カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

こいつの命が惜しければ武器を捨てろ

2010-08-12 12:05:06 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

 本物の王子さまみたいだね。

 一応は本物のお姫さまであるハリーに笑顔でそう言い放った本物の王子さまである殿下は、どう見ても本物のお姫さまだった。王都に来てまで何だってこんな目に遭わなければいけないのだろうと、ハリーは思わず世を儚む。
 それでも、結局はアルベルトの言うことを真に受けた自分が馬鹿だったのだと己に言い聞かせつつ、陽が落ちてから広場ではじめられた広場でのダンスに参加するハリー。殿下のステップは見事だったし、ハリー自身もローランドの娘子軍でダンスを教える際、かなりの確率で男性役をさせられていたこともあって、見物人たちのあちこちから感嘆の溜息が漏れ出た。
「ハリー、とても素敵だよ」
 囁くような殿下の言葉に、ハリーがどんな表情をしていいのか判らないでいると。
「見付けたぞ、殿下と小娘!」
 いきなり湧いて出てきたのは、ハリーもいい加減その存在を忘れかけていた喧(かしま)し男のギリアムだった。
「貴殿は、まだ王都に居たのですか」
 やや呆れの混じった呟きを漏らしたハリーに、ギリアムは噛み付くような叫び声を上げながら掴み掛かってくる。
「こっちだって体を張って仕事をしてるんだ!今日こそは…… があっ!」
 ターンと共に、殆ど他人には判らない程に自然な動作でギリアムの爪先を踏みにじるハリー。だが、ギリアムは挫けなかった。
「いつも殿下に貼り付いている邪魔者ならココには来れないぜ。何しろ相棒がえらく熱心に足止めを…… おごおおっ!」
 今度は裏拳を顔面に叩き込んだが、それでもギリアムは諦めない。
「いいから一緒に来い!さもなきゃもっとタチの悪い連中が動…… ってえええっっ!
 こっちが下手に出ていればいい気になりやがって!」
 ハリーがダンスのステップを乱さぬままにさりげなく放つ、地味だがダメージの大きい攻撃に耐えかねたのか、そんな風に叫びながら抜剣しかけるギリアム。しかし、不意に伸びてきた太い腕がそれを制した。
「おいおい兄ちゃん、皆が楽しんでいるときに野暮は止しなよ」
 恐らくは王都で暮らす職人とおぼしき男は、逞しい体をハリーとギリアムの間に滑り込ませながら続ける。
「ひょっとしたら、この別嬪さんに横恋慕してるのかもしれんが、こんな立派な王室騎士隊員の坊ちゃん相手じゃ兄ちゃんに勝ち目はねえよ」
 怒りのあまりに一瞬だが言葉を見失ったらしいギリアムに、男は更に、第一どう見ても坊ちゃんと並んでいる方がお似合いじゃねえか、などと畳みかけた。
 そうだそうだと周囲から無責任な同意の声が上がる中、男はハリーに向かって笑顔で囁きかける。
「こいつは任せて、早く何処かで二人きりになりな」
 せいぜい頑張りなよと続ける男に曖昧な表情で礼を述べると、ハリーは優雅に殿下の手を取り直すと、再び喧しく騒ぎはじめたギリアムを置いて駆け出していた。

 広場から離れた辺りで足を止めると、殿下は息も絶え絶えといった風情で、しかし心底からの笑顔をハリーに向ける。
「有難うハリー、とても楽しかった」
 これからどんなことがあっても、今日のことは絶対に忘れないよ。そんな風に続く殿下の言葉に何処か引っかかるものを感じるハリー。だが、殿下に対する質問の言葉を紡ぎ出すより早く、自分たちが囲まれていることに気付いて身構える。
 二人を取り囲んでいるのは、ハリーと同じく儀礼服姿の王室騎士隊員だったが、彼らの視線はどう見ても『同僚』に対して向けられるものではなかった。そこではじめて、ハリーは自分が身に付けた儀礼服の仕立てと刺繍が彼らのそれと比べて遥かに緻密かつ繊細であることに気付く。ハリーにとっては無理矢理に着せられた借り物でしかないのだが、彼らの神経を逆撫でする要素としては充分らしい。
 一人が無言のまま剣を抜くと、つられたように全員が抜刀する。そして抜刀したことで決心がついたのか、貼り付いたような笑みを浮かべながら包囲を狭めてきた。
 庇うようにして背後に回した殿下の動揺を痛いほど感じながら必死に思考を巡らせるハリーだったが、何しろ多勢に無勢。現状を打開する賭けに打って出るのは無謀すぎると判断せざるをえない。自分一人ならともかく、殿下も一緒なのだ。
 唇を噛み締めながら軽く両手を挙げてみせると、男の一人が乱暴な足取りで近付いて来るなり、底意地の悪い笑顔を浮かべながらハリーの剣を鞘ごと奪い取る。騎士として目が眩むほどの屈辱だったが、今はどうすることも出来ない。
「第三王子殿下、それにローランドの姫君、これから我々とご同行願います」
 丁寧な言い回しの中にあからさまな侮蔑を隠そうともせずに宣言してから、男は優雅に一礼してみせた。
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取り押さえられる

