学生時代の級友に、数学と天文学が得意と言うよりは愛していると称するべき相手がいた。この曖昧な世界に於いてそれらは揺るぎない法則であり、世界を読み解き神に近付く手段であるのだと。だが奴は若くして事故で命を落とし、遺された本には天使を思わせる白い羽が挟まれていた。
学生時代の級友に、数学と天文学が得意と言うよりは愛していると称するべき相手がいた。この曖昧な世界に於いてそれらは揺るぎない法則であり、世界を読み解き神に近付く手段であるのだと。だが奴は若くして事故で命を落とし、遺された本には天使を思わせる白い羽が挟まれていた。
幼い頃に母を亡くしたという作家の描く女性は幽玄かつ儚い、そして時には心臓を掴まれる程に艶めかしい存在であり、筆名も相まって特に年若い読者は作者に美しい女性の姿を連想するらしいが、現在残る作家の写真には、線こそ細いが髪を分け眼鏡を掛けた中年男性の姿が映っている。
桜は死者の霊魂が宿りやすい樹木で、花が咲く時期になると生前の姿に似た鬼が現れることがある。そんな桜鬼は桜に見惚れる人の心を空っぽになる間で喰らい尽くし、花が散ると再び眠りにつくのだそうだ。そして心を喰われた人は、虚ろとなった心を抱えて再び花の季節を待つのだと言う。
一粒一粒に月光を封じる際、どれだけ綺麗であろうと他の輝きと調和の取れないビーズは使えないので、バッグを造る際はそこに一番苦労しましたと誇らしげな表情で報告してくる学生は人間より遥かに長い時間を生きる種族だったので、当然のように締め切りや納期の概念も異なるようだ。
蝸牛を喰ったことは無いが蝸牛に喰われた男の話なら知っていると奴は言った。外周を回れるような小さな無人島に漂着した男が、そこに一頭の巨大な蝸牛を発見して当初は面白がって殻に乗り遊んでいたりしていたが、やがて鈍重な蝸牛は着実に男を追い詰め、終いには針が並んだような舌で男の肌をぞりぞりと舐めながらという辺りで、俺は奴の話を無理やり殴って止めさせる。