むかしむかし、一年の殆どが雪と氷に閉ざされる北の国の森の奥深くに、一頭の恐ろしい狼が棲んでいました。どう猛で狡猾な狼は、森に入った人間だけではなく人里に現れて家畜を襲い、人々は長い間、恐れおののきながら何も出来ずにいました。
そんなある日、年若い狩人が森に狩りに行ったまま何日も戻ってきませんでした。狩人の父は周囲が止めるのも聞かずに二匹の猟犬を連れて森に入り、やがて狩猟刀を握り締めた姿の無残な息子の亡骸を見つけたのです。ただ、亡骸の側に飛び散っていた赤い血の跡は更なる森の奥へと続いていて、どうやら狼も相当の傷を負ったらしいと判断した狩人の父は二頭の猟犬に血の跡を追わせました。そして、何日もかけて今まで踏み込んだこともないほど深く森に分け入り、とうとう腹を割かれた狼の骸を見つけました。
北の国の人々を恐れさせ、最後には自分の息子を殺した狼の骸を狩人が呆然と見つめていると、不意に猟犬たちが弾かれたように駆けだし、慌てて狩人がそれを追うと犬たちは一本の樹の下で止まり、盛んに吠え立てるのでした。
それは見事な林檎樹で、果実もたわわに実っています。数日にわたる追跡で手持ちの食料も心許なくなっていた狩人はちょうど良いと幾つか果実をもぎ取り、まずは猟犬たちに与えました。すると林檎を囓った二匹のうち一頭がいきなり苦しみだし、しまいには血を吐いて事切れてしまったのです。
あまりのことに為す術を失う狩人でしたが、ふと残った一頭の猟犬が吼える声で我に返ると空はかき曇り、今にも激しい雨が降りそうです。このままでは帰りの道を見失うと焦りはじめた狩人でしたが、土砂降りの中で移動するのがどれだけ体力を奪うかを知っていた狩人は、生き残った猟犬を伴って狼の巣穴とおぼしき洞窟で雨がやむのを待ちました。
ようやく雨がやみ、狼の血の跡や匂いが消えてしまった道を戻る困難について猟師が頭を悩ませていると、生き残った猟犬は全く迷う素振りも見せずに帰りの道を辿り始めました。きっと消えかかった僅かな匂いを追っているのだと思った猟師は慌ててその後を追い、何とか自分の住む村に辿り着いたのです。
はじめは猟師が狼を倒したことについて半信半疑だった村の人々も、猟師が持参した毛皮と前脚を見て猟師を称えました。しかし猟師は狼を倒したのは自分ではないと言って、息子と死んだ猟犬の墓を建てた後は普段通りの生活に戻りました。ただ、死んだ猟犬ほどは賢くも勇敢でもなかった筈の生き残った猟犬が、その事件以来とても優秀な猟犬となり、いなくなった猟犬の分まで働くようになったことが、変化と言えば変化でした。
一年ほどは何事もなく過ぎました。
しかし、狩人の息子が死んだ季節になると猟犬の様子がおかしくなりました。ひどく動作が不安定になり、しきりと森の奥に向かいたがるようになったのです。このままでは満足に狩りも出来ないと判断した狩人は、森で猟犬が進むままに任せてみることにしました。猟犬の脚は速く、猟師は何度もその姿を見失いそうなりましたが、その名を呼べば歩みを止めたので何とか引き離されることなく進んでいくことが出来ました。
やがて猟犬が辿り着いたのは、狼の巣穴近くにあった林檎樹でした。猟犬はとても犬とは思えぬ機敏な動作で樹に登り、枝に実った果実を咥えて地面に降り立つなり、果実を貪り始めます。そして、猟師は直感で自分の猟犬がこの果実によって普通の犬ではなくなり、更にこの果実なしでは生きられない体となった事を悟ったのでした。
狩人は林檎樹の果実を幾つか持ち帰り、その種から苗を育てました。苗は数年かけて花を咲かせ、林檎を実らせました。そしてやはり、狩人が果実を与えた犬の大半は血を吐いて死にましたが、生き延びた幾頭かの犬は最初の猟犬と同じく、普通の犬とは比べものにならないほどに勇猛果敢で賢く、なおかつ忠実な猟犬に育ちました。そして猟師は周囲から「犬使い」と呼ばれ、畏怖されるようになったのです。
