カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

仕立て屋にて

2018-04-30 22:33:28 | 憧れのお店屋さん
 街の中央通りの、ちょうど真ん中あたりに仕立て屋がある。
 この店は子供服から紳士服まで仕立ての良い服を幅広く取り扱っていて、裁縫室からは絶え間なく旧式ミシンの動く音が聞こえてきた。

 コート、スーツ、ワンピース、シャツやブラウスなど、様々な商品を眺めているときに気づいたのだが、店内には旅行カバンが積まれ、ロール状に巻かれた布地がカゴに入って並んでいた。これも売り物なのかと尋ねると、そうですよと答えが返ってきた。旅行カバンは服に似合うものを選んでほしいし、お客さんの中には布地から自分の服を選びたい方もいらっしゃいますからだそうだ。

 お願いして特別に見せてもらった裁縫室に置かれていた裁ちばさみが、大切に使い込まれたヴィンデージ品だったのが印象に残っている。
コメント

ケーキ屋にて

2018-04-29 22:33:02 | 憧れのお店屋さん
 パン屋の隣にあるのはケーキ屋で、店長とパン屋の主人は兄弟だという。ちなみに店員の女性は奥さんと娘さんだそうだ。

 一抱えもありそうなデコレーションケーキや、クッキーやマカロンで出来たお菓子の家のディスプレイに目を奪われながら店内に入ると、箱入りのマカロンや瓶詰めのクッキー、切り分けられ、あるいは塊のままリボン掛けされたパウンドケーキ、そして何よりショーケースに並んだ様々なケーキに今度は心を奪われる。様々なフルーツがあしらわれた、あるいはクリームがデコレーションされたショートケーキは実に魅惑的な姿で見るものを誘惑してやまない。再びここが旅先であると己に言い聞かせながらシュークリームを一つだけ購入してから、後ろ髪を引かれる思いで店を出た。

 ところで、どちらの店でも店内に店長の姿はなかった。一体どんな姿をしているのだろうか。

 



コメント

三十六冊目・『朱き孤独の悔恨』

2018-04-28 16:17:49 | サスペンスはお好きですか?
たかあきは『朱き孤独の悔恨』事件を解説してください。

 狙撃手だった私は、今まで数え切れない人間の命を撃ち抜いてきた。ライフルのスコープ越しに見える私の標的となった人間は、一人の例外もなく自分の身に何が起こったのか認識することもないまま、頭か心臓のどちらか、或いは両方から血潮を吹き出して斃れたまま二度と立ち上がらなかった。だから今、私はスコープ越しに自分を撃ち抜こうとしている相手のいる方角を見詰めながら一言、「撃て」と呟く。
コメント

パン屋にて

2018-04-28 13:38:43 | 憧れのお店屋さん
 本屋を出ると、道路を挟んだ斜め向かい側から非常に食欲をそそる匂いが漂ってきたので近付いてみる。
 そこにはお洒落なベーカリーショップがあった。

 よく手入れされた小さな花壇と鉢植えが並ぶ店先から中を覗くと、窓際には飾りらしい巨大なオニオンブレッドやバゲットが置かれていてちょっと驚く。中に入ると壁の棚にはカゴや引き出し型容器に山ほど乗せられた様々な種類のパンと遭遇した。イギリス風食パンは塊のままでも買えるが、袋に入った切り売りも並んでいる。他にもレーズンパン、コロネ、クロワッサン、ホッドドッグヤ小さなパイなど沢山並んでいる商品でも人気なのは、エッグタルトとあんパン、それに数量限定のサンドイッチらしい。
 試食も出来るというので、取りあえずバゲット一切れにジャムを塗って頂いたら、コレが驚くほどに美味だった。旅先ということもあってエッグタルトは断念して、あんパンと杏のジャムを一瓶購入する。

 会計をしてくれた女性店員に「この店のパンは星の光で焼いているという噂があるのですが」と尋ねると、女性は意味ありげに微笑みながら「企業秘密なんですよ」としか答えてくれなかった。
コメント

三十五冊目・『大いなる裁きのレクイエム』

2018-04-27 21:13:01 | サスペンスはお好きですか?
たかあきは『大いなる裁きのレクイエム』事件を解説してください。

 この世界に生きる人間はみな等しく罪人で、故に等しく死なねばならないと話して聞かせてくれた私の両親は、神の神罰代行を担って地上に降りた天使として『狩り』を繰り返した。両親に狩られた罪人の彼らが所持していた汚れた財貨は、私たち天使を地上に暮らす為の清浄な糧となり、そこで初めて彼らの罪は許されると教えられた私は、それを疑いもしなかった。