2010-02-13 14:07:12 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
「カーニバルのダンスで殿下をエスコートするんだって?」
 いつものように屈託のない笑顔で訊ねてくるアルベルトに蹴りを入れたくなる衝動を何とか抑えながら、ハリーは無愛想に言い捨てる。
「殿下の護衛(エスコート)が、私の任務ですから」
 そうかそうかと意味ありげに頷いてから、それなら、おれが取って置きの晴れ着を貸してやろうと提案してくるアルベルト。
「何と言っても年に一度の祭りだ、ハリーだって着飾った方が楽しいだろう」
 着飾る、という言葉に対して年頃の娘らしく僅かだが心が揺れるハリー。ローランドから持参した衣服は礼を失さない程度の古着、それも兄のお下がりが殆どで、当然のように晴れ着などの用意はなかった。
「卸し立てではないが殆ど着ていないし、立派な仕立ての絹服だぞ」
 絹服という言葉に思わず瞳を輝かせるハリー。ローランドでは即位の儀式並みの重要な式典でもない限り、たとえ王族でも絹服を纏うことなど稀だった。
 それではお願いしますと答えたハリーは何故か騎士隊長(当人曰く”代行”)であるコリンの家に連れて行かれ、やたらと人懐こい奥方に着替えを手伝って貰うことになり…… それ故に逃げることも出来ないまま、晴れ着に着替える羽目に陥った。

 絹地特有の光沢を持つ、鮮やかな空色に染め上げられた膝上までの衣。
 胸部には王冠と盾、それに二頭の獅子をあしらったフランク王室の紋章が金糸と銀糸によって緻密に刺繍されている。
「…… 何ですか、この服は」
 地獄の底から響いてくるような不吉な口調と表情で訊ねるハリーに、アルベルトはコリンの奥方ともども嬉しそうに笑いながら答える。
「おお、良く似合っているぞハリー。これなら王子さまと言っても充分に通用する」
「だから、何ですかこの服は」
「何だと言われても、王室騎士隊の儀礼服だが」
 立派な晴れ着だろうと言い切るアルベルトと、持ち主の兄様より遥かに似合うわと太鼓判を押してくれた奥方(実はアルベルトの妹君)に押し切られて、ハリーはその格好のままカーニバルで賑わう街に放り出された。そして、王室騎士隊に憧れを抱く若い娘や子どもの熱い視線を四方から浴びせかけられることになったわけだ。
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フルボッコ状態(満身創痍)

