カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

「もう後がない」

2009-12-07 21:30:21 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
 王都に辿り着いたハリーが最初に目指したのは、王室騎士隊の詰め所だった。
 案内された隊長室の椅子に座っていたのは三十前後と思われる穏やかな雰囲気の男で、何となく兄を思い出しながら挨拶するハリー。
「盟約により辺境自治領ローランドから参りましたハリエッタと申します」
 兄は身体が弱く、弟は未だ幼いので、女の身ではありますが精霊使いとしての称号を受けた私が代理を務めますと続けると、男は少しだけ困ったように微笑んでから言った。
「失礼だが、貴方は今回の召喚についての具体的な内容を御存知だろうか」
 考えようによっては確かに失礼極まりない問いかけだったが、相手がなるべくハリーの誇りを傷付けまいとしていることは充分に感じ取れたので、ハリーも微笑んで答える。
「はい、フランク王家第三王子殿下の護衛だと承っております。殿下の為人(ひととなり)は存じませんが、先ほど申し上げましたように幼い弟がおりますので、小さい子どもの扱いはある程度の心得がございます」
 すると男は更に曖昧な表情となってから、取りあえず陛下への謁見を済ませようとハリーを伴って部屋を出た。
 謁見室の玉座に着いていたのは年老いた男で、どうやら何かの病を患っているらしかったが、ハリーはそれに気付いた風も見せずに、やや古風ながら非の打ち所のない動作で挨拶をして、陛下も鷹揚にそれを受ける。
「ローランドの若き騎士よ、そなたの国と交わした古き盟約の遵守を喜ばしく思うぞ」
 形式通りの言葉の後、もう下がって良いと疲れ果てたような態度だけで示す陛下。古き盟約と言っても現在はほぼ有名無実のもので、ローランドが国として承認されているのはあくまで形式上であり、現在のフランク王家に取っては辺境の属領に過ぎないと父から教えられていた事実を早速思い出すハリー。そもそもローランドの大使としてではなく、フランク国王室騎士隊の仮隊員として国王との謁見が行われたこと自体が現実の全てを物語っていた。しかし。
ローランド現国王であるハリーの父は、生まれてはじめてフランク国の王都へ向かうことになった自分の愛娘に対して言ったのだ。
「恐らく、お前はローランドの王族だという理由から王都で様々な侮りや蔑み、同時に妬みや嫉みを受けることになるだろう」
 もはや有名無実に近い盟約によってフランク国に自治を認められている我が国の、それが宿命だと寂しげに俯く父王の姿。
「だが、決してローランドの、そしてお前がお前である誇りを失ってはならない。
 忘れるな、他人に頭を下げられない人間に、本当の誇りなど持てはしないのだと」
 そこまで言うと感極まったように玉座から立ち上がり、自分を強く抱きしめてくれた父王の姿と言葉をハリーはあの日、深く心に刻み込んだのだ。
「それでは隊長、第三王子殿下は今、何処にいらっしゃるのでしょうか」
  
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通信遮断

2009-12-03 21:00:11 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
 取りあえず狼の姿をした幻獣を還してから、今度は地味な色合いの小鳥を呼び出するハリー。通常は物告げ鳥と呼ばれるその小鳥は、遠く離れた相手に召還者の言葉をそのまま伝えることが出来るのだ。
 街道沿いの関所に向けて小鳥を放ってから、ハリーは先程からの成り行きを木立の上から眺めやり、気を揉んでいたに違いない相手に向かって言った。
「もう大丈夫です、兄上」
 ハリーが召喚したものより少し大きめの鳥は明らかに動揺し、何とか普通の鳥であるかのように振る舞おうとしたが、もう一度”兄上”と呼ばれると、観念したように舞い降りてきてハリーの肩に止まった。
『ばれていたのか』
「あからさますぎます」
『その、ハリーが心配で』
「それも判っています」
 にべもない言葉に項垂れる鳥に、でも嬉しかったですと付け加えるハリー。
「それにしても兄上、先ほどは動かないでいて下さって助かりました。あの騒々しい男はともかく、もう一人の大男が本気で動いていたら厄介でしたから」
『あれは…… 、咄嗟のことで動けなかった』
 それに、確かにあの大男の方から相当の重圧を感じたと続ける鳥。ハリーも頷いた。
「恐らく、ただ者ではないのでしょうね。まあギリアムとか言う騒々しい男の方も、ある意味ただ者ではありませんでしたが、あれは…… 」
そこまで言うとハリーは不意に眉根を僅かに寄せた表情で無言となり、数秒後、私の鳥が警備兵の詰め所に到着したようですと呟いた。
 自分を襲った二人組の男について物告げ鳥を通じて詳しく説明するハリーに、警備兵たちは口々に憤りながら必ず見つけ出してやりますと請け合ってくれる。
 取りあえず二人については警備兵たちに任せることにして、ハリーは既に開き直って姿を隠そうともしなくなった兄の物告げ鳥と更に旅路を進めていくことになった。
 やがて関所を越え、ローランド自治領からフランク国の辺境に足を踏み入れたハリーは、自分の肩に止まった兄の物告げ鳥に向かって名残惜しげに宣言する。
「兄上、暫しのお別れです。ここより先は我らローランドの守護が及ばぬ地。兄上といえども物告げ鳥の姿を維持することは出来ないでしょう」
 見るからに影が薄くなっている鳥は残念そうに頷くと、不安を隠さぬまま呟いた。
「ああ、だが道中は気をつけるんだぞ、あの二人もまだ捕まっていないそうだし」
 ええ、気をつけますと答えると殆ど同時に、鳥の姿だけでなく、鳥を通じて確かに感じていた兄の気配も幻のように消え失せる。ここからは文字通り、ただ一人で王都を目指すことになるのだ。
「さて、と…… 」
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無駄な抵抗はやめろ

