カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

序章・北の国のお伽話

2014-12-31 23:52:08 | 犬使いの果実
 むかしむかし、一年の殆どが雪と氷に閉ざされる北の国の森の奥深くに、一頭の恐ろしい狼が棲んでいました。どう猛で狡猾な狼は、森に入った人間だけではなく人里に現れて家畜を襲い、人々は長い間、恐れおののきながら何も出来ずにいました。

 そんなある日、年若い狩人が森に狩りに行ったまま何日も戻ってきませんでした。狩人の父は周囲が止めるのも聞かずに二匹の猟犬を連れて森に入り、やがて狩猟刀を握り締めた姿の無残な息子の亡骸を見つけたのです。ただ、亡骸の側に飛び散っていた赤い血の跡は更なる森の奥へと続いていて、どうやら狼も相当の傷を負ったらしいと判断した狩人の父は二頭の猟犬に血の跡を追わせました。そして、何日もかけて今まで踏み込んだこともないほど深く森に分け入り、とうとう腹を割かれた狼の骸を見つけました。

 北の国の人々を恐れさせ、最後には自分の息子を殺した狼の骸を狩人が呆然と見つめていると、不意に猟犬たちが弾かれたように駆けだし、慌てて狩人がそれを追うと犬たちは一本の樹の下で止まり、盛んに吠え立てるのでした。
 それは見事な林檎樹で、果実もたわわに実っています。数日にわたる追跡で手持ちの食料も心許なくなっていた狩人はちょうど良いと幾つか果実をもぎ取り、まずは猟犬たちに与えました。すると林檎を囓った二匹のうち一頭がいきなり苦しみだし、しまいには血を吐いて事切れてしまったのです。
 あまりのことに為す術を失う狩人でしたが、ふと残った一頭の猟犬が吼える声で我に返ると空はかき曇り、今にも激しい雨が降りそうです。このままでは帰りの道を見失うと焦りはじめた狩人でしたが、土砂降りの中で移動するのがどれだけ体力を奪うかを知っていた狩人は、生き残った猟犬を伴って狼の巣穴とおぼしき洞窟で雨がやむのを待ちました。

 ようやく雨がやみ、狼の血の跡や匂いが消えてしまった道を戻る困難について猟師が頭を悩ませていると、生き残った猟犬は全く迷う素振りも見せずに帰りの道を辿り始めました。きっと消えかかった僅かな匂いを追っているのだと思った猟師は慌ててその後を追い、何とか自分の住む村に辿り着いたのです。
 はじめは猟師が狼を倒したことについて半信半疑だった村の人々も、猟師が持参した毛皮と前脚を見て猟師を称えました。しかし猟師は狼を倒したのは自分ではないと言って、息子と死んだ猟犬の墓を建てた後は普段通りの生活に戻りました。ただ、死んだ猟犬ほどは賢くも勇敢でもなかった筈の生き残った猟犬が、その事件以来とても優秀な猟犬となり、いなくなった猟犬の分まで働くようになったことが、変化と言えば変化でした。

 一年ほどは何事もなく過ぎました。
 しかし、狩人の息子が死んだ季節になると猟犬の様子がおかしくなりました。ひどく動作が不安定になり、しきりと森の奥に向かいたがるようになったのです。このままでは満足に狩りも出来ないと判断した狩人は、森で猟犬が進むままに任せてみることにしました。猟犬の脚は速く、猟師は何度もその姿を見失いそうなりましたが、その名を呼べば歩みを止めたので何とか引き離されることなく進んでいくことが出来ました。
 やがて猟犬が辿り着いたのは、狼の巣穴近くにあった林檎樹でした。猟犬はとても犬とは思えぬ機敏な動作で樹に登り、枝に実った果実を咥えて地面に降り立つなり、果実を貪り始めます。そして、猟師は直感で自分の猟犬がこの果実によって普通の犬ではなくなり、更にこの果実なしでは生きられない体となった事を悟ったのでした。

 狩人は林檎樹の果実を幾つか持ち帰り、その種から苗を育てました。苗は数年かけて花を咲かせ、林檎を実らせました。そしてやはり、狩人が果実を与えた犬の大半は血を吐いて死にましたが、生き延びた幾頭かの犬は最初の猟犬と同じく、普通の犬とは比べものにならないほどに勇猛果敢で賢く、なおかつ忠実な猟犬に育ちました。そして猟師は周囲から「犬使い」と呼ばれ、畏怖されるようになったのです。
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「天使」「窓」「激しい魔法」ジャンル「ミステリー」より・天使の末裔

2014-12-27 13:12:43 | 三題噺
 ふと窓の外を見たら逆さに落ちていく女子高生と一瞬だけ目が合った。
 殉教者のように全てを諦めた、それなのに何故か誇らしげな彼女の表情は暴力的と言って良い激しさで僕の脳裏に焼き付き、暫くの間僕の全感情を支配することになった。

 彼女は何故死ななければならなかったのか。
 僕はどうしても知りたくなり、そうすることで僕が普通の生活に戻れるのならと判断した周囲の協力の下、独自調査を始めた。

だが、その時の僕はまだ彼女の自殺がとんでもない事件の前触れで、その事件に自分自身が巻き込まる事など思いもしなかった。
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「天」「アルバム」「増える幼女」ジャンル「サイコミステリー」より・見知らぬ家族

2014-12-26 20:50:22 | 三題噺
 妹の映った写真をアルバムに整理していたら見慣れない写真が沢山あることに気付いた。

 行ったことのない場所、見た覚えのない服装、何より妹は三年前、十一歳になる前に亡くなっているのだが、写真には小学校の卒業式や中学生の制服姿まであった。不審に思いながら良く観察してみると、見慣れない写真は目線がこちらに向いていない上、映っているのは全て妹に面差しが良く似た他人だった。

