カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

だからオレは途方に暮れる外伝・乙女の祈り

2015-03-03 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 この犬は、お前の兄さんとあの子を守って怪我したんだ。
 だから、あの子が自分の家に帰れるまでお前にこの犬を預ける。
 二人の事は心配だろうが、お前は此処でお前の役割を果たして欲しい。
「……出来るかい?」
 お爺ちゃんの問いかけに、私は力強くうなずいてみせた。

「はい、ご飯よ」
 エサ皿に持ったドッグフードを置くと、ゴスペルちゃんは犬用ベッドに横たわったまま、それでも元気よく食事を始める。体が大きくて怖い顔をしている割にゴスペルちゃんは大人しく、トイレの始末以外はそれほど手がかからない良い子だ。二人の事を心配していない訳では無いが、こうやって何かの世話をしていると確かに気が紛れるし、それに。

 小さい頃からずっと病院で暮らしていたお兄ちゃんは、わたしが会いに行くといつも笑っていた。だから、わたしはお兄ちゃんが普段どれだけ苦しい思いをしていたのか全然気付くことが出来なかった。だから、ある日たまたまお兄ちゃんが発作を起こして苦しんでいるのに出くわして自分も狂乱状態に陥り、それ以来怖くてお兄ちゃんの見舞いに、と言うよりは病院そのものに行けなくなった。今回、お爺ちゃん達がわたしを病院に連れて行こうとしなかったのもそれが理由だろう。でも。

「ねえ、たしか、あなたの名前は『神様の言葉』って意味なのよね」
 ゴスペルちゃんが嫌がらないように気を付けてその体にブラシを掛けてやりながら、わたしは呟く。
「それなら、お願いだからお兄ちゃん達を助けて……わたしが出来ることだったら何でもするわ、ずっとご飯を作ってあげるし、ブラシだって毎日掛けてあげるから……」

 お兄ちゃんは最近ようやく健康になって友達も出来て、毎日が嬉しそうだった。その友達と行き違いで仲違いしてしまっても『ぜったい仲直りするんだ』って何度も頑張っていた。だからもう、わたしはお兄ちゃんのことを心配したくない。大丈夫だと信じたい。そう信じる事が出来たら、わたしはきっと病院に行けるようになるだろう。そしてずっと昔から誓っていたようにお医者さんになって、お兄ちゃんのような病気の子供を助けるのだ。だから。

「ねえ、お願いだから!」
 あふれ出る涙を抑える事も出来ないまま、わたしはブラシを投げ捨ててゴスペルちゃんの体にしがみつく。その時。
 ゴスペルちゃんの体から『何か』がするりと抜け出してゴスペルちゃんに良く似た、でも明らかにゴスペルちゃんとは違う狼犬の姿になった。
「……あなたは?」
 その狼犬は、呆然と呟くわたしの頬を一舐めすると殆ど一動作で壁に向かって跳躍し、そのまま壁をすり抜けて走り去っていった。思わず抱きしめたゴスペルちゃんをしげしげと見詰めるが、ゴスペルちゃん自身も何が何だか分かっていない様子だった。けれど。

 まるでママのように優しい瞳をしたあの狼犬の正体は分からないけれど、これで二人は帰ってくるのだと、その瞬間にわたしは理解していた。



 外伝・乙女の祈り・終
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「走れ!」より・だからオレは途方に暮れる

2015-03-02 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 やがて月日が流れてオレたちは高校生になった。
 進路の関係でオレとあいつ、それにあいつの妹、更にヤツとヤツの幼馴染みの五人は同じ学舎に通う事になり、更にオレとあいつ、それにヤツは同じクラスという、ある意味素晴らし過ぎる環境の中で日々を暮らしている。
 あれからゴスペルはかなり老いぼれたが、それでもあいつの妹の差し入れは嬉々として貪り食っているので、多分オレが大学に入る頃までは一緒にいてくれるだろう。
 そんな訳であれからオレの生活で発生した劇的な変化と言えばただ一つ。爺さんがオレの前で被っていた猫の皮を遠慮なく脱ぎ捨てた事だった。無口で無愛想だと思い込んでいた爺さんは、本当は、良く笑い良く怒鳴り子供じみた悪戯が大好きという、所謂『ドコに出しても恥ずかしくないクソジジイ』だったのだ。今ならオレも、結婚に反対された母さんが爺さんの元を去ったのもオレが十歳になるまで会わせないと宣言したのも、ついでに大兄ちゃんが爺さんに似ていないという言葉の真の意味も理解出来る気がする。
 
