カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

花屋にて

2018-05-06 21:46:21 | 憧れのお店屋さん
 鮮やかな色彩とふくよかな香りに誘われて近づくと、そこは花屋だった。

 店先に並ぶ薔薇、チューリップ、パンジー、ガーベラの花束に見惚れてから店内に入ると、切り花だけでなく鉢植えや観葉植物、サボテンや多肉植物など様々な植物が並んでいた。そのいずれもきちんと手入れされ、整然とした美しさは見事としか言いようがない。

 さすがに生花は買えないのでガラス製の小さな一輪挿しを購入する際、どうやって春のチューリップやフリージアと初夏の紫陽花、更には色付いた紅葉と冬の雪割草を同時に咲かせて店に並べているのかと尋ねたが、曖昧な微笑みで誤魔化された。

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喫茶店にて

2018-05-05 20:10:03 | 憧れのお店屋さん
 そろそろ食事を摂ろうと、屋根からアイビーの枝が垂れ下がり入口脇の棚に食品サンプルが並んだ、どこか懐かしい雰囲気の喫茶店に入る。

 
 テーブルクロスはギンガムチェックと白の二枚重ね、カウンターに並んだ木製の椅子は背もたれの部が四角く抜かれている可愛らしいデザイン。これだけで何となく太り気味でお人好しのマスターを想像してしまったが、「いらっしゃいませ」と声をかけてきたマスターはまさに想像通りの外見をした男性だったので、一瞬だがどうしてくれようと悩んだ。
 マスターによると本当はコーヒー専門店にしたかったのだが、常連客のリクエストで軽食を導入したら好評で、やめるにやめられなくなったという。それならばとパスタを注文すると、出てきたのは昔懐かしい、ソーセージとピーマンが具材の『スパゲティ』としか呼びようのない代物だった。オムレツかパンケーキを頼むべきだっただろうかと悩みながらフォークで一巻きして口に運ぶと、これが意外にも懐かしい記憶を呼び覚ます味で非常に満足した。

 ちなみにコーヒーの味は微妙で、この店が食堂扱いされる理由が何となくわかった。
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家具屋にて

2018-05-04 18:02:50 | 憧れのお店屋さん
 店先に並べられた様々なデザインの椅子に惹かれて、家具屋に入ってみることにした。

 テーブルや箪笥、食器棚などなど、様々なサイズの家具はどれも職人の手作りで、一度自宅に迎え入れれば一生どころか孫の代まで十分に使えそうな風格に満ちている。また、天井からいくつも吊り下げられているランプも実用的なものからクラシカルな装飾品まで揃っている。そして最も目を惹くのは、同一コンセプトの家具で構成されたモデルスペースで、丸いカーペットが敷かれた一角に引き出し付きの机と椅子、小さめの箪笥、丸椅子付きドレッサー、クローゼットが趣味良く並べられている。まさに女の子にとっては夢の部屋だろうが、残念ながら衣装箪笥を開けてもナルニアには繋がっていなかった。
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画材屋にて

2018-05-03 19:02:58 | 憧れのお店屋さん
 画材屋という存在は、どうにも心を浮き立たせる要素が多い気がする。

 色とりどりの絵の具やインク、様々な形状の筆、昔ながらの羽箒。何も描かれていないスケッチブックやクロッキー帳、イーゼルに架かった書き換えの絵。どれをとっても足を止めるのは十分すぎるディスプレイだ。

 さらに店内に入るとポーズ人形や石膏像が置かれた中、様々なポストカードが回転スタンドを飾り、棚には限定品らしい特別あつらえの色鉛筆や画材セットの入ったカバンが並んでいる。試し書きのできるスペースにあったクロッキー帳には、常連さんと思しき達者なタッチのカットが描き込まれていた。中でも個人的に目が離せなかったのはガラスペンで、どうしても諦められなかった青い軸のガラスペンを深海色のインク瓶とともに購入する。

 なお、一部で評判らしい「どんな絵でも入れて飾れば名画に見える不思議な額縁」は、とても手が出せる値段ではなかった。
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時計屋にて

2018-05-02 19:59:50 | 憧れのお店屋さん
 街の高台を繋ぐ陸橋のたもとにある時計屋は、巨大な絡繰り時計と古風な回転ドアが目印だ。

 人形付き置時計、古風なベル型目覚まし時計、時間ごとにメロディーの流れる壁掛け時計、そして腕時計に懐中時計などなど、所狭しと並んだ時計は何故か一つとして同じ時間を指していない。もちろん購入時にはきちんとした時間に合わせてくれるのだが、一体どうして最初から合わせていないのかと尋ねると、この時間は時計自身の時間なんだよという良く解らない答えが返ってきた。更に詳しく聞いてみると、時計が刻んでいる時間は、その時計が完成して動き出した時間であり、時計にとっては自分の過ごしてきた歳月そのものなのだそうだ。

「お客さんが買う時計は自分自身の時間を刻むのを止めて、お客さんの為の時間を刻むようになるんだ。ずっと大事にしてほしいね」
 眼鏡をかけた小太りの店長は、そう言って微笑んだ。
 
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靴屋にて

2018-05-01 21:05:02 | 憧れのお店屋さん
 真の洒落物には言うもでもないことだが、どんなに衣装をこらしても靴が決まっていなければ台無しだ。
 しかし、この街には仕立て屋だけでなく腕のいい靴職人の店もある。