2010-02-01 00:03:58 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

 何故に普段からドレス姿なのですかと思い切って訊ねたハリーに、殿下は心から不思議そうに答えた。
「何か問題でもあるのかい?」
 確かに男性がドレスを着用することは珍しいようだが、わたしは小さい頃からドレスを着て暮らしていたし、アルベルトも似合うと褒めてくれたんだが。
 そんな殿下の言葉に挫けそうになりながら、それでもハリーは果敢に質問を続ける。
「周囲の方々…… 、例えば陛下の御意向でしょうか?」
「いや、父上はわたしの存在を認めていらっしゃらないから」
 実にあっさりと恐ろしいことを言い切る殿下の態度に言葉を失うハリー。しかし殿下は平然としたまま続ける。
「そもそも、わたしは随分と長い間、自分がこの国の王子であることすら知らなかったからね。実は王宮で暮らしはじめたのも、つい最近、母上が亡くなられてからなのさ」
 殿下によると、この国の王妃は三人目の子ども、つまり殿下を産む少し前に病気療養の名目で王都から離れ、郊外の荘園で暮らしはじめたのだという。だから当然、殿下もそこで生まれ育った訳だ。
「正直、王宮の雰囲気はあまり好きになれない。でもまあ、父上や兄上が何も仰らないのを良いことに、随分と好きなようにさせて頂いているけどね」
 それにアルベルトやハリーにも会えたし、悪いことばかりじゃないよと屈託のない笑顔を見せる殿下。ハリーもつられて口元に笑みを浮かべた、その直後。
「ところでハリー、王都で好きな男性は出来たかい?」
 ついこの瞬間まで和んでいた場の雰囲気が一瞬で凍結する。思わず先ほど浮かべかけた微笑に氷柱(つらら)の冷たさと鋭さを添えながら答えるハリー。
「…… 残念ですが多忙を極めておりますので、なかなかそのような相手には巡り会えずにおります」
 すると、ああ良かったと全く悪気のない笑顔のまま胸をなで下ろす殿下。
 こういう事を言われた場合、相手が王族でも殴り飛ばすべきなのだろうか。そんな危険極まりない思考にハリーが陥りかけていると、殿下はハリーの思いなど全く気付いていない風に話を続ける。
「実はね、もうすぐ王都でカーニバルが行われるそうなんだ。各地から色々な人が訪れて、夜には花火も打ち上げられて、とても賑やからしいよ」
 ハリーも楽しみだろう?そんな風に訊ねられると頷かざるを得ない。ここで思考を切り替えなければ本当に殿下に対して拳を振るってしまいかねないし、何より普段から賑やかな王都で行われるという華やかなカーニバルは、確かに想像するだけでも心が浮き立つ行事だった。
「わたしも話に聞くばかりで参加するのははじめてなんだけれど、実は広場で行われるダンスを踊るのが夢だったんだ」
 ただ、わたしは普段からこんな姿だし、まさかアルベルトにエスコートを頼むわけにもいかないし、一体誰と踊ればいいのか悩んでいてね。そんな殿下の言葉にとてつもなく不穏なものを感じはじめるハリー。
「だからハリー、一緒に踊ってくれないか?」
 嫌です。
 などと打てば響くように答えるわけにもいかず、ハリーが何となく言葉を濁していると、殿下は寂しそうに微笑んで言った。
「…… アルベルトはね、元々は大公家の跡継ぎだったんだ。でも、数代前に没落した名ばかりの大貴族で、王室騎士隊に最年少で入隊したのも生活の為だったそうだ」
 両親は早くに亡くなり、自分一人ならともかく歳の離れた妹にひもじい思いをさせないようにと苦労を重ねたアルベルトは、幾つかの幸運と揺るぎない実力で騎士隊長の座まで上り詰めたが、やがて一人の町娘に恋をしてその全てを投げ打つ決心をしたのだそうだ。
「もちろん、彼のことだから自分の地位と立場から最大限の”利潤”を得たらしいけどね」
 要するに維持管理に手間がかかる家屋敷どころか爵位そのものまで売り払い、市井の小金持ちとして再出発を計ったと、簡単に言ってしまえば大体そうなるのだろうか。
「だから、その話を聞いたときは本当にアルベルトが羨ましかった。自分自身の誇りと大事な誰かを同時に守るなど、わたしには決して出来ないことだから」
 その口調の苦さに、今更ながらハリーは殿下の苦悩を垣間見る。
 既に父王の補佐として卓越した政治的手腕を発揮している王太子殿下、更に全軍を掌握する第二王子殿下。そこにいきなり幼い頃から王都を離れて暮らしていた第三殿下が現れたとしても、確かに己の居場所を見付けるのは困難だろう。有能なら有能なりに、無能なら無能なりに、結局はどちらに転ぼうと邪魔者扱いされるのが関の山だ。
「でもね、わたしはダンスなら得意なんだ」
 だから出来ればハリーに一緒に踊って欲しいんだけれど、駄目かい?
 そんな殿下の問いかけに、ハリーは覚悟を決めて答える。
「…… わかりました、お受けいたします」
 途端に殿下の表情が輝き、どうやら本当にカーニバルで踊りたかったらしいと思う間もなく、いきなり抱きしめられる。細腕とはいえ男の力に振り解くこともままならず、されるがままになるしかないハリーの耳元で、殿下はこう囁いた。
「有難うハリー、ダンスの時はわたしの持っているドレスで一番良いものを着ていくからね」

 落花、枝に返らず。
 確か、そんな言葉が何処かの国の諺にあると、以前に兄上が教えて下さった。
 子どものように遠慮無い力で自分を抱きしめ続ける殿下の腕の中で、何となくそんなことを考えてしまうハリーだった。
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無茶しやがって