その日、オレは小腹が空いたので授業の合間の休み時間に早めの弁当を広げるなり、思わず叫んでいた。
「あのクソジジイ!」
 爺さんから持たされた弁当箱にぎっしりと詰まった芋羊羹と、『ワシも歳だから弁当作るの大変になって外注にしたから学校で受け取るように』と書かれたメモ書きの前でオレが怒りに震えていると。
「わあ、美味しいねこれ」
「通常の弁当を詰めるより遙かに手間を掛けて作ってあるな」
 いつの間にか湧いて出た二人が、さも当然のように一緒に入っていた和菓子用楊枝を使って芋羊羹を喰らい始める。
「……何を、している、貴様ら」
「え?だってこれキミのお爺さんからの差し入れでしょ?お弁当ならボクの妹が昼休み前に持ってきてくれるよ」
 成る程、『外注』とはそういうことかと思いながら、オレはあいつの襟首を掴む。
「一つ聞くが、何故わざわざ別のクラスのお前の妹が届けに来るんだ?お前がオレに渡せば済む話だろう」
「えー、だって妹がどうしても自分で渡すって聞かないから」
 襟首を掴まれたまま笑顔で答えるあいつに対して流石にオレも殺意に良く似た感情を抱き始めた辺りで。
「お前の妹も朴念仁相手に大変だな」
 さらりと言い切るヤツに、ぶち切れたオレは思わず叫ぶ。
「貴様は向こうで貴様の幼馴染みといちゃついてやがれ!」
「ではそうさせて貰おう」
 堂々と言い放ち、ついでに芋羊羹を選り分けた弁当箱の蓋と爪楊枝を持ってその場を去って行くヤツの背中に向かってオレは衝動的に拳を向けるが、いつものようにあいつに止められた。
「ダメだってば!キミじゃ勝てないよ!」
 そう叫んで、しまったという表情になるあいつに、オレは軋るような口調で訊ねる。
「……今までも、そう思って止めてきたのか?」
「え、だって、ボクだって彼相手なら、相打ち覚悟でようやく勝ちを拾えるかどうかだし」
「更に失礼な事ぬかしてくれるじゃねえか、貴様らが一番二番で、オレはその下ってことか?」
 ヤツの代わりにコイツをどうにかしてくれようかと半ば以上本気でオレが考えていると、あいつは不意に思い出したように叫ぶ。
「でも!キミにはボクの妹がいるだろう!何ならこれからボクの事を『お義兄さん』と呼んでくれて良いから!」
 ほらボク初夏生まれでキミは冬生まれだからボクの方が年上だし、などとあいつ自身も何を言っているのか分からないであろう弁明を、オレは切って捨てる。
「断る」
「ええ!ボクは本当に構わないよ?」
「こっちが構うわ!」
「……お前ら、授業始めて良いか?」

 そんなわけで、世間一般が言う『平穏』とは程遠い日常の中で、オレは何度も途方に暮れる。そして途方に暮れながら前に進んでいく。

 誰かと、巡り会うために。
 何かを、見つけ出すために。


だからオレは途方に暮れる・終
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「ここは俺が食い止める」より・キミといつまでも

2015-03-01 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 毛布を引きずってリビングに現れたオレの姿に気付くなり、ゴスペルは情けない呻き声を上げながらソファの影に隠れようとした。
「もう怒ってねえよ」
 そう言ってオレはゴスペルの顎の下に手をやって指を動かしながら顔を見詰めるが、どうにも居心地悪そうに視線を外そうとする。
「……いきなりヨソの家に預けられて、しかもオレがなかなか迎えに行かないから拗ねたんだろう?」
 ゴメンな遅くなってと今度は頭を撫でてやると、ようやく甘えた声と共にオレを見上げるゴスペル。その隣に座ってオレは話し始める。
「なあゴスペル、オレ、とーさんとかーさんが死んでからずっと、早く大人になりたくて仕方なかった。そして、大人になったらお前と一緒に知らない場所に行こうと思ってた」

