えている面が大きい。しかし、男性が行う企業活動だけが人間の重要な活動で、これらお金にならない仕事は、「主婦」という便利な押し入れにほうりこんでしまえば名目的には全て解決するのである 。5)

 既婚女性は好んでパートという働き方を選択するとよくいわれるが、実際には選択せざるを得ないといえる。「専業主婦をやりたくてやっている人は少ないと思う。私たちの世代は、仕事で自己実現をしたいという気持ちがあるから、たいていは結婚しても働いていた。でも、子供ができたから辞めた人が専業主婦になっている。子供の面倒をみないとけないからで、なんで面倒をみないといけないかというと、保育所に入れないからです。」 6) 2002年時点で33歳の主婦の声である。(財)21世紀職業財団「多様な就業形態のあり方に関する調査」によれば、女性のパートタイム労働者に自ら進んで「非正社員」になったのかを聞いたところ、「希望にあう勤務先がなくやむを得ず非正社員になった」者が26.8%、「自分から希望して非正社員になった」者が61.1%となっている。さらに、自分から希望して非正社員になった者であっても、育児・家事・介護の負担がなかったら正社員を希望した者は、年齢計で42.2%となっており、特に子どもの小さい層である30-34歳では55.6%と最も高く、さらに35-44歳でも5割近くとなっているなど、子育て等との両立のためにパートタイム就労を選択している状況もみられる。(表2-1)。7)


 しかし、女性の選択が言葉の厳密な意味で主体的になされるわけでないことは確認できたとしても、ジェンダー化された日々の慣行の積み重ねによって、職場のジェンダーシステムそのものがまた、状況の変化に応じて修正されながらも再生産されてゆくことは否定できない。ここには、女性がそう選択せざるを得ない背景がある反面、女性自身の性別職務分離の内面化(考え方の受容)という側面がある。 8) 男性のように時間とエネルギーを全て仕事に注ぐことはできないと考える女性たちは、ジェンダーシステムを受け入れ、「女性の役割」を引き受けてしまった方が精神衛生上よいと考えるのである。そうすれば職場でも家庭でも「性別役割分業の上に立つそれなりの共生」が生まれるだろう。その「共生」が続くなかで多くの女性はジェンダーの論理と現実に対する「妥協」あるいは欲求を調節した上での「納得」に至る。 9) 一方で仕事をしなくてもよい主婦へのあこがれも根強く残存している。特に日本では、バブル経済崩壊後、つらい仕事をするよりも楽な専業主婦を選ぼうとする若い女性も増えている。三食昼寝付きという言葉があるように夫に十分な収入があれば、主婦をしながらボランティア活動やスポーツなど社会文化活動に生きがいを見出すこともできる。この傾向も今の日本型企業社会における仕事のあり方が、依然女性に対して抑圧的で魅力のないものだから、消極的に専業主婦を選択せざるを得ないという状況の反映であるともいえる。 10)

 いずれにせよ、主婦は母役割と相俟って女性の性役割の中核をなすモノであり、結婚という性役割の第一関門をめぐって独身女性は揺れ続けているのである。大人の女性は主婦であるべきだ、あるはずだ、という観念が先にあり、それに照らして女性自身も自分を位置づけ世間も女性を位置づける。女性=結婚=主婦という伝統的な図式が客観的には成り立たなくなった現在でも、人々の意識の中では根強く残っている。女性に対する社会的評価は、女性が仕事を辞めるのは、結婚・出産以外には考えにくいことが依然根強いことを物語るエピソードとして、2003年6月の時点で、派遣OLが契約終了で仕事を終えるとき、「コトブキですか?」との質問が投げかけられた。筆者が現在勤務する会社でのことである。
 

引用文献

1)熊沢誠『女性労働と企業社会』106頁、2000年、岩波新書。

2)合場敬子『仕事の内的報酬のジェンダー差とその構造』日本労働社会学会年報9号161-162頁、1998年、

3)Yomiuri Weekly、2002年10月20日号、読売新聞社。

4) B・ドゥーデン・C・ヴェールホーフ著、丸山真人『家事労働と資本主義』41頁、岩波現代選書、1986年。

5)竹信三恵子『日本株式会社の女たち』179-180頁、朝日新聞社、1994年。

6)Yomiuri Weekly、2002年10月20日号、読売新聞社。

7)『平成13年度版 女性労働白書』55頁、(財)21世紀職業財団、2002年。

8)熊沢、前掲書、136頁。

9)熊沢、前掲書、175頁。

10)江原由美子/山田昌弘『ジェンダーの社会学』71頁、放送大学振興教育会、1999年。


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 都市銀行は現在全額出資の人材派遣会社が採用代行を行い、採用されたパートタイマーを派遣ではなく直接雇用しています。みずほ銀行の場合、みずほビジネスパートナー(株)が採用しみずほ銀行の営業店に配属したパートタイマーを、ビジネススタッフ、テラースタッフ、ロビースタッフ、ローンスタッフと呼んでいます。時給は都内23区で業務内容によって990円から1,1170円まで。いずれも就業日数は一か月12日で配偶者控除の範囲内。「専業主婦」を対象にしていることはいうまでもありません。フルタイム(配偶者控除の対象外)はロビーコンシェルジュのみ。ロビーコンシェルジュとは、銀行店舗等における総合受付案内を中心としたお仕事を通して、店頭サービ スレベルを向上させていただくお仕事です、とパンフレットには紹介されています。パンフレットのキャッチコピーは、「あなたの未来がみえてくる」。名称と、直接雇用へと雇用形態は変わっても、本質はなにも変わっていないということだと思います。吐き気します。銀行の営業店の中には、今どれぐらい正規雇用の職員がいるんでしょうかね。こんなことで質の高い仕事を担保できるのでしょうか。いやパートタイマーさんは優秀な方ばっかりなんでしょう。優秀な「専業主婦」を安く使うための仕組み。銀行のニーズと「専業主婦」のニーズがうまくマッチングしたところで成り立っているんでしょうね。「専業主婦」ではない女性は門外漢。銀行の窓口に行くたびに感じる、なんとも言葉のいいようのない違和感と気持ち悪さはこんなところに理由があるのかもしれません。