2009-12-02 20:44:26 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
 それで一体、私に何の御用ですかとハリーが問いかけると、元々から短気らしいギリアムという男は爆発したように叫んだ。
「今まで人の話を聞いていなかったのか小娘!貴様がローランドの姫ならフランク国王からの召喚状を受けて王都に向かっているんだろうが!それを寄越せと言っているんだ!」
「それは出来ません、ローランドの信用問題にも関わります」
「命が惜しくないのか小娘!十七の餓鬼だと聞いていたから、こっちも穏やかに話を進めてやろうとすれば付け上がりやがって!」
「穏やかに…… 、ですか?」
 思わず珍獣でも眺めるような視線を向けてしまったハリーの態度に酷く自尊心を傷付けられたらしく、ギリアムは少しの間その身体を小刻みに震わせていたが、やがて決心したように口元を歪めて嗤ってから右腕を真っ直ぐに伸ばし、何かを唱えはじめる。それが拘召(こうしょう)の呪言であるとハリーが気付くと殆ど同時に空間が歪み、次の瞬間にはギリアムの右手に巨大な刃が握られていた。円形の柄に三振りの剣を等間隔に配した三角形の武器は、実用性云々はともかく威嚇効果は高そうだった。そのまま街道の並木に向かって投げると、子どもの胴ほどもある太さの幹を薙ぎ払ってからギリアムの手元に戻ってくる。
「貴様もあんな風に真っ二つにされたくなれば、大人しく言うことを聞くんだな」
 己の優位を確信しきった尊大な口調のギリアムに、ハリーはあからさまに眉をひそめて答えた。
「街道の維持は警備兵の仕事です、手間を増やすのは止めてください」
「舐めてるのかぁ!」
 面白い位に逆上したギリアムに、今度は酷く冷ややかな視線を向けてから軽く握った左手を胸に当てるハリー。不審顔のギリアムより速く、背後に立っていたザロンという大男のほうが危険を察知したようにハリーの口を塞ぎにかかるが、その時は既に遅かった。ギリアムが唱えた拘召の呪言とは比べものにならない力が周囲の空間を歪ませながら、次の瞬間には目も眩むような閃光を発し、そのまま実体となって現れる。
「…… 真正の、精霊使いか」
 蒼白い鬣を持つ、巨大な狼の姿をした幻獣の姿を目の当たりにしてザロンは呻くように呟いた。それに対して、ギリアムは発する言葉もない。自身も神殿で学んだことがある身として、幻獣を従える程の高位術者に喧嘩を売るのがどれほど無謀かは思い知らされているらしい。
「それで、どうなさいますか?」
 威嚇の呻り声を上げる狼を止めもしないまま二人に問いかけるハリー。渋い顔で相棒を見据えるザロン、そして。
「き…… 今日のところはこれで勘弁してやるっ!」
 ギリアムは今にも泣きそうな表情で叫ぶなり、その場を駆け出していた。
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敵に囲まれる・その2

2009-12-01 19:16:20 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
「何だその態度は!馬鹿にしているのか小僧!」
 これは明らかに勘違いしているようだと判断したハリーが、いつもの癖で左手を覆う革製の手甲に右手をやりながら口を開きかけると、それよりも早く、今の今まで無言のままハリーの背後で道を塞いでいた大男が、やかましく喚き散らす優男に向かって言った。
「おい、ギリアム」
「何だザロン!こんな礼儀知らずの小僧に情けは無用だぞ!」
「”小僧”では、ないと思うのだが」
「ああ?帯剣してりゃ立派な男だとか、そんな意味で言ってるのか?」
「いや…… 普通は年頃の娘子を”小僧”とは呼ばないと思うのだが」
「娘子?」
 一瞬だけ呆けたような表情になってから、ギリアムと呼ばれた優男はまじまじとハリーを眺め回し、ようやく自分の間違いに気付いたように顔を真っ赤にして叫んだ。
「小娘が紛らわしい格好してるんじゃねえよ!」
 小僧の次は小娘呼ばわりしてくる相手の発言に、普段は滅多に怒らないハリーも流石に腹に据えかねて、その青い瞳で優男を真っ直ぐに見据えて名乗りを上げることにする。
「小娘ではありません、私は辺境自治領ローランドの第一公女、ハリエッタ。
 普段はハリーと呼ばれておりますので、そう呼んで下さっても結構です」
「誰が呼ぶか!この小娘!」
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