 でも、大人になっても辛いものは辛いんだな、とオレは続ける。

「じーさんも、兄ちゃんたちも、あいつも、オレよりずっと大人なのにあんなに悲しんで、苦しんで、とても見ていられなかった……だから、戻った」
 もちろんゴスペルにオレの言葉が理解出来ているとは思わないが、ゴスペルは少しだけ首をかしげた格好で大人しくしていた。
「それに、オレを二人のところに連れて行ってくれたのはお前じゃなかった。アレはたぶん、お前のかーさんだ」

 オレが産まれる一年ほど前、ゴスペルを産んで亡くなった狼犬。結局『彼女』の出自は判らないままだったが、彼女の遺したゴスペルはオレにとって兄弟同然の存在となり、普段は臆病なのに、何かあると必死にオレを守ろうとしてくれた。

『扉を開け放ったとき、ちょうど誘拐犯の一人が貴様の頭を撃とうとしていてな。直後にあの犬が飛びかかっていなければ助からなかったと思う』

 ヤツの言葉を思い出して、思わずオレはゴスペルの体を抱きしめていた。ゴスペルとその母犬がいなければ、オレはきっと戻るコトは出来なかったのだ。
「だからさ、オレ、もう急がないよ。今はガキのままでいいから、ゆっくりココでみんなと一緒に大人になる事にした」

 やがてオレは知るだろう、自分が何者で、一体何が出来るのかを。
 多分、それが本当の意味で子供が大人になるということなのだ。

「それまで……オレが大人になるまでは、一緒にいてくれよな」
 狼犬の寿命はだいたい十歳前後だそうだが、ゴスペルは明らかに犬の血が強いから長生きするかもしれないな。そんな父さんの言葉を思い出しながら、オレはゴスペルの体に顔を埋めて毛皮の感触と温もりを頬に感じる。

 その晩、オレは久しぶりにゴスペルを枕にして眠った。
 ゴスペルのヤツがそれをどう思ったかまでは、知らない。 
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「こいつの命が惜しければ武器を捨てろ」より・コトの顛末

2015-02-28 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 ようやく退院の日を迎えて家に戻ったオレだが、リビングの定位置にゴスペルの姿は見当たらなかった。半ば予想していた光景とは言え唇を噛みしめるオレに、爺さんは荷物をその辺に置いてから再び靴を履き直して俺を呼ぶ。
「よし、それじゃゴスペルを迎えに行くぞ。ワシじゃ手に負えん」
「え?」
 そんなに容態が酷いのかと愕然としながらも、例えどんな姿になっていようとゴスペルはゴスペルだ、コレからもずっと一緒だと覚悟を決める。

 ドアを開けるなり「いらっしゃい、そして退院おめでとう!」と飛び付いてきたあいつを無造作に押しのけてリビングに入ると。
 そこには犬用ベッドに納まり返ったゴスペルが、あいつの妹に向かって甘え鳴きをしながらケーキをねだっていた。
「コレはダメよ、ゴスペルちゃんにはちゃんと専用のお菓子を用意してあげるから」
 あいつの妹がそう言って離れていくとゴスペルは更に甘えた鳴き声を上げるが、決して自分から立ち上がろうとはしなかった。先程までのオレならゴスペルが歩けないほどのダメージを受けたのかと心配したところだが、この甘え鳴きを聞いた今となると話は別だ。
「……おい、ゴスペル」
 我ながら凄まじい重低音で名前を呼んでやると、ゴスペルはオレに気付くなり一瞬だけ硬直してから、次の瞬間には弾丸のようにオレに駆け寄ってきて盛んに尻尾を揺らしながら嬉しそうに吼えた。
「誤魔化されるかーっ!貴様、ちやほや世話されるのに慣れて今まで動けないフリしていやがったな!」
 しばらく見ないうちにずいぶんとツヤツヤな毛並みになったじゃねえか!ええ!などと叫んでゴスペルを思う存分どつき回しまくるこの時のオレを止める人間は誰もいなかった。あとで聞いたところでは一応あいつだけは止めようとしたらしいが、うちの爺さんに「アレは兄弟ゲンカのようなものだから放っておいてくれ」と言われたらしい。