「あいつも大きくなったな」
 不意に背後から掛けられた父の声に、僕は振り向くことができない。
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「緑色」「観覧車」「いてつくツンデレ」ジャンル「SF」より・みどりの思い

2014-12-22 20:36:10 | 三題噺
 食糧補給に立ち寄った、かつては緑豊かだった筈の惑星は、植物を司る姫がストライキを起こしたとかで冬将軍の支配下にあった。
 そんなわけで氷の中に閉じ込もった姫を引っ張り出してくれたら、お前たちの船が欲しがっている新鮮な野菜を幾らでも分けてやろうと言われた船長は一晩頭を悩ませた挙げ句、姫が面食いだという情報に基づいて一番見目麗しい乗組員を生け贄同然に差し出して呼び掛けさせた。
 そうしたらあっさり氷が割れたまでは良かったが、今度はそいつが姫の結婚相手に認定されかけて更に一悶着が発生した。
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「黄昏」「地雷」「魅惑的な関係」ジャンル「指定なし」より・バッカスとの決裂

2014-12-21 17:35:01 | 三題噺
 幾人かの物書き仲間がアルコール片手に話を書いていると聞いて、つい格好良いと思ってしまい真似したら全く作業が進まなかった。
 普段なら己の裡に在る闇の只中で蛍火のように頼りなく浮かび上がる筈のイマジネーションは睡魔に食い荒らされ、順序立てて組み上げた物語は瞬く間に瓦解していく。

 どうやら私には酒精の力を借りて己の物語を錬成どころか構成することも出来ないと知ったので、それからは素直に茶を飲むようになった。
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「山」「矛盾」「正義の城」ジャンル「学園モノ」より・青春の証明

2014-12-17 21:38:59 | 三題噺
 とある山奥に建てられた全寮制高校は、利権を貪る生徒会と搾取を良しとしない一般生徒との軋轢が表面化して一触即発の危険極まりない空間と化していた。
 話し合いの余地は既に消え、このままでは学園そのものが瓦解しかねない危機的状況の中、意外にも事態を収拾したのは双方から選出された代表者による決闘と言うより殴り合いの結果だった。

 と言うと聞こえはいいが、いい加減に落とし処を捜していた双方の勢力代表者が全校生徒を納得させるための茶番を演出し、やはり落とし処を捜していた全校生徒によってそれが熱狂的に受け入れられたと言う辺りが真相らしい。

 そんなわけで、親友同士だったという当時の生徒会副会長と新聞部部長の決闘は、本人達の意思は無関係に様々な形態の伝説として末永く語り伝えられることになった。
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「晴れ」「リンゴ」「壊れた幼女」ジャンル「邪道ファンタジー」より・ご主人様と僕

2014-12-16 21:17:48 | 三題噺
 良く晴れたあの日、僕は両親に連れられて領主様の館で将来お仕えするべきご主人様に引き合わせて頂いた。

 まだ幼女と言って良い年頃のご主人様は手に持っていた林檎を一囓りなさったあと、ごく無造作に僕の眼前に放ってから一言仰った。
「食べなさい」

 引きつった両親の顔をなるべく見ないようにしながら、僕は何のためらいもなく林檎を拾い上げて囓り、答えた。
「美味しいです」

 そんな訳で僕のご主人様は出会ったその日からご主人様以外のモノではなく、それは今も変わらない。
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「暁」「金庫」「過酷な世界」ジャンル「指定なし」より・今夜此処でのひと盛り

2014-12-15 19:23:14 | 三題噺
 アナログな時代において、金庫破りは先ず金庫の前に立つ迄の下拵えが最も大事な仕事だったが、現在のそれは何処まで向こうのセキュリティを弄り回せるかが成功の鍵となる。
 日暮れから夜明けまでの時間に標的の金庫から遠く離れた部屋で、パスワードを解析してシステムに侵入して仕込みを終えるまでは、正に俺たちと金庫との間で「静かな戦争」とでも言うべき闘いが繰り広げられているのだ。
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「天」「少女」「壊れたメガネ」ジャンル「邪道ファンタジー」より・獲得と、消失と

2014-12-13 23:00:31 | 三題噺
 事故に遭って以来妙なものが頻繁に見えるようになった。おそらくは妖精とか妖怪とか、そういった形をした連中はどうやら人間が生きる世界とは重なりながらも決して混ざり合うことのない空間に属しているらしく大概は「こちら側」に気付いていないか、もしくは興味を示しもしない。
 だがある日、ふと見上げた空に浮かんでいた翼を持つ少女が「貴方はどうして翼がないの?」と訪ねてきたとき、僕は自分の肉体が既に連中と同じ存在と化した事を知らぬまま、この世界で普通に暮らしていたことに気付いた。
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「陸」「リンゴ」「真の小学校」ジャンル「童話」より・異星のアップルシード

2014-12-12 18:36:39 | 三題噺
 地球を離れ、新しい惑星の土地に降り立った人々は、競うように故郷から運んできた種を撒いた。幾つかの種類は気候が合わずに枯れてしまったが、中には地球で育てるより明らかに生育が良い物もあり、林檎もその一つだった。最初に植えられた林檎はこの地に初めて建てられた小学校の記念樹となり、やがて生徒と先生の全員に配ってもまだ有り余る程の実を実らせるようになった。

 そして現在、
 誰一人として訪れることのない廃墟と化した地で、巨大な林檎樹は今年も沢山の実を付ける。
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