カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

祭の夜

2016-08-31 00:47:10 | 色々小説お題ったー(単語)
「炭酸」「麦茶」「夜」がテーマ

 今年も実習生による精霊使役課題の一環である自家製ビールが完成した。アルコール度数がかなり低いので校長などは「泡の出る麦茶だな」などと文句を言うが、それでも学園祭夜の部に参加して学生達と一緒に飲む。月夜の下、他の実習生が作ったチーズやパンを肴に飲むビールは学生達にとって一生の思い出となるだろう。

※ 蛇足ながら、現代日本では酒税法でアルコール1%以下のビール醸造のみ合法となっています。
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場面その10

2016-08-30 18:51:57 | 松高の、三羽烏が往く道は
 夕空は厚い雲で覆われ、大粒の雨が叩き付ける様に町並みを濡らしては道端に濁った水溜まりを拵えていた。通りを進む人は疎らで、誰もが雨の当たらぬ場所を目指して足早に進んでいる様子が伺い知れる。
 そんな中、学生服姿の小柄な少年が足早に家路を急いでいた。級友の忠告を無視してカフェーで珈琲など頂いていたら雨に降られ、一向に止む気配も無いので仕方なしに走って帰ることにしたのだ。普段は栗鼠の様に敏捷な少年なのだが激しい雨に視界を遮られ、足元は洪水の様に水が流れている状態では大して早く走れる訳も無く、時折小声で何事かをぼやきながら道を進んでいくしかなかった。そして、それ故に普段なら即座に気付いたであろう突発的な事態に反応するのが遅れたのだ。
 いきなり路地から伸びてきた手に鼻と口元を押さえ込まれ、そのまま路地裏に引きずり込まれた少年は反射的に右肘を自分の背後に叩き込んで手応えを確認すると殆ど同時に反動で相手の手を振り解き、次の瞬間には蜻蛉を切りながら離れ去る。
「なんだお前ら!」
 足場が悪いせいか普段通りの奇麗な着地とはいかず、慌てて体勢を立て直す少年は自分を路地に引き摺り込んだ相手に複数の仲間がいて、しかも今度こそ確実にこちらを絡め取ろうとしていることに気付いた。既に退路は塞がれ、この雨では叫んでも助けが現れるとは思い難い。そして何故か酷く体が重かった。
 このガキ!と、どうやら彼に蹴り飛ばされたらしい男が向かって来たが、他の男に止められる。
「焦るな、動けなくなるまで待てば良いんだ」
 その不吉な予言通り、自分の意識が瞬く間に霞んでいくのを抑え切れなくなる少年。先ほど鼻と口を塞がれた時に薬を使われたのだと気付くが、既に手遅れだった。
 耐え切れずに体勢を崩して倒れ込む少年の体が完全に動かなくなったのを確認すると、やがて一同の中でもひときわ体格の良い男が進み出るなり軽々と小脇に抱え、羽織っている合羽で隠すようにしてから仲間たちと連れ立って歩き出す。
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異国の蝶

2016-08-30 00:38:20 | 色々小説お題ったー(単語)
「蝶」「金髪」「刺」がテーマ

 見慣れない技法で見慣れない蝶が描かれた異国の黒い櫛を、自分には似合わないわと寂しげに呟きながらその豊かな金髪に挿してみせるのが彼女の日課だった。豪奢な金色にあしらわれた艶のある黒は充分に彼女の美しさを引き立たせる様に見えるが、それはこの櫛の持つ本来の美しさとは違うのよ、と寂しげに笑うばかりだ。
 その櫛をいつ、どこで手に入れたか、彼女は決して話そうとしない。
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廃墟にて

2016-08-29 00:26:17 | 色々小説お題ったー(単語)
「車」「煙」「笑顔」がテーマ

 石炭を燃料に黒煙を吐きながら動く機関車は、険しい山道をものともせず男達を鉱山に運んで行く。女達は笑顔でそれを見送り、子供達と共にその帰りを待ちながら日々を暮らしていく。鉱脈が尽きて鉱山が閉鎖されるまで、この地にはそんなささやかな営みがあったのだと、錆び付いたレールは無言で物語る。

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祝福と幻影の解呪

2016-08-27 13:13:15 | 突発お題
物語、呪い、日常

 大体において、自分にとって物語を紡ぐというのは日常とは違う別世界情報が脳を侵食している状態を外界にアウトプットすることで平常状態に戻す行為なので、執筆中は二重世界に意識を置く相当にヤバげふさふさな精神状態で暮らして行くことになる。当然ながら解除方法は物語を完成させる以外にない。
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場面その9

2016-08-27 01:00:40 | 松高の、三羽烏が往く道は
 秀一にとってはともかく、圭佑たち三人にはどうと言うことなく終わった見合いの日から数日後。
 その日の圭佑は授業中に相当な空腹を覚えて授業の終了時間まで待ち切れず、つい教科書で隠しながら手持ちの饅頭を引っ張り出して齧り付くという所業に及んでしまった。小柄な圭佑の座席は黒板が見やすい位置にあり、当然ながら教壇に立つ先生にとっても見やすい位置にある。
「倉上、起立」
 不意に掛けられた独語講師の声に、圭佑は一瞬だけ動作を凍り付かせながらも迅速に口中の饅頭を飲み込み、元気良く起立する。
「倉上、起立しました!」
 現場を押さえた講師だけでなく、不手際をやらかした級友に対する緊張を含んだ周囲の視線すらものともしない、居直りとも取れる圭佑の態度に、ドイツ人であるパウエル講師は日本人と殆ど変わらぬ端正な発音で質問してくる。
「倉上、君は随分と饅頭が好きな様だな?」
「はい!饅頭は大好きです!どれ位好きかというと素晴らしいドイツの歌曲と同じ位に好きです!」
 これは音楽を得意とするパウエル講師に対する、言ってしまえば追従に近い発言だったが、そんな圭佑の答えに対してパウエル講師は不吉な微笑みを口元に浮かべながら断言する。
「それでは、君の好きなドイツ語の歌曲を、何でも良いから一曲ここで歌って貰おうか」
 パウエル講師にとっては、自分の授業中に不真面目な態度を取った学生に軽いお灸を据えてやるつもりだったのかもしれないが、途端に圭佑の目が輝いた。
「それでは僭越ながら、『シューマン作品29「3つの詩」より第3曲、流浪の民』を歌わせて頂きます!」