「お前がケガして療養しているって聞いてオレがどれだけ心配したと思ってるんだ!可愛い女の子に世話してもらうのがそんなに嬉しかったのか!」
 ちなみに、キャインキャインと鳴き喚くゴスペルに対する折檻に夢中だったオレは、その時、あいつの妹が何故か頬を赤らめながら、
「やだ、こんなに人がいる場所で、そんな大声ではっきり可愛い子だなんて……」
 などとイヤイヤするように身を捩らせている事に気付かなかったし、例えその時点で気付いたとしても意味が分からなかったと思う。

 ちなみに、この件に関しては当然ながら後日とんでもない修羅場が発生した。
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「切り札は最後まで取っておくものだ」より・オーディエンス様より一言

2015-02-27 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 おいオーディエンス、いるんだろうと試しに言ってみると、よく判ったなと言いながらヤツが堂々とオレの病室に入ってきた。

「……学校はどうした」
「些細な問題だ。それで何の用だ」
「今回の騒ぎについては、お前に話を聞くのが一番分かりやすそうなんだが」
 何しろ大人連中は事態の収拾に忙殺され、あいつは事件直後からしばらくの記憶が曖昧だと言い張り、時々現れるあいつの妹も何があったのかはよく分からないと明言する、そんな中でオレは事態の流れを他人事のように見物していたであろうヤツの事を思い出したのだ。まさか本当に呼んですぐ現れるとは思わなかったが、その辺は無理矢理に目をつぶろう。
「ほう、一応考える頭はあるんだな」
 余計な一言を付け加えてから、ヤツは話し始める。

「実は、貴様らが拉致される現場にたまたま居合わせてな。流石に分が悪いと判断して手持ちの携帯で写真を撮って、ついでにその辺の石に手持ちの絵の具を塗ってから車にぶつけて目印にした」
「……携帯はともかく、何で絵の具なんか持ち合わせてたんだ」
「貴様らの学校では夏休みに絵画の課題はないのか?」
 ああそう言えばコイツ小学生だったなコレでも、などとオレが脱力しているのにも構わずヤツの話は進む。
「それで当然警察に通報したんだが、色々と事情を聞かれた後で貴様の祖父に犬をあいつの家にいる妹に預けてやってくれと頼まれてな」
 今考えてもあの流れは謎だ、恐らく動揺しすぎて判断力がおかしくなっていたんだろうとヤツが言う、オレも珍しくその点に関してはヤツと同感だった。
「だが、結果的にはそれが事件の早期解決の決め手になった。あの犬、かなりの年寄りだと思って油断していたら、いきなり明後日の方向に全速力で走り出してな。追いかけたら倉庫街の辺りで銃声が聞こえて、警察が踏み込んだらお前達がいた。
 とまあ、概要はこうだ。質問があれば受け付けるぞ」
 テメエはどうやってゴスペルを服従させた、それに全速力のゴスペルを見失わずに追いかける事が出来たのか、などと幾つかの突っ込みはすぐに浮かんだが、とにかく一番気になった事を訊ねてみる。
「……ゴスペルは、どうなった?」
 するとヤツは珍しくわずかに渋面を作ってから答えた。
「貴様を撃った女に飛びかかって、少しばかり怪我をしたので療養中だ。
 まあ、その辺は貴様が退院してから自分の目で確かめろ」 
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「脱出」より・福音(ゴスペル)

2015-02-26 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 思い出すのは葬式の日。
 それまで特に仲が悪くなかった筈の親戚連中は、残らずオレを邪魔もの扱いした。

 ウチハ同イ年ノ女ノ子ガイルカラ引キ取ルノハ無理ヨ。
 ソレナラウチダッテ子供ガ三人イルカラモウ養ナエナイ。
 ソモソモ親ノ命ト引キ替エニ生キ伸ビタ子供ナンテ不吉デ関ワリタクナイゾ。
 オ前ダケデモ宿無シノ穀潰シナンダカラ犬ハ処分スルゾ。