2010-01-08 06:01:53 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

「…… まあ、昔の話はともかく、拙者が訊きたいのは、神殿で不祥事を起こした人間でも、場合によっては復学を許されるのかということなのだが」
「それは状況によりますね。許される場合もありますが、許されない場合もあります」
 ザロンが本当は何が言いたいのかを充分に承知しながら、それでもハリーはそんな風に答えることしか出来なかった。
「そうだな 、詮無いことを訊いてしまった。忘れてくれ」
 項垂れるザロンに、ハリーは決心したように一つ頷いてから、常に身に付けている革製の手甲を外して左手の甲を晒してみせる。月明かりに淡く浮かび上がる神殿の紋章。
「貴殿の相棒殿が、未だこの紋章を失っていないのなら、或いは希望があるかも知れません」
 神殿で学んだ何よりの証、精霊界との契約印。滅多なことでは他人の目に晒されることのない紋章に目を見張るザロン。
「気を遣わせてしまったようだな、済まない」
 ザロンの言葉に、ハリーは手甲をはめ直してから首を横に振って見せる。
「いいえ、貴殿が自分の相棒殿に出来るだけのことをしたかったように、私も貴殿の質問に出来るだけ答えたかった。それだけです」
「奴の為ではない」
 今度はザロンが首を横に振り、呟くように言葉を続けた。
「拙者には拙者の過去や思惑があって、それ故、奴に惨めな死に方をして欲しくないだけだ。それだけのことに過ぎん」
 自分の父親と大して歳の変わらぬ男が浮かべる苦い笑みに、ハリーはどう答えればいいのか判らなくなる、その時。
「いやー良い話じゃないか」
 ハリーが連れてきた獣の両前肢を手に取り、ぺんぺんと拍手をさせながら言ったのはアルベルトだった。派手な動作で身構えるザロンに対して、ハリーは脱力しきった口調で言った。
「とりあえず、フェルから手を離してください」
 すっかりアルベルトを上位者と認定したらしく、弄り回されながらも鼻を鳴らして甘える獣に冷たい視線を向けるハリー。
「フェルって言うのかこいつ、可愛いな」
「指の二、三本を食い千切られても、まだそんなことを仰る自信がありますか?」
 主人の視線に身を竦め、気を取り直したように唸りはじめる獣の態度に慌てて身を引くアルベルト。
「それで、何か御用ですか?」
「いや、ハリーが悪い男に騙されたらいけないなと思って。まあそれは取り越し苦労だったようだが」
 久し振りだな隻眼将軍、そんなアルベルトの言葉にザロンの雰囲気が一変する。
「…… 拙者を、その名で呼ぶな」
 霜の降りたような口調に思わず身震いするハリー、だがアルベルトの方は、よほど面の皮が厚いのか平然としたまま答えた。
「嫌だな将軍、おれとお前の仲じゃないか」
「やはり、あの時に殺しておくべきだった」
 どうやら本気で剣の柄に手をかけるザロン、しかしアルベルトは平然としたまま優雅にハリーの手を取ると、もう片方の手を翻してザロンの顔に何かの包みを投げ付ける。そのまま視界を潰されて呻きながら顔を覆うザロンを残して駆け出す。腕を掴まれたまま訳も判らず一緒に走るハリーは、不意に暗がりから現れて二人に、特にハリーに向かって手を伸ばしてくる人影を容赦なく打ち倒すアルベルトの姿に愕然とするしかなかった。
「…… ここまで来れば、大丈夫か」
 やがて足を止め、心なしか真剣な表情と口調でハリーと向き合うアルベルト。
「お前がザロンを信じたのは間違っていない。あいつはそう言う男だ。だがな、だからと言って奴の背後にいる連中まで信用できるかと言えば、そうじゃない」
 王都の貴族に、特に王族に関わる以上、それを決して忘れるな。アルベルトの言葉に思わず質問を投げかけようとしたハリーは、眼前の男、かつては王室騎士団長を勤めていた男の、普段は決して伺うことの出来ない厳しい眼差しに射すくめられて言葉を止める。
「まあ取りあえず、今日は部屋に戻って休め。殿下が心配なさるから、明日は普段通りに振る舞って余計なことは言わんでくれよ」
 じゃあなフェル、また今度遊ぼうぜ。などと最後には普段通りの口調に戻って歩み去っていくアルベルトの背中を呆然と見送りながら、ハリーは主人を案じるように鼻を鳴らして擦り寄ってきた獣の首を抱きしめながら我知らず呟いていた。
「フェル、どうやら今の私には知らないことが多すぎるようだ」
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お前に背を預けるぞ

2010-01-07 18:12:48 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

夜になってからハリーが約束の場所に赴くと、既に大男は城壁に背を預ける格好で待っていた。
「来てくれたか」
 顔を上げるザロン。ハリーは自分の傍らに立つ獣がザロンに対して警戒の意を示さないのを確認してから挨拶する。
「先ほど助けていただいた礼が遅れました、有難うございます」
 そう言ってから、殆ど子犬にしか見えない獣の頭を撫でてやるハリー。甘えた声で鳴きながらハリーの脚に頭を擦り付ける獣の姿に対して、ザロンは不審気に眉をひそめて訊ねる。
「拙者の目には、”これ”がお主とはじめて見(まみ)えた際に遭遇した獣と同じものに見えるのだが」
 それにしては大きさが…… などと続くザロンの言葉に答えず、さっそく本題に入るハリー。
「ギリアムという貴殿の相棒ですが、拘召(こうしょう)の呪言を使いこなせると言うことは、神殿で学んだことのある能力者ですね」
「そうらしい」
「らしい、とは?」
 するとザロンは、いきなりハリーから視線を外し、星空を仰ぎ見ながら言葉を続ける。
「はっきり言ってしまうと、拙者は奴が昔、どう言った暮らしをしていたのかを良くは知らないのだ」
「そうですね。あの男に関しては、元はそれなりの家柄で、神殿で何らかの問題を起こして放逐される前に逃げ出した。それ位しか判りません」
 多分にはったりを交えた言葉だったが、そのまま難しげに眉をひそめてしまったザロンの態度から察するに、あながち的外れではないらしいと判断するハリー。
「拙者が奴と出会ったのは、ずいぶんと昔のことだ。薄汚れた格好で道端に踞っていてな、はじめは行き倒れか、さもなくば物乞いと勘違いした」
 見かねたザロンが手持ちの食糧を少し分けてやろうとすると、ギリアムは光を失っていない瞳で睨み付けて来るなり『施しは受けん!』と叫び、次の瞬間、盛大に腹の音を響かせる。
 決まり悪げに赤面しながら顔を伏せたギリアムに、ザロンは無言で再び食糧を差し出してみせた。流石に今度は我慢しきれなかったのか、引ったくるように受け取るなりがつがつと食べはじめる。
 さりげなくザロンが手渡した革袋に入った水を悠々と飲み干し口を拭ってから、ギリアムは思い出したように自分の服の袷に手を突っ込んで何かを取り出し、ザロンに放った。
「礼だ、受け取れ」
 見ると、それは宝石を嵌め込んだブローチだった。細工の繊細さといい、使われている宝石の質といい、かなり名のある貴族の紋章だろうと見当を付けるザロン。
「これを売れば、暫くの間は安楽な暮らしが出来るのではないのか?」
 当然の問いかけだっただろう、しかしギリアムの答えはにべもなかった。
「金が尽きたら、どうなる?」
 言葉を失うザロンに、ギリアムは先ほどと同じように強い光を宿した瞳を向けながら言った。
「遅かれ速かれ野垂れ死ぬなら、たとえ気紛れでも情けをかけてくれた貴様にそれを託した方が良い」
 どうやら本気でそう思っているらしいギリアムに、ザロンは一つ大きな溜息をついてから答える。
「今の拙者の手持ちでは、この紋章に足りるだけのものをお主に渡すには足りない」
 だから拙者が借りを返せるまで、お主と行動を共にしよう。そんなザロンの言葉にギリアムは目を見張り、やがて酷くふてぶてしい表情になってから言った。
「判った、そうしてやろう」
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壁際に追い詰められる

