先般日経に連載されていた安部龍太郎「ふりさけみれば」が終わった。阿倍仲麻呂と吉備真備を軸に、唐と日本での皇室を絡めた権力争いの中で、日本の皇室の正当性を大国唐に認めさせ、当時の国際的地位を高めるために奮闘する命がけの壮大な活躍が描かれ、これまでにない感動を覚えた。単行本の発売が待ち遠しい。
717年第9次遣唐使で唐の都・長安に留学した阿倍仲麻呂、吉備真備や玄昉、井真成が登場する。阿倍仲麻呂は帰国の船が嵐で果たせず科挙の試験を受け、玄宗皇帝に使え、信頼され楊貴妃の姉を妻にすることになる。この辺のドラマは安部龍太郎独特の発想だろう。安史の乱で玄宗皇帝と長安から避難する途中、天皇から秘かに命を受けていた唐の史書(大和朝廷をどう書いているか)「魏略38巻」を手に入れる。
玄宗皇帝の楊貴妃への寵愛は「長恨歌」に歌われてるとおり、悲劇に終わる。信頼していた安禄山に裏切られ、逃避行の中、楊貴妃をなくすことになる。唐の皇室の権力争いの中で仲麻呂はうまく乗り越えるが同じ留学生の井真成は殺害される。
吉備真備は仲麻呂と協力し合い、魏略38巻を日本に持ち帰ることが出来、当時の最高知識者として右大臣まで出世し朝廷に重用されるが、藤原一族の権力者恵美押勝との相克、また日本仏教を正統たらしめるべく、戒律の師である鑑真和上の招聘も実現し、引退するまで多忙で、彼の活躍は驚異的に描かれている。
当時、外国からもたらされた感染症で多くの人々が死亡する場面では、コロナと重なり、ワクチンや薬のない時代ひたすら隔離するしか手段がない。遣唐使といえども帰国して太宰府に数ヶ月は滞在して、感染症がないことが判明してようやく都に移動できた。
小説から離れるが、私は2001年に西安(当時は長安)を訪れた時に郊外の玄宗皇帝と楊貴妃がすごした温泉宮(華清宮)を訪れた。「温泉水なめらかにして凝脂を洗う」という長恨歌の一節を思い出した。高校の漢文で習ったがこの一節が記憶に残っている。現在の華清池には興ざめな楊貴妃の像が建っている。