10月28日のブログで「ドラマ青天を衝けでは幕府の(フランスの協力で)近代化への策や、明治政府になってからの混乱ぶりが演じられ、これまでの教科書日本史とは異なる側面が登場し、そうだったのかと興味ある場面が多々あった」と書いた。ドラマの最終局面では日米関係の状況が主テーマとなり、渋沢栄一の見事な民間外交が政治には無視され、太平洋戦争への序曲となる場面が展開され、ここでもそうだったのかと思わざるをえなかった。
渋沢栄一をはじめ財界トップの訪米使節団は「100万ドル列車」という豪華な寝台列車を提供され、自由に西海岸から東海岸まで主要都市を訪問し、大統領まで歓迎するという信じられない親善訪米で成功したかと見えた。しかし、日本移民が勤勉で安い賃金で働くということから米国人の職を奪うと移民排斥運動がおこり、渋沢はことの重要性からこれの解決に心血を注いだ。
時が経ち、第一次世界大戦に連合国側で参戦し勝利した日本はドイツに代わり、中国大陸の権益を得て満州国設立へと動き、欧米の反感をかうことになった。ワシントン条約では海軍軍備の枠をはめられ、日英同盟は米国の圧力で終わった。渋沢は強くワシントン条約の中で日本移民排斥を止めるよう交渉すべきと幣原喜重郎大使に訴えたが入れられず、排斥運動は国内で反米感情を蜂起し、日米開戦へと繋がる。
日本移民排斥はアジア人排斥に繋がり、米国での人種差別が根強く残ることになり、現代でもアジア人差別は解決されてない。多くのアジア系米国人がいきなり街頭で襲われることが日常茶飯事だ。渋沢が願っていた日本人移民排斥があの時点で解決されていたなら米国は世界からリスペクトされる国になっているだろう。
翻って、我が国の現状を見ると、外国人労働者への扱いも、多くの問題があり、ゲストワーカーとして人権はもちろん、処遇面でも差別は許されない。かつてドイツの工場を訪ねたら、多くの外国人労働者が歓迎され働いていたが各人の机には出身国の旗が飾ってあった。圧倒的に多かったのはトルコからの移民だった。因みにコロナのワクチンのメインはファイザー・バイオンテックのものだが、これを開発したバイオンテックはトルコ系ドイツ人の会社だ。