2010-01-04 22:40:18 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
 ある程度は覚悟していたが、ハリーにとって第三王子殿下の護衛という任務は色々な意味で容易なものではなかった。まあ、当の本人が普段からドレス姿であることには不本意ながらすぐに慣れたが、他の王室騎士隊員、特にハリーと大して歳の変わらない連中からの風当たりはかなり強く、うんざりするような嫌がらせを何度も仕掛けてきた。
 気持ちは分からなくもない、王室騎士隊員ともなれば名門貴族の子弟がたくさん在籍していたし、そんな子弟達にとってローランドの姫など、いくら格式は高くても実質的な権力や財力など、下手をすれば裕福な地方領主にも劣る存在でしかない。そんな時代に取り残された田舎者が、こともあろうに自分たちを差し置いて第三王子殿下の護衛に任命されたのだと連中が考えれば、好意的でいられる方がおかしいだろう。
 とは言うものの、第三王子殿下であるはずのマティアスは何故か王室の公的行事に一切関わらず、公務らしきものも特にないまま、王宮図書館の一室に閉じこもって日がな一日古い本をめくっているか、さもなくばハリーを伴って王都に出るかのどちらかだったので、実際は護衛に付かされたとしても栄達など縁のない閑職でしかなかったのだが、どうにも隣の芝生は青く見えるらものしい。
そんなある日、いつものように殿下のお供として王都に出たハリーは、途中で合流してきたアルベルトに半ば無理矢理『休暇』だといって単独行動を命じられた。王都に来てから気の張り通しだったハリーを休ませようとしている意図は充分に感じたので、どうせまた男二人で、自分のように若い娘を連れて行くのは憚られるようないかがわしい場所に行くつもりだろうと何となく予想しながらも、有り難く命令に従うことにした。
 特にこれといった目的もなかったが、ローランドのような辺境で暮らしていては決して目にすることもない、沢山の人と物とが行き交う王都の繁華街の賑わいを肌で感じながら歩いていると、さすがに心が浮き立つのを感じる。
 そろそろ何処かで食事を摂ろうか。そんなことを考えて足を止めかけたハリーは、自分が数人の男たちに尾けられているのに気付いた。さりげなく裏道に進むと結構な速さで後を追ってくる。あまり尾行は得意ではないようだったが人数が人数だし、何より相手が相手だったので、一度は話し合いをしなくてはならないと覚悟を決めたハリーは、そのまま王都の周囲を囲む城壁近くまで走った。
「それで、私に何の御用ですか?」
 もはや姿を隠そうともしないまま追いかけてきた王室騎士隊の制服を着た数人の男たちに取り囲まれたハリーが呼吸一つ乱さぬまま訊ねると、男の一人がいきなり叫んだ。
「生意気なんだよ、お前!」
 ハリーと違って激しく息を乱しながら、それでも勢いに任せて田舎者とか女のくせにとか貧乏人とか言いたい放題を喚き散らす男たち。
 さてどのような対応をすれば後々の禍根をなるべく残さずに済むか、などとハリーが真剣に考えはじめた頃。
「男が集団で若い娘を責め立てるとは、恥というものはないのか?」
 いきなり降って湧いたような人影から、そんな声がかけられた。ハリーが眉をひそめる間もなく色めき立った男たちが”貴様には関係ないだろう!”と怒鳴りかけ……、自分たちより優に頭二つ分は大きい人影の巨大さに息を呑む。
 大剣を背負い、深く被った帽子と鼻の下まで隠したフードで殆ど顔が見えないその男は、まるで巌のような、感情というものを感じさせない口調で言い放つ。
「もしも恥がないというのなら、そのような卑怯者に剣を帯びる資格はないぞ」
 剣の柄に手をかけることもないまま、しかし躊躇いのない足取りで近付いてくる男の姿に気圧され、捨て台詞を残す余裕もないままに逃げ散る男たち。後に残されたハリーは、もしも相手が本気になったら絶対に勝てないと覚悟しながら男と向かい合う。
「…… 助けて頂いたことになるのでしょうか、ザロン殿」
「ほう、覚えていてくれたのか」
 ほんの少しだけ男の口調に感情が滲んだことに安心しながら、ハリーはあくまで平静を装いつつ言葉を続けた。
「今日は、あの賑やかな相棒殿と一緒ではないのですね」
「拙者とて、常に奴と行動を共にしている訳ではない」
 そこでザロンはようやくハリーの動揺に気付いたらしく、微笑みのようなものをその表情に湛える。その時はじめて、ハリーはザロンの右眼が眼帯で覆われていることに気付いた。
「そう身構えるな。先ほどの遭遇は偶然だし、例の仕事を請け負ったのはあくまで奴だ」
 ここでお主に手出しをする気はない、それは誓おう。ザロンの言葉に頷いたハリーは、思い切って更に質問を重ねる。
「それで、私に何か訊きたいことでもあるのですか?」
 ハリーの勘の良さに驚いたらしいザロンが一瞬だけ言葉を失っていると、聞きようによっては極めて呑気な声がハリーの名を呼んで近付いてきた。
「おーいハリー、そんなところで何やってるんだ?」
 相変わらずドレス姿の殿下を伴い、逢い引きか?などと余計な一言を付け加えるのを決して忘れないアルベルトの姿に気付いたザロンは、何故か極めて表情を険しくながらハリーに何事かを囁きかけると、返事も待たずにその巨体からは想像も付かない素早さで駆け去って行った。
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ダメージを受け膝をつく

