シャルル・ル・ブラン
(1619-1690)
《「名声」に冠を授けられるマルスとウェヌス》
1650-1660年頃
油彩・板
158 × 174 ㎝
(公式カタログより)
「雲の中を舞い、あるいは、ユピテルの鷲に乗るアモルに囲まれたマルスとウェヌスと、彼らに月桂冠を被せる「名声」を描いたこの作品は、17世紀半ばのフランスの都にあった特定の館の天井装飾であったろうと思われる。どの館に由来するのか詳細は不明であるが、下から見上げられた遠近法的構成は、これが天井装飾であることを示唆している。そこにはトロンブ=ルイユ的効果も見られる。ヴォール=ヴィコント(パリ近郊にある財務長官フーケの居城で、天井装飾はル・ブランの手になる)の天井装飾を想起させないこともない。
このような装飾的絵画は多くの問題を提起するが、とりわけ、その絵画を構想するための芸術的想像力に関する問題が指摘される。ここにある表現は、すでに出来上がっていたた造形語彙(ごい)の問題であり、単に、その機会に合わせて動員されたものなのか、あるいは、画家は新たにこの表現を生み出したのであろうか。戦の神マルスの雷を起こす道具や武器をいじったりするアモルたちのはしゃぎ回る表現には軽い皮肉が感じられるが、このような快活さはル・ブランのみが達成できるものかもしれない。とりわけ、この《「名声」に冠を授けられるマルスとウェヌス》は、17世紀ヨーロッパにおいて古代文化に与えられていた位置について考えさせるものである。異教の神々を想起させるこのような表現は、社会的エリートの気晴らしにすぎなかったのだろうか。
実際のところ、「黄金の世紀」の文化のすべてには古代の神話物語が深く根付いている(その中でも、雅な挿絵を必要とする点で、マルスとウェヌスの愛は特権的な地位を占めていた)。画家たちは古代の生活に関する知識の欠如を補う必要があり、神話主題の絵画は彼らに想像する材料を与えた。そのことについてはル・ブラン(彼はルイ14世治下の国王付きの公的画家に任じられた)の例に倣って推察することができるように、古代への想像力はいつも、洗練されているとしても慣習的な言語の誘惑に屈することが多かった。古代が夢幻性を帯び、あるいは、劇的性格を纏うために、決まりきった表現から逃れることは稀であった。」