ようやく退院の日を迎えて家に戻ったオレだが、リビングの定位置にゴスペルの姿は見当たらなかった。半ば予想していた光景とは言え唇を噛みしめるオレに、爺さんは荷物をその辺に置いてから再び靴を履き直して俺を呼ぶ。
「よし、それじゃゴスペルを迎えに行くぞ。ワシじゃ手に負えん」
「え?」
そんなに容態が酷いのかと愕然としながらも、例えどんな姿になっていようとゴスペルはゴスペルだ、コレからもずっと一緒だと覚悟を決める。
ドアを開けるなり「いらっしゃい、そして退院おめでとう!」と飛び付いてきたあいつを無造作に押しのけてリビングに入ると。
そこには犬用ベッドに納まり返ったゴスペルが、あいつの妹に向かって甘え鳴きをしながらケーキをねだっていた。
「コレはダメよ、ゴスペルちゃんにはちゃんと専用のお菓子を用意してあげるから」
あいつの妹がそう言って離れていくとゴスペルは更に甘えた鳴き声を上げるが、決して自分から立ち上がろうとはしなかった。先程までのオレならゴスペルが歩けないほどのダメージを受けたのかと心配したところだが、この甘え鳴きを聞いた今となると話は別だ。
「……おい、ゴスペル」
我ながら凄まじい重低音で名前を呼んでやると、ゴスペルはオレに気付くなり一瞬だけ硬直してから、次の瞬間には弾丸のようにオレに駆け寄ってきて盛んに尻尾を揺らしながら嬉しそうに吼えた。
「誤魔化されるかーっ!貴様、ちやほや世話されるのに慣れて今まで動けないフリしていやがったな!」
しばらく見ないうちにずいぶんとツヤツヤな毛並みになったじゃねえか!ええ!などと叫んでゴスペルを思う存分どつき回しまくるこの時のオレを止める人間は誰もいなかった。あとで聞いたところでは一応あいつだけは止めようとしたらしいが、うちの爺さんに「アレは兄弟ゲンカのようなものだから放っておいてくれ」と言われたらしい。
「お前がケガして療養しているって聞いてオレがどれだけ心配したと思ってるんだ!可愛い女の子に世話してもらうのがそんなに嬉しかったのか!」
ちなみに、キャインキャインと鳴き喚くゴスペルに対する折檻に夢中だったオレは、その時、あいつの妹が何故か頬を赤らめながら、
「やだ、こんなに人がいる場所で、そんな大声ではっきり可愛い子だなんて……」
などとイヤイヤするように身を捩らせている事に気付かなかったし、例えその時点で気付いたとしても意味が分からなかったと思う。
ちなみに、この件に関しては当然ながら後日とんでもない修羅場が発生した。