カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

第六十四夜・夜桜終焉

2017-08-31 23:08:43 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『花の色は』と『墨染』を使って創作してください。

 ずいぶん昔、夜の水路に桜を見に行ったことがある。ときおり月の光を反射する漆黒の只中で一面に散らばった薄紅の花弁を彼方に運んで行く黒い水面に幻惑されながら、これはきっとどんな反物よりも奇麗だと思った。
 でも、私はその時、同じ水路で溺れ、美しい水面の下で冷たくなった子どもが下流に向かって流されていったのを全く知らなかった。
コメント

第六十三夜・真夜中の目玉焼き

2017-08-30 23:08:24 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『ふけにける』と『鳥の子色』を使って創作してください。

 夜遅くに腹が減ったので冷蔵庫を開けたら、めぼしい食糧が卵しか無かったので目玉焼きを焼くことにした。
 分かる人間には分かって貰えるだろうが完璧な目玉焼きを焼くには細かい手順を守らないといけない。そして焼き色、黄身と白身の固まり具合、塩加減と文句の無い出来の目玉焼きが焼き上がった頃に妻に見付かり、高い卵を勝手に使ったと散々怒られた。
コメント

第六十二夜・水の世界の上と下

2017-08-29 20:24:45 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『夢の通い路』と『水色』を使って創作してください。

 初めて深い水の中に潜った時、いきなり自分の知る世界が一変して驚いたのを覚えている。
 全身をまんべんなく覆う圧力と濁った音を立てて水面に昇っていく気泡。そして頭上に広がる水の中と外の世界を隔てる水面。ここは自分の知る世界では無いと慌てて水から上がると水の上はいつも通り僕のよく知っている世界で、何だか安心するよりも落胆したのを覚えている。
コメント

第六十一夜・飴色の彼女

2017-08-28 19:23:00 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『明けぬるを』と『飴色』を使って創作してください。

 彼には既に婚約者である彼女がいたのだが、私は構わず彼女から彼を奪った。彼は私の華やかな金髪と菫の瞳に心を奪われ、飴色の髪と瞳を持つ地味な彼女を捨てた。彼女はその後自ら命を絶ち、私と彼は幸せな結婚をして女の子が生まれた。

 だが最近、私には似ても似つかない飴色の髪と瞳を持つ地味な娘が私に向けてくる眼差しが何だか怖い。
コメント

第六十夜・桜色の贈りもの

2017-08-25 22:27:38 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『春過ぎて』と『蜥蜴色』を使って創作してください。

 桜の花が大好きだという女の子にアピールしようと頑張った結果、生物錬成科の教授ですら溜息を吐くような美しい桜色の生き物を造り上げた後輩は、意気揚々と会心の自作品を彼女に贈ったが、例え桜色をしていようと爬虫類は大嫌いだと突っ返された。それでもめげずに新生物を造り上げたが、やはり両生類は以下同文。
コメント

第五十九夜・お月様の果実

2017-08-24 20:43:11 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『月宿るらむ』と『橙色』を使って創作してください。

 今度課題でお月様の果実を作るんだと友人に話したら、お前がこれから行うことなどオレは既に成し遂げているなどと高笑いしながら物凄いドヤ顔で琥珀色に輝く球体を見せてきた。
 何でも数ヶ月掛けて錬成した濃縮月光を惜しげもなく物質変換したとんでもなく貴重な物質らしいが、友人の学科は鉱物錬成科で僕は農耕学科、残念だが僕の育てる月光果実樹の参考にはなりそうもないので持って帰って貰った。
コメント

第五十八夜・山の桜と散り散りに

2017-08-23 22:57:44 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『花の散るらむ』と『煉瓦色』を使って創作してください。

 かつて信州松本には旧制高校が存在し、沢山の若者がヒマラヤ杉の並木道から学舎に通っていた。日本の未来を担うエリートが集うとされた学舎は名物教師が存在し、学生の多くははバンカラと呼ばれる姿で勉学だけではなく山や街を闊歩しては大いに楽しみ、やがて卒業していった。彼らが消えた学舎は今でもなお、彼らの物語を我々に伝えてくれる。
コメント

第五十七夜・赤い猫

2017-08-22 21:02:01 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『風のかけたる』と『火色』を使って創作してください。

 闇夜を駆ける赤い猫を見たことがある。轟音と共に天に向かう炎が暴風で煽られて渦巻く中、鮮やかな火の粉を散らして屋根から屋根へ飛び移る赤い猫。猫が降りた屋根は直後に猫と同じ色の炎が吹き出し、更にそこから赤い猫を生み出し、やがて街は赤い猫に喰らい尽くされ、そこには崩れかけた墨色の骨組みと白い灰塵だけが残された。
コメント

第五十六夜・走って滑って見事に転ぶ

2017-08-21 19:37:41 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『露に濡れつつ』と『松葉色』を使って創作してください。

 都会育ちの友人は足元が滑りやすい道に弱い。雪道や氷道だけでなく濡れた草の上を歩いても豪快に滑って転ぶ。見かねてアウトドア用の靴をプレゼントすると素直に履きはするのだが滑る。挙げ句の果てに貴様は何故に滑らんのだと文句を言われたが、子どもの頃に散々滑って学習を重ねた成果なので、踵を地面に叩き付けた直後に意識して捻りを入れながら足先まで踏み込む、所謂『攻撃的防御歩法』をマスターするまではせいぜい思う存分に滑るんだな、などと冷酷なことを思う俺だった。
コメント

第五十五夜・私が捨てなければならなかったもの

2017-08-18 21:49:44 | 百人一首と色名で百物語
たかあきで『みをつくしても』と『消炭色』を使って創作してください。

 献身は必ずしも報われるものではないということを、小さい頃から家族に嫌と言うほど教え込まれてきた。
 両親が笑顔で褒めるのは決まって兄か妹で私はいつだって出来損ない扱いさ、兄妹も常に私を小馬鹿にした態度しか取らなかった。
 だからなるべく早めに家を出ようと準備をしていたらお前が居ないと困ると全員に反対され、彼らが誰か一人を生贄に家庭内の和を何とか保っていたこと、そして皆それに気付いていることを知った私は、消し炭のように冷え切った心の中に僅かに点った熾火が自分を含めた周囲を残らず灼き尽くしてしまう前に家から逃げ出した。
コメント