そんなある日、年若い狩人が森に狩りに行ったまま何日も戻ってきませんでした。狩人の父は周囲が止めるのも聞かずに二匹の猟犬を連れて森に入り、やがて狩猟刀を握り締めた姿の無残な息子の亡骸を見つけたのです。ただ、亡骸の側に飛び散っていた赤い血の跡は更なる森の奥へと続いていて、どうやら狼も相当の傷を負ったらしいと判断した狩人の父は二頭の猟犬に血の跡を追わせました。そして、何日もかけて今まで踏み込んだこともないほど深く森に分け入り、とうとう腹を割かれた狼の骸を見つけました。
北の国の人々を恐れさせ、最後には自分の息子を殺した狼の骸を狩人が呆然と見つめていると、不意に猟犬たちが弾かれたように駆けだし、慌てて狩人がそれを追うと犬たちは一本の樹の下で止まり、盛んに吠え立てるのでした。
それは見事な林檎樹で、果実もたわわに実っています。数日にわたる追跡で手持ちの食料も心許なくなっていた狩人はちょうど良いと幾つか果実をもぎ取り、まずは猟犬たちに与えました。すると林檎を囓った二匹のうち一頭がいきなり苦しみだし、しまいには血を吐いて事切れてしまったのです。
あまりのことに為す術を失う狩人でしたが、ふと残った一頭の猟犬が吼える声で我に返ると空はかき曇り、今にも激しい雨が降りそうです。このままでは帰りの道を見失うと焦りはじめた狩人でしたが、土砂降りの中で移動するのがどれだけ体力を奪うかを知っていた狩人は、生き残った猟犬を伴って狼の巣穴とおぼしき洞窟で雨がやむのを待ちました。
ようやく雨がやみ、狼の血の跡や匂いが消えてしまった道を戻る困難について猟師が頭を悩ませていると、生き残った猟犬は全く迷う素振りも見せずに帰りの道を辿り始めました。きっと消えかかった僅かな匂いを追っているのだと思った猟師は慌ててその後を追い、何とか自分の住む村に辿り着いたのです。
はじめは猟師が狼を倒したことについて半信半疑だった村の人々も、猟師が持参した毛皮と前脚を見て猟師を称えました。しかし猟師は狼を倒したのは自分ではないと言って、息子と死んだ猟犬の墓を建てた後は普段通りの生活に戻りました。ただ、死んだ猟犬ほどは賢くも勇敢でもなかった筈の生き残った猟犬が、その事件以来とても優秀な猟犬となり、いなくなった猟犬の分まで働くようになったことが、変化と言えば変化でした。
一年ほどは何事もなく過ぎました。
しかし、狩人の息子が死んだ季節になると猟犬の様子がおかしくなりました。ひどく動作が不安定になり、しきりと森の奥に向かいたがるようになったのです。このままでは満足に狩りも出来ないと判断した狩人は、森で猟犬が進むままに任せてみることにしました。猟犬の脚は速く、猟師は何度もその姿を見失いそうなりましたが、その名を呼べば歩みを止めたので何とか引き離されることなく進んでいくことが出来ました。
やがて猟犬が辿り着いたのは、狼の巣穴近くにあった林檎樹でした。猟犬はとても犬とは思えぬ機敏な動作で樹に登り、枝に実った果実を咥えて地面に降り立つなり、果実を貪り始めます。そして、猟師は直感で自分の猟犬がこの果実によって普通の犬ではなくなり、更にこの果実なしでは生きられない体となった事を悟ったのでした。
狩人は林檎樹の果実を幾つか持ち帰り、その種から苗を育てました。苗は数年かけて花を咲かせ、林檎を実らせました。そしてやはり、狩人が果実を与えた犬の大半は血を吐いて死にましたが、生き延びた幾頭かの犬は最初の猟犬と同じく、普通の犬とは比べものにならないほどに勇猛果敢で賢く、なおかつ忠実な猟犬に育ちました。そして猟師は周囲から「犬使い」と呼ばれ、畏怖されるようになったのです。