カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

ファイアースターター・その2

2012-02-05 20:52:43 | 現代に生きる魔法使いとその弟子の七日間
「…… 大体、叔父さんは点けることが出来るの?」
 魔法使いを名乗るくらいなら、それ位出来ても不思議はないよね。などと棘を隠せない僕の口調に、叔父さんは飄々とした態度のまま答える。
「蝋燭の火を点けるくらい、簡単だろう」
 言うなり叔父さんは即座に蝋燭を点けて見せた。ただし、ポケットから取り出した金属製のライターの蓋を手慣れた動作で使って。
「どうだ?」
 得意顔の叔父さんに僕が何と返して良いのか悩んでいると、叔父さんは少しだけ表情を引き締める。
「結局、火を灯せる自体は大したことじゃないのさ。道具さえあれば一瞬で出来る程度のことでしかない」
 真の問題は火種そのものではなく、そこから燃え広がった炎が周囲を焼き尽くす危険を孕んでいることだと、叔父さんの言葉は更に続く。
「そして、実はお前自身も既にその危険を知っている。だから、お前が幾ら睨み付けても蝋燭は灯らなかった。そんな危険を冒す必要はないからだ」
 自分の力に怯えるのは当然だ、しかし、その怯えを忘れたとき、お前は人間でなくなる。そう言葉を締め括り、叔父さんは小さな子どもにするように僕の頭に掌を乗せ、優しく撫でてくれた。

 この人は、仲間だ。
 実の両親にすら怯えた目を向けられた僕だが、この人だけは仲間だ。

 そんなことを考えていると、叔父さんはふと何かを思い付いたように蝋燭の炎に向き直った。
「とは言え、これだけじゃ芸がないな。そもそもオレは点火よりもむしろ、こちらの方が得意なんだ」
 そのまま叔父さんが炎の上に手をかざすと、瞬く間にオレンジ色だった炎が蒼白く変化して球体を形作る。文字通り目を丸くして見入った僕の前で、球体は暫くの間、形を全く崩さぬままに柔らかく輝いていた。熱を持つ蛍火を思わせるその光球は、僕が今まで見たこともないほどに綺麗で、けれど、とても哀しい色合いをしていた。

ファイアースターター・終 
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ファイアースターター・その1

2012-02-04 22:53:44 | 現代に生きる魔法使いとその弟子の七日間
 暗い室内を淡い光で浮かび上がらせる、机に置かれた小さなランタンの淡い光。
 その傍らに置かれた、火の付いていない蝋燭。
 机から少し離れた位置で椅子に腰掛けた僕は、少し前からずっと、その蝋燭を、正確には蝋燭の芯を見詰めていた。
「どうした?何ともないじゃないか」
 揶揄する風ではなく、それでも明らかに面白がっている口調でソファに座った叔父さんが言うと、その傍らの床でだらしなく転がっていたクロが、いかにもわざとらしく欠伸をかいてみせる。
「馬鹿にされているような気がするんだけど」
 山中で遭遇したら間違いなく熊と誤認しそうな程に巨大な体躯をした黒犬に視線を移した僕の言葉に、叔父さんは平然と返す。
「ああ、お前の観察眼は正確だ。間違いなく馬鹿にしているぞ、オレが保証する」
 忠告しておくが絶対に勝てないから戦いは挑むなよ、そんな風に続く叔父さんの言葉に、僕は何となく力尽きかける。
「…… どうせ、叔父さんだって、僕が睨んだ途端に教室のカーテンが燃えたなんて信じていないんだろう?」
「燃え広がらなくて良かったな」
「怪我人は出たよ」
 そうは言っても火傷ではなく、いきなり出現した炎に狂乱状態になったクラスメイト達が我先に教室を飛び出す途中で一人が転び、それに巻き込まれて最終的に五人以上が倒れたせいで、そのうちの何人かは骨折したらしい。また、無事に教室を出た連中も廊下を駆け巡りながら叫び回り、結果として騒動はデマと誤認が加わって膨らむだけ膨らみ、、瞬く間に校舎全体に広がった。ちなみにその間、騒動の元凶たる僕はただ、呆けたように自分の椅子に座っているだけだった。
 僕は火元になるような類のものは一切持っておらず、更にクラス内の一グループが執拗に僕に対する嫌がらせを重ねていたのを、担任を含めたクラスの全員が知っており(つまり、担任を含むクラスの全員は僕が苛められているのを見て見ぬふりをしていた)、更に、警察沙汰を嫌った学校側の意向でお咎めなしとなった僕だが、さすがにそのまま学校に通うことは出来ず、何より学校どころか自分の家にも居辛くなっていたところで久し振りに日本に帰ってきていた叔父さんが、『落ち着くまでなら』と引き取り先になってくれた。
 そんなわけで僕は現在、人里離れた山中の別荘で叔父さんと、普段はクロと呼ばれている巨大な犬と一緒に暮らしているのだ。
 しかし、この叔父さんというのが、僕が言うのも何だが変わった人で、実は魔法使いなのだという。そして、もしも火を点けることが出来るならやってみろと蝋燭を持ち出してきた。まあ当然のように僕がいくら睨んでも火は点かず、クロの奴に思い切り馬鹿にされまくるという現状に辿り着いたわけだ。
 
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