 オレとゴスペルの事など誰も考えてくれない大人達の言葉に散々傷つけられたオレは、突然現れてオレを引き取ると宣言した爺さんも、結局いずれは他の親戚連中と同じようにオレに冷たくなるのだと思い込んでしまった。だからいつまで経っても心を開く事が出来なかったのだ。

 でも、爺さんはそんなオレに何も強制せず、オレが体勢を立て直して日常を暮らせるようになるのをひたすら待ってくれた。俺が酷い事を言って傷つけた時も、ただ黙ってその痛みに耐えていた。
 そしてあいつ。意識していたかは怪しいが、ともすれば学校の連中や行事から離れがちだったオレを引き戻すようにして一緒にいてくれた。口に出した事はないが、オレだって本当はあいつの事を一番の友達だと思っていた。

「なあ……二人とも泣くなよ!」
 そう叫んで思わず駆け出しかけたオレの肩を、父さんは静かに離した。傍らでゴスペルが嬉しそうに吼えたが、何故かオレに付いてきてはくれずに二人の側に留まる。

 ココで振り返ってはいけないのだと、何故かその時のオレには判っていた。
 父さんと母さんにはいずれまた必ず会える。だから今は。

『幸せに、なりなさい』

 最後に厳かな声で囁くように聞こえてきたのは、多分オレの為だけの福音。
 そして、いずれ二人に再会するまでの約束。

 目が覚めたオレが最初に見たのは実にお約束な事に白い天井、そしてクシャクシャに歪んだ爺さんとあいつの泣き笑い顔だった。
「……ただいま」
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「猶予は僅か」より・それぞれの叫び

2015-02-25 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 あいつは殆ど焦点を失った瞳のまま延々と「ボクのせいだ」と繰り返すばかりだった。すぐ側にいるはずのあいつの爺さんや、きっと激務の合間を縫うように会いに来たのであろう両親の言葉も、そもそも姿すら認識出来ているのかも怪しい状態だ。

「おい何やってるんだよ、お前は無事に助かって親だって会いに来てくれたじゃないか?きっともうあの蛇女に狙われることもないんだろ?なあ!」

 オレがそんな風に叫ぶのも、あいつには聞こえていないようだった。ただ自分のせいでオレが撃たれたなどと、オレにとっては理不尽極まりない事を呟き続ける。あいつの母さんが耐えかねたように取りすがって泣いてもそれは変わらなかった。
 冗談じゃない、あいつの指示を待たずに勝手に行動を起こしたのはオレだ。だから撃たれたのはオレが下手を打った結果というだけで、あいつは全く悪くない。
「なあ、やめろよ!」
 そう叫んだ直後にいきなり視界が切り替わり、今度は爺さん達がオレの前に現れる。

 爺さんはいつもの無愛想な爺さんとは思えないほど感情を露わにしながら泣いていて、兄ちゃん達はそれを哀しそうに見詰めるだけだった。
「どうして皆、ワシを置いていくんじゃ。十年我慢して、ようやく一緒に暮らせるようになったのに、どうして一人残った孫まで奪われなきゃならんのじゃ」
 オヤジ、あのさ……と兄ちゃん達の一人が思い切って声を掛けようとするのを大兄ちゃんが止める。
「俺たちには、無理だ」
 そう呟いた大兄ちゃんの表情が突き刺さるほどに痛くて、哀しくて、思わずオレは叫んでいた。

「何で大兄ちゃんたちじゃ無理なんだよ!みんなじーちゃんのことを『オヤジ』って呼んで大好きじゃないか!それなのに何でダメなんだよ!」

 オレはもうゴスペルと一緒に、とーさんやかーさんのところに行くんだから!と叫んで父さん達の方に振り向こうとするが、父さんはオレの肩を離さなかった。

『泣かせたままに、しておくの?』

 ああコレはかーさんの声だと思いながら、オレは叫んでいた。
「別にオレがいなくたって……って言うか、オレなんかいない方がいいだろ!あいつら皆でそう言ってやがったし!」
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「冥土の土産に教えてやる」より・さよなら

