僕は、普通の子どもだったと思う。
貧しいながら父さんと母さんに愛されて育ち、近所の友達と遊びながら大きくなった。
九つの時に二人が病気で死んでしまって独りぼっちになっても、近所の大人の紹介でお館の下働きとして拾われ、何とか暮らして来ることが出来た。
ただ、二人が死んでしまった時に泣いて、泣いて、埋葬が終わる頃には全く声が出せなくなってしまったので、喋ることが出来なくなった。
お館の仕事はきり無くあったが、まだ小さくてろくに力仕事が出来なかった僕は、良く森に入って色々なものを取ってくるように言われた。森は暗く深く、大人でも奥深くに分け入るのを躊躇うような場所だったが、今よりもっと小さい頃から父さんたちに連れられて森のあちこちを歩いて回っていた僕には、踏み込んではいけない場所さえ避ければ、それほど怖い場所ではなかったのだ。
そして、あの日も茸を採りに森を歩いていた僕は、彼と出会った。
酷い怪我をして酷く弱っていた彼に慌てて近付き、手を伸ばした直後、彼は鋭い口調で『触るな!』と制してきた。僕は驚いて手を止め、でも彼が、やっぱりとても弱っているように見えたので、お弁当にと持たされたパンを半分千切って彼の側に置いた。
彼は少しだけ驚いたようだが何も言わず、僕も仕事に戻ろうと彼から離れた。
パンはあまり大きくなかったので、茸を採ってから空きっ腹を抱えてお館に戻る途中の僕は、彼にパンを全部上げなかったことを後悔した。
数日後、再び茸を採りに森に入った僕は、再び彼と出会った。
始めて会った時より元気そうに見えた彼は、僕の姿を見付けると何故か厳しい表情で周囲を見回し、そのあと少し戸惑ったように再び僕に視線を戻してから、『先日は世話になった』と呟いた。
僕が微笑むと彼は更に戸惑い、それでも嬉しそうに見えた。
以来、僕が森に入る度に彼は姿を現し、茸や木の実、それに洞穴の奥で見付けたという綺麗な石をくれた。僕が喋れないせいか、元々はあまり口数が多いように見えない彼は何とか話題を見付けて喋ろうとしてくれた。
そして僕は、彼が信じられないほど長い時間を只一人、その姿のままで旅してきたのだと聞かされた。
『信じられないかも知れないが』と表情を曇らせる彼に、僕は思いきり首を横に振ってみせる。彼は森に関してだけではなく色々なことを知っていたし、何より今まで見たこともないほどに整った奇麗な顔だちをしていたので、むしろ普通の人間だと思う