Im Schatten des Waldes, im Buchengezweig,
da regt's sich und raschelt und flüstert zugleich.
Es flackern die Flammen, es gaukelt der Schein
um bunte Gestalten, um Laub und Gestein……

 現在はロマと呼ばれているジプシーたちが、故郷を離れた旅路の中で過ごす一夜の情景を歌った力強いながらもどこか哀しげな歌曲を、未だ完全な変声期を迎えていない圭佑が想像していたより遥かに明瞭な発音で歌う姿に、パウエル講師も思わず感心して歌声に聞き惚れる。

……fort zieh'n die Gestalten, wer sagt dir wohin?
Fort zieh'n die Gestalten, wer sagt dir wohin?
Fort zieh'n die Gestalten, wer sagt dir wohin?
Wer sagt dir wohin?

 最後の歌詞まで見事に歌い切った圭佑に級友たちが惜しみない拍手と歓声を送り、当の圭佑も自慢げに軽く上げた手を振りながら『抑えて抑えて』などと周囲を宥める中、授業終了のベルが鳴り響いた。
「それでは、今日の授業はこれで終了とする」
 教科書を片手に教壇を降りたパウエル講師は、しかし、急場をうまく切り抜けて得意になっているらしい圭佑に向かって厳かと言ってよい表情を向けると、実に重々しい口調で宣言してみせた。
「そうそう、先ほど歌って貰った『Zigeunerleben(流浪の民の原題、ジプシー暮らしの意)』だが、発音には問題が無かったから次回の授業までに歌詞と日本語対訳を筆記して提出する様に」
 最後の最後で完全勝利を逃した衝撃から呆然とする圭佑に、教室を出て行く講師の背中を見送った信乃が声を掛ける。
「まあ、せいぜい頑張るんだな」
 ちなみに俺は家の用事があるから今日は真っ直ぐ帰るぞ。そんな信乃の言葉に対して残念そうに頷いてから今度は優吾に声を掛ける圭佑だったが、優吾からも読みたい本があるので寮の部屋に戻ると答えが返ってきた。
「何だ、つまんねーの」
 ぼやく圭佑に、優吾が窓の外を見ながら忠告する。
「空模様が怪しい、雨が降る前にお前も早く自分の家に帰った方が良いぞ圭佑」
 ええーっ、雨?おれ傘持ってないよとぼやく圭佑に『なら早く帰れ』と突っ込みを入れてから教室を出る信乃と優吾。やや遅れて校門を出た圭佑は特別課題提出を命じられた傷心を癒やそうと、最近では珍しく一人で縄手方面に向かう。

 そして、いつもなら決して遅れない夕飯時、更に夜半をとうに過ぎた時間になっても家に戻らなかった。
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夜を彷徨う

2016-08-26 00:11:04 | 色々小説お題ったー(単語)
「深海」「雨傘」「夜は短し」がテーマ

 暗く冷たい海の底を思わせる夜の街を、私は闇と同じ色をした雨傘を差して彷徨い回る。そこに貴方が居ないのも、この世界に私の為に用意された奇跡など存在しないことも充分に承知しつつ、それでも貴方の姿を求めて彷徨う。やがて夜が明け雲の切れ間から日差しが地上を照らして海の底も、貴方も、総ての幻を消し去るまで。
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血鷲

2016-08-25 21:13:50 | 色々小説お題ったー(単語)
「ベッド」「鳥」「刺」がテーマ

 鎖に繋がれた姿で僕の側を離れることができないのに、どれだけ愛していると繰り返し囁こうと彼女はひたすらに僕を拒み、安らかならざる眠りに囚われた時ですら魂を鳥と化して彼の元に飛んでいこうとする。だから僕は彼女の翼を奪い去る為に刃物を振るうしかなかった。翼の源を奪われて深紅に染まった彼女の骸は、ようやく僕だけのものとなる。
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宴の終わり

2016-08-24 00:48:07 | 色々小説お題ったー(単語)
「身長」「蝶々」「バタフライエフェクト」がテーマ

 周囲の緑一面を丸坊主にしてから蛹になった妖蝶の集団が一斉に羽化する光景を見たことが有る。蛹の背を割り、禍々しくも美しい模様の羽を広げて乾かした蝶の集団がやがて飛び去っていくまで幻惑された様にその場に立ち尽くしていた僕の眼前に幾つか残ったのは、飛べないまま蹲って死を待つばかりとなった羽化不全の蝶たちだった。
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父祖の地を目指して

2016-08-23 00:17:32 | 色々小説お題ったー(単語)
「黄」「三つ編み」「シャングリラ」がテーマ

 頭に黄色い布を巻き、三つ編みにした髪を左肩に垂らした若い修羅族の男は、自分の「故郷」を目指して旅をしているのだと言う。それは生まれ育った土地のことではなく、彼の父祖がこの地に降り立って造り上げた楽園だという。そんな物が存在するのかと尋ねると、分からないからこそ何年も探しているのさと笑って答えてきた。
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