2015-02-24 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 ゴスペルが、オレの前を歩いている。
 普段はオレの歩調に合わせてゆったりと歩くのに何故か早足で、しかもリードを付けていない。
「おいゴスペル!こっちに来い!」
 父さんから、ゴスペルのような大きい犬がリードもなしに外を歩いていたら、すぐに保健所に連れて行かれて殺されてしまうと教えられていたオレは、慌ててゴスペルを追いかけた。しかしゴスペルは決してオレに追いつけない速度で、しかし時々は足を止めてオレの方を振り返りながら進んでいく。
 周囲は闇に覆われて何も見えず、ただゴスペルの姿だけを頼りに必死に歩いていると、不意に人影が浮かんだ。

 ああ、あいつか。

 椅子に腰掛け、うなだれているあいつの傍らにはあいつの爺さんと両親が心配そうに控えていた。コレなら大丈夫だろう。

 元気でな。と呟いて更に進んでいくと今度は別の人影が現れた。

 ああ、じーちゃんだ。

 やはりうなだれた姿で立ち尽くしている傍らには、兄ちゃん達四人が辛そうに爺さんを取り巻いていた。コレなら大丈夫だろう。

 それじゃ、オレはゴスペルと行くよ。と呟いて更に進んでいくと、今度は光が見えてきた。何故か灯りではなく光だと直感的に思ったとき、その光の前に二人の人影が現れる。
 逆光に晒されて半分以上が影に沈んだ姿は、それでも明らかにオレにとってたまらなく懐かしいものだった。
「……とーさん、それにかーさん」
 思わず駆け出してすがりついたオレを二人は優しく抱きしめてくれて、でも、良く顔を見ようとした直後に肩を掴まれ、オレが今まで歩いてきた方向に視線を向かされる。

『よく見なさい、そして、聞きなさい』

 そんな父さんの声と共に、オレの耳がちょうど溜まっていた水が抜けた時のようにいきなり明確に周囲の音を拾えるようになり、そして声が聞こえてきた。
 先ほどオレが通り過ぎた場所で、あいつと、爺さんが何を呟いていたのかを。
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「俺を置いていけ」より・オレたちの作戦

2015-02-23 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
「やめてください!彼は関係ない!」
 オレの頭に遠慮なく靴底を乗せて踏みにじってくる蛇女に向かって叫びながら、普段の態度からは想像もつかない程に激しく暴れてみせるあいつ。しかし蛇女は薄く微笑みながら更にもう一人の部下にあいつを押さえ込ませた。そのまま大人二人の力に抵抗出来ないでいるあいつを引きずるように自分の前に連れてこさせ、顎に手をかけて上向かせる。
「アナタにはなるべく怪我をさせないように言われているし、私自身もアナタみたいに綺麗な子に傷を付けるのは気が引けるの、だから大人しくしていて頂戴」
「……っ!」
 今までにどういう経緯があったか知らないが、あいつは明らかに蛇女に対して隠しようのない怯えの感情を抱いているようだった。だからオレから仕掛けてやろうと口を開く。
「おい、そこの蛇女。小学生に手を出してるんじゃねえよ、このヘンタイ」
 直後、予想通り再びオレの額に蛇女の靴底が叩き込まれて来る。そしてあいつが悲鳴に近い声音で叫んだ直後に跳ね起き、蛇女の足を払って転ばせてやった。
「どうでもいいけどパンツ見えてたぜ蛇女!」
 既にあいつに解いて貰っていた手首のロープを振り捨て、全速力で出口の扉を目指すオレを止めようと男達も動こうとしたが、二人はあいつに邪魔され、もう一人の手は辛くもすり抜ける事が出来た。