2010-01-02 19:17:17 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

 隊長が自分に向かって何か囁きかけてくるのは判ったが、何を言っているのかまでは理解できない。そんな状態で、ハリーは眼前のテーブルで繰り広げられるカード賭博を呆然と見詰めていた。
 勝負はどうやら小太りの旦那が圧され気味らしく、男は奇妙に人懐こい笑みを浮かべながら、たまに傍らの娘が展開した札を覗き込んで何枚かを追加するのを好きにさせる。
「おれの手が剣の騎士と棍棒の3、それに聖杯の5、アンタの手が剣の8と聖杯の2、それに棍棒の4…… 、こちらの勝ちだ」
 それじゃ悪いなと言いつつテーブルに載った銀貨を自分の方に引き寄せる男。
「もう一勝負だ!」
「おれは良いけどよ、アンタもう賭ける金なんか無いんじゃないのか?」
「これを賭ける!」
 殆ど叩き付けるような勢いで旦那が投げて寄越した宝石付きのマント留めを拾い上げると、男は何やら不安そうに自分を見詰めてくる娘に軽く頷いて見せてから答える。
「一回だけなら、受けて立つぜ」
 テーブルに音を立てて銀貨が積み上げられてから、再び手慣れた動きでカードが配られる。男のカードは剣の9に伏せカード、旦那のカードは金貨の6と8で、勝負に出るには弱い数字だった。
「もう一枚」
 男は言われたとおりにカードを一枚テーブルに広げ、途端に旦那の表情が緩む。カードは棍棒の6だった。男は肩を竦めながら自分の伏せカードをめくってみせる。現れたのは剣の女王、どうやら男のツキもここまでだと確信する野次馬連中。ところが。
「それじゃ、おれももう一枚」
 全く臆することもなく言い放つなり、男は更にカードを一枚テーブルに放つ。途端にどよめく一同、現れたのは剣の2、男の勝ちだ。
「さて、これで終わりの約束だったな」
 ごく無造作に銀貨を革袋に詰めはじめた男に、往生際悪く絡んでくる旦那。
「あのマント留めは金貨10枚の価値があるんだぞ!」
「でもあの石、偽物だぜ。細工もちゃちだし、質に入れても銀貨3枚が良いところだ」
 実にあっさりと実も蓋もないことを言い放ちながら娘と共に席を立った男は、ここでようやく自分たち二人を見詰める冷たい視線に気付いたようだった。
「何だコリン、いたのかお前」
「相変わらずお元気そうで何よりです、アルベルト隊長」
 いやおれもう隊長じゃないしと答える男に、コリンと呼ばれた隊長は冷徹な口調で、完璧な引き継ぎはまだ終わっていませんと切り捨てる。

