事故で左眼を失った伯母様と再会した日、とても精巧な義眼が左眼に嵌っていたので、その眼は視えるのですかと馬鹿なことを尋ねてしまった。すると伯母様は微笑みながら、この瞳で再び視えるようになったのは私ではなく、今まで存在していた私の瞳を見失った周りの人々なのよと言った。
よく目は心を映し出す鏡と言われるけど、義眼を見ても明確な意志を感じないのは人間の眼窩に嵌っていないからかな、などと不気味な事を彼は言ったが、そもそも鏡に明確な意志は無い。映るのは鏡を覗き込んだ己の姿でしかなく、そこに化け物が映っていたら後はもう狂うしかない。
入浴中、いつもの習慣で体を洗おうと手に取った石鹸に鼻を近付けると、いきなり青臭さに煙が混じったような匂いにむせそうになる。一瞬で消えたその匂いは、よく考えると久しく帰っていない実家の仏間に立ち込める線香のそれにそっくりで、そういえば今日からお盆だったなと思い出した。
義兄は私の母に毒を盛られていた時期があると言う。確かに幼い頃に体が弱かった義兄は毎晩薬を飲んでいた筈だが、実はその薬をこっそり、母に取り上げられた祖母の形見の器に酒と一緒に混ぜておいたのだそうだ。やがて義兄は健康になり母は亡くなったが、今度は私の番なのだろうか。
母は豪華な装丁の箱入り祈祷書をとても大事にしていて、年に数度決まった日に箱から取り出して丁寧に頁をめくっていた。それは祈祷書の寿命を使い切ってしまわない為だと言っていたが、それ故に私は形見として残された祈祷書の寿命を私が使い切る事を恐れて手放すことを決めた。