 あの日、本物の天使が私の前に現れるまで。
コメント

本屋にて

2018-04-27 13:58:05 | 憧れのお店屋さん
 この街で一番大きな本屋は二階建てで、一階の出窓に設置された古い地球儀のディスプレイが目印だ。

 店の前に置かれたベンチの隣に天気の日限定で設置される本棚に並んだセール本は、時々とんでもない掘り出し物が見付かると常連からは密かに評判になっている。確かに長年探していた『食べられる猫の本』を見付けた身としては、この意見に諸手を挙げて賛同したい。
 古風なランプシェード付きの照明が柔らかな色彩で照らす一階は主に新刊や人気の書籍が並んでいて、中央には『改訂版・大草原の開拓者』『薔薇の名前は君』『かぜのおくりもの』など最近のベストセラーが平積みされた特設コーナーが設置され、話題の本を手に取りやすくなってる。
 レジカウンターは二階に通じる階段下にあり、眼鏡をかけた女性店員に対して欲しい本についての情報を尋ねると、大概は即座に答えが返ってくる。実際に質問してみると、その知識の幅広さには舌を巻くばかりだった。女性に歳を尋ねるのは失礼だと思って実年齢は確認しなかったが、恐らく長命種のお嬢さんは人間の見かけより遥かに長い時間を生きているのだろう。

 二階には様々な本がジャンル別に整理されて並び、飾り棚には店員がお薦めする書籍が飾られている。平積み本と違って専門的な内容の本が多いが、『家庭のハーブ・その歴史と利用法』『妖精の為の料理本』『お城に住むゴースト』が並んでいる辺りに選者の見識の深さを感じる

 なお、店内の所々に置かれた座り心地の良いソファでは自由に試し読みが出来るが、椅子に夢を喰われるので居眠りはご遠慮下さいとのことだった。 
コメント

三十四冊目・『消えゆく復讐の記録』

2018-04-26 23:43:19 | サスペンスはお好きですか?
たかあきは『消えゆく復讐の記録』事件を解説してください。

 僕は自分を捨てた母をずっと憎んでいた。けれど、僕を捨てたと思っていた母は実は殺されていて、両親を殺したのは僕を実の子同然に可愛がって育ててくれた叔父で、叔父の行為は生まれて間もない僕を錯乱の末に殺しかけた母から守ろうとした結果だった。

 一体、僕はこれから誰をどういう風に憎んで生きればいいのだろうか。
コメント

三十三冊目・『引き裂かれし札束の殺戮』

2018-04-25 21:40:33 | サスペンスはお好きですか?
たかあきは『引き裂かれし札束の殺戮』事件を解説してください。

 実現不可能と思われるような作戦を実現可能な作戦として立案出来る頭脳の持ち主、一見すると無謀でしか無い作戦を完璧に遂行出来る実行者は共闘の末、大胆にして不敵な銀行強盗をまんまと成功させた。だが、逃亡先の隠れ家で奪った金の配分についての諍いが発生し、最後にはその場にいた全員が斃れた。だから、その隠れ家には今もなお人骨と、血に染まった紙幣が部屋中に散らばっているのだろう。
コメント

三十二冊目・『狭き密室の強奪』

2018-04-24 20:57:37 | サスペンスはお好きですか?
たかあきは『狭き密室の強奪』事件を解説してください。

 お姉ちゃんはいつだって私のものを取り上げ、泣いて返してと縋ると嗤いながら目の前で壊した。それは明らかに私が悲しむのを楽しむ為の行為で、もの自体に対して興味は無かったのだろう。父も母もお姉ちゃんを可愛がるばかりで全く頼りにならなかった。

 だから私は、お姉ちゃんの夫を誘惑してから捨てた。
 お姉ちゃんの旦那に相応しい屑だと罵り、泣き叫ぶお姉ちゃんに「もう要らないから返すね」と嗤ってみせると、狂乱状態のお姉ちゃんは大きなガラス製の灰皿で私の頭を何度も何度も、頭蓋が砕け散るまで殴り続けた。

 結局、私を含めた誰一人として幸せにはなれなかったが、後悔はない。
コメント

三十一冊目・『去りゆく出来心の子守歌』

2018-04-23 23:22:52 | サスペンスはお好きですか?
たかあきは『去りゆく出来心の子守歌』事件を解説してください。

 私の両親は優しかったが、育児という現実に耐えられるほど強くなかった。だから私は捨てられ、親戚の間をたらい回しにされたあと、一番皆の為だという理由で施設に送られた。幸か不幸かそれは真実だったらしく、そこで平穏に育った私は現在も平穏に生きている。ただ、子供の頃確かに両親が歌って聞かせてくれていた筈の子守歌は、もう全く思い出せない。
コメント