 あいつらの隙を伺って、どちらか一人で良いからここから逃げ出して助けを呼ぶんだ。
 でも、キミがここに残ったら間違いなく殺される、だから今はボクの言う通りにして。

 極めて不本意ながら、あいつのそんな言葉にオレは逆らう事が出来なかった。だから一刻も早くココを出て警察か、爺さんか、あるいはあいつの家族に事態を知らせようと決心したのだ。幸い扉の内鍵は簡単なシリンダー式で、ドアノブを回したオレが勢いよく扉を開きかけた直後。
 乾いた聞き慣れない音と共に、オレの体は扉に叩き付けられた。次の瞬間に凄まじい熱と痛みが体中を駆け抜け、そのまま崩れ落ちる。
「!!」
「……子供にしては頑張った方だけど、大人を甘く見すぎたわね」
 銃で撃たれたのだと気付かぬまま、自分の体からどんどん何かが流れ出していくイヤな感覚にオレは顔をしかめる。再び男達に押さえ付けられたあいつが狂ったように俺の名を呼んでいるのが聞こえたが、それはまるで普段は唸る事も珍しいゴスペルの狂い吼えのように思えて。いやそんな筈はない、ゴスペルがココにいるはずがない。
 でも、それなら今、オレの頭の中で響き渡る耐えがたいほどの騒音は全部あいつの叫び声なのだろうか?
 そんな取り留めもない事を考えながら、オレの意識は闇の中に沈んでいった。
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「このままでは間に合わない」より・蛇女登場

2015-02-22 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 あいつは産まれたとき、既に心臓に重篤な欠陥を抱えていたという。そのまま放置すれば決して成人するまで生きられないと医者に宣告を受けたあいつの爺さんは、己の研究テーマであるサイバニクス技術で孫を助けようと決心したらしい。
「……ただ、意見の対立が原因で共同研究を行っていた友達の科学者が離脱して、その時に倫理問題とか特許関係とか色々あって、事実上は研究を続けられなくなったんだって」
 でもまあボクの心臓は外科手術で完治して元気になれたんだけど、そう呟いてからあいつは溜息をつく。
「それであいつらは最初、研究内容の買い取りをおじいちゃんに願い出て断られて、データに手を出せないと知ったら、今度はボクに狙いを付けたんだ」
「でも、それっておまえ関係ないじゃん。心臓はフツーの手術で治ったんだろ?」
「おじいちゃんは何度もそう言っていたけど、あいつらは信じなかったんだ」
 そこまで話を聞いた辺りで不意に倉庫の扉が開く。オレがあいつの顔を見詰めると黙ったまま首を横に振るのでオレも黙って座っていた。
「久しぶりね坊や、元気そうで何よりだわ」
 オレたちを攫った男三人を従えて現れたのは、何だか気持ち悪い女だった。顔はたぶん美人なのだが雰囲気が何というのか薄ら冷たいくせにねばついていて、何だか『蛇女』という単語が浮かぶ。
「またあなたですか、いったいボクたち一家の生活をどれだけ破壊すれば気が済むんですか!」
 珍しく本気の怒気を露わにするあいつに、蛇女は笑顔のまま近付いて答えた。
「あら、恨むならアナタのお爺ちゃんが先でしょう?
 アナタのお爺ちゃんが私たちの欲しいデータを破棄してしまって、残っているのはアナタの心臓だけなんですもの」
「だから!ボクの心臓はおじいちゃんの作った物じゃない!」
 すると蛇女は次の瞬間に滑るような動作であいつに肉薄し、右人差し指の赤い爪先であいつの胸元をなぞるように動かしてから、寒気がするような笑顔を浮かべて言った。
「それがホントかどうかは、あなたのココを開いて確かめるのが一番確実だと思うけど?」
 反射的にもう一度あいつの顔を見詰めるが、あいつは固く目を閉じたまま指を横に振る。たまりかねて叫ぶオレ。
「おい!いい加減にしやがれこの蛇女!」
 そこで蛇女はようやくオレの存在に気がついたように視線を向けてきてから、次の瞬間虫けらでも見るかのような表情で容赦なくオレを張り飛ばしてきた。ボクの友達に何するんですか!と叫んで食ってかかるあいつを部下に押さえ付けさせた蛇女は、床に転がったオレに対する憎悪を隠そうともしないまま吐き捨てるように言った。
「全く、こちらの坊やのお陰で段取りが滅茶苦茶になったじゃないの。本当なら今頃はアナタを海の向こうの依頼人(クライアント)の元に運んでいる最中の筈だったのに」
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