 ということは…… つまり。
 父上、母上、兄上、それにウィル、どうかハリーに現実を認める強さを与えてください。

 家族の顔を一人一人思い出しながら殆ど天を仰ぐようにして祈りかけたハリーは、次の瞬間反射的に自分の剣を柄ごと抜いて、男が連れていた娘に背後から掴みかかろうとした旦那の腹に突き込んでいた。
「ほう、良い判断力だ」
 顔色を変えたのはコリンと呼ばれた隊長で、アルベルトと呼ばれた男はごく無造作に白目を剥いて倒れた旦那を踏み付けつつ、笑顔でハリーに向き直る。
「察するにアンタがローランドからの護衛か、随分と頼りがいのある嬢ちゃんが来たものだな」
「…… ハリエッタ・フォン・ローランドです。ハリーとお呼び下さい」
「判った、宜しくなハリー」
 屈託のない男の態度に一瞬だけ和みつつ、これからのことを考えれば決して避けては通れそうにない事実を確認しようと口を開きかけるハリー。その時。
「早速助けられてしまったね、ハリー」
 ドレス姿の娘が、その優雅な容姿にはやや似つかわしくない低めの声で話しかけてきた。どう答えればよいのか判らぬままハリーが言葉を探していると、柔らかく微笑みながらこう続ける。
「わたしの名前はマティアス、普段はマティと呼んでくれて構わないよ」

 これから宜しくと挨拶してきたフランク王国第三王子殿下に対して、その時の自分がどのような受け答えを行ったのか、ハリーは良く覚えていない。
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鈍器で後頭部を一撃

2010-01-01 23:32:33 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

 誠に申し上げ難いことだが、第三王子殿下の御歳は君よりも上だ。
 隊長の言葉と曖昧な表情に極めて不穏なものを感じつつ、ハリーは覚悟を決めて問いかけることにした。
「何か問題でも、ございますか?」
[ああ…… 問題といえば問題だな、確かに問題だ」
 ハリーに向かってと言うよりは、己自身が常日頃から向かい合っている現実に対して愚痴をこぼすように呟く隊長。その姿の痛々しさにそれ以上の質問を投げかけられないでいると、流石に職務を放棄するわけにはいかないと思い直したのか顔を上げ、椅子から立ち上がる。
「とりあえず、殿下とお会いすれば君にも大体の事情が掴めるだろう。行こうか」
 そんな隊長の言動に色々と引っかかるものを感じながらも、素直に頷くハリー。
 王宮を離れて王都へ、更に繁華街を抜けていかがわしい印象の拭えない裏町へ。隊長に他意がないのは判っているが、まだ十七才のハリーは何となく身構えてしまう。
 やがて隊長は一軒の店の前で立ち止まった。『黄金の葡萄亭』という仰々しい看板を掲げた、どうやら旅籠と食堂、それに酒場を兼ねているらしいその店は、昼日中だというのに外の通りにまで店内の嬌声を響かせている。
「このような場所に、殿下がいらっしゃるのですか?」
 ハリーの言葉に、隊長はやや疲れたような表情で頷いた。
「君もはじめは少し驚くかも知れないが…… 、まあ、殿下は決して悪い方ではない」
 だから一刻も速く現状に馴染んで殿下をお守りしてくれ。そんな隊長の言葉に、ハリーが抱いていた違和感はますます膨れ上がる。はじめにローランドの王族として現れた自分を”貴方”と呼び、正式な部下として働くようになってからは”君”と呼ぶようになった程、言葉に気を遣う隊長が、どうして第三殿下に対しての敬称に関してはぞんざいなのか。
 しかし流石に面と向かってそのようなことを質問するわけにもいかぬまま、隊長の促すまま店に足を踏み入れるハリー。
 さして広くない店内は結構な人で溢れ返っている。野次馬じみた連中が注目しているのは、どうやら奥のテーブルで行われているカード賭博の成り行きらしかった。
 いかにも金持ちの旦那らしい太った男と差し向かいに座り、余裕に満ちた動作でカードを展開しているのは不思議な雰囲気の男だった。顔付きや動作から察するに隊長より年嵩のようだが、その眼が子どものように悪戯っぽく輝いているせいもあって正確な年齢を推察するのは難しい。傍らにはハリーと同い年か、やや年上くらいに見えるドレス姿の娘を座らせているが、奇妙に品を感じさせる娘が一体何者であるかなど、当然ながらハリーには想像もつかない。
「隊長…… 、まさかとは思いますが」
 最後の希望を含んだハリーの質問を、隊長は質問ごと打ち砕く。
「そのまさかだ」
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「もう後がない」