 店内に並ぶ一つ一つ手作りされた様々なサイズの靴も見事だが、本気で時間とお金をかけるつもりがあるなら、熟練の技術を持つ親方が足型から作るフルオーダーも依頼できるそうだ。無論、相応の値段はするのだが、日々を街歩きで費やす職業の人間にとって、歩きやすい靴がどれほど重要なものであるかは言うまでもあるまい。

 いずれは自分も靴を仕立てられる身分になりたいものだと思いながら、店を後にした。


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仕立て屋にて

2018-04-30 22:33:28 | 憧れのお店屋さん
 街の中央通りの、ちょうど真ん中あたりに仕立て屋がある。
 この店は子供服から紳士服まで仕立ての良い服を幅広く取り扱っていて、裁縫室からは絶え間なく旧式ミシンの動く音が聞こえてきた。

 コート、スーツ、ワンピース、シャツやブラウスなど、様々な商品を眺めているときに気づいたのだが、店内には旅行カバンが積まれ、ロール状に巻かれた布地がカゴに入って並んでいた。これも売り物なのかと尋ねると、そうですよと答えが返ってきた。旅行カバンは服に似合うものを選んでほしいし、お客さんの中には布地から自分の服を選びたい方もいらっしゃいますからだそうだ。

 お願いして特別に見せてもらった裁縫室に置かれていた裁ちばさみが、大切に使い込まれたヴィンデージ品だったのが印象に残っている。
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ケーキ屋にて

2018-04-29 22:33:02 | 憧れのお店屋さん
 パン屋の隣にあるのはケーキ屋で、店長とパン屋の主人は兄弟だという。ちなみに店員の女性は奥さんと娘さんだそうだ。

 一抱えもありそうなデコレーションケーキや、クッキーやマカロンで出来たお菓子の家のディスプレイに目を奪われながら店内に入ると、箱入りのマカロンや瓶詰めのクッキー、切り分けられ、あるいは塊のままリボン掛けされたパウンドケーキ、そして何よりショーケースに並んだ様々なケーキに今度は心を奪われる。様々なフルーツがあしらわれた、あるいはクリームがデコレーションされたショートケーキは実に魅惑的な姿で見るものを誘惑してやまない。再びここが旅先であると己に言い聞かせながらシュークリームを一つだけ購入してから、後ろ髪を引かれる思いで店を出た。

 ところで、どちらの店でも店内に店長の姿はなかった。一体どんな姿をしているのだろうか。

 



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パン屋にて

2018-04-28 13:38:43 | 憧れのお店屋さん
 本屋を出ると、道路を挟んだ斜め向かい側から非常に食欲をそそる匂いが漂ってきたので近付いてみる。
 そこにはお洒落なベーカリーショップがあった。

 よく手入れされた小さな花壇と鉢植えが並ぶ店先から中を覗くと、窓際には飾りらしい巨大なオニオンブレッドやバゲットが置かれていてちょっと驚く。中に入ると壁の棚にはカゴや引き出し型容器に山ほど乗せられた様々な種類のパンと遭遇した。イギリス風食パンは塊のままでも買えるが、袋に入った切り売りも並んでいる。他にもレーズンパン、コロネ、クロワッサン、ホッドドッグヤ小さなパイなど沢山並んでいる商品でも人気なのは、エッグタルトとあんパン、それに数量限定のサンドイッチらしい。
 試食も出来るというので、取りあえずバゲット一切れにジャムを塗って頂いたら、コレが驚くほどに美味だった。旅先ということもあってエッグタルトは断念して、あんパンと杏のジャムを一瓶購入する。

 会計をしてくれた女性店員に「この店のパンは星の光で焼いているという噂があるのですが」と尋ねると、女性は意味ありげに微笑みながら「企業秘密なんですよ」としか答えてくれなかった。
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本屋にて

2018-04-27 13:58:05 | 憧れのお店屋さん
 この街で一番大きな本屋は二階建てで、一階の出窓に設置された古い地球儀のディスプレイが目印だ。

 店の前に置かれたベンチの隣に天気の日限定で設置される本棚に並んだセール本は、時々とんでもない掘り出し物が見付かると常連からは密かに評判になっている。確かに長年探していた『食べられる猫の本』を見付けた身としては、この意見に諸手を挙げて賛同したい。
 古風なランプシェード付きの照明が柔らかな色彩で照らす一階は主に新刊や人気の書籍が並んでいて、中央には『改訂版・大草原の開拓者』『薔薇の名前は君』『かぜのおくりもの』など最近のベストセラーが平積みされた特設コーナーが設置され、話題の本を手に取りやすくなってる。
 レジカウンターは二階に通じる階段下にあり、眼鏡をかけた女性店員に対して欲しい本についての情報を尋ねると、大概は即座に答えが返ってくる。実際に質問してみると、その知識の幅広さには舌を巻くばかりだった。女性に歳を尋ねるのは失礼だと思って実年齢は確認しなかったが、恐らく長命種のお嬢さんは人間の見かけより遥かに長い時間を生きているのだろう。

 二階には様々な本がジャンル別に整理されて並び、飾り棚には店員がお薦めする書籍が飾られている。平積み本と違って専門的な内容の本が多いが、『家庭のハーブ・その歴史と利用法』『妖精の為の料理本』『お城に住むゴースト』が並んでいる辺りに選者の見識の深さを感じる

 なお、店内の所々に置かれた座り心地の良いソファでは自由に試し読みが出来るが、椅子に夢を喰われるので居眠りはご遠慮下さいとのことだった。 
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