2009-12-07 21:30:21 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
 王都に辿り着いたハリーが最初に目指したのは、王室騎士隊の詰め所だった。
 案内された隊長室の椅子に座っていたのは三十前後と思われる穏やかな雰囲気の男で、何となく兄を思い出しながら挨拶するハリー。
「盟約により辺境自治領ローランドから参りましたハリエッタと申します」
 兄は身体が弱く、弟は未だ幼いので、女の身ではありますが精霊使いとしての称号を受けた私が代理を務めますと続けると、男は少しだけ困ったように微笑んでから言った。
「失礼だが、貴方は今回の召喚についての具体的な内容を御存知だろうか」
 考えようによっては確かに失礼極まりない問いかけだったが、相手がなるべくハリーの誇りを傷付けまいとしていることは充分に感じ取れたので、ハリーも微笑んで答える。
「はい、フランク王家第三王子殿下の護衛だと承っております。殿下の為人(ひととなり)は存じませんが、先ほど申し上げましたように幼い弟がおりますので、小さい子どもの扱いはある程度の心得がございます」
 すると男は更に曖昧な表情となってから、取りあえず陛下への謁見を済ませようとハリーを伴って部屋を出た。
 謁見室の玉座に着いていたのは年老いた男で、どうやら何かの病を患っているらしかったが、ハリーはそれに気付いた風も見せずに、やや古風ながら非の打ち所のない動作で挨拶をして、陛下も鷹揚にそれを受ける。
「ローランドの若き騎士よ、そなたの国と交わした古き盟約の遵守を喜ばしく思うぞ」
 形式通りの言葉の後、もう下がって良いと疲れ果てたような態度だけで示す陛下。古き盟約と言っても現在はほぼ有名無実のもので、ローランドが国として承認されているのはあくまで形式上であり、現在のフランク王家に取っては辺境の属領に過ぎないと父から教えられていた事実を早速思い出すハリー。そもそもローランドの大使としてではなく、フランク国王室騎士隊の仮隊員として国王との謁見が行われたこと自体が現実の全てを物語っていた。しかし。
ローランド現国王であるハリーの父は、生まれてはじめてフランク国の王都へ向かうことになった自分の愛娘に対して言ったのだ。
「恐らく、お前はローランドの王族だという理由から王都で様々な侮りや蔑み、同時に妬みや嫉みを受けることになるだろう」
 もはや有名無実に近い盟約によってフランク国に自治を認められている我が国の、それが宿命だと寂しげに俯く父王の姿。
「だが、決してローランドの、そしてお前がお前である誇りを失ってはならない。
 忘れるな、他人に頭を下げられない人間に、本当の誇りなど持てはしないのだと」
 そこまで言うと感極まったように玉座から立ち上がり、自分を強く抱きしめてくれた父王の姿と言葉をハリーはあの日、深く心に刻み込んだのだ。
「それでは隊長、第三王子殿下は今、何処にいらっしゃるのでしょうか」
  
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通信遮断

2009-12-03 21:00:11 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
 取りあえず狼の姿をした幻獣を還してから、今度は地味な色合いの小鳥を呼び出するハリー。通常は物告げ鳥と呼ばれるその小鳥は、遠く離れた相手に召還者の言葉をそのまま伝えることが出来るのだ。
 街道沿いの関所に向けて小鳥を放ってから、ハリーは先程からの成り行きを木立の上から眺めやり、気を揉んでいたに違いない相手に向かって言った。
「もう大丈夫です、兄上」
 ハリーが召喚したものより少し大きめの鳥は明らかに動揺し、何とか普通の鳥であるかのように振る舞おうとしたが、もう一度”兄上”と呼ばれると、観念したように舞い降りてきてハリーの肩に止まった。
『ばれていたのか』
「あからさますぎます」
『その、ハリーが心配で』
「それも判っています」
 にべもない言葉に項垂れる鳥に、でも嬉しかったですと付け加えるハリー。
「それにしても兄上、先ほどは動かないでいて下さって助かりました。あの騒々しい男はともかく、もう一人の大男が本気で動いていたら厄介でしたから」
『あれは…… 、咄嗟のことで動けなかった』
 それに、確かにあの大男の方から相当の重圧を感じたと続ける鳥。ハリーも頷いた。
「恐らく、ただ者ではないのでしょうね。まあギリアムとか言う騒々しい男の方も、ある意味ただ者ではありませんでしたが、あれは…… 」
そこまで言うとハリーは不意に眉根を僅かに寄せた表情で無言となり、数秒後、私の鳥が警備兵の詰め所に到着したようですと呟いた。
 自分を襲った二人組の男について物告げ鳥を通じて詳しく説明するハリーに、警備兵たちは口々に憤りながら必ず見つけ出してやりますと請け合ってくれる。
 取りあえず二人については警備兵たちに任せることにして、ハリーは既に開き直って姿を隠そうともしなくなった兄の物告げ鳥と更に旅路を進めていくことになった。
 やがて関所を越え、ローランド自治領からフランク国の辺境に足を踏み入れたハリーは、自分の肩に止まった兄の物告げ鳥に向かって名残惜しげに宣言する。
「兄上、暫しのお別れです。ここより先は我らローランドの守護が及ばぬ地。兄上といえども物告げ鳥の姿を維持することは出来ないでしょう」
 見るからに影が薄くなっている鳥は残念そうに頷くと、不安を隠さぬまま呟いた。
「ああ、だが道中は気をつけるんだぞ、あの二人もまだ捕まっていないそうだし」
 ええ、気をつけますと答えると殆ど同時に、鳥の姿だけでなく、鳥を通じて確かに感じていた兄の気配も幻のように消え失せる。ここからは文字通り、ただ一人で王都を目指すことになるのだ。
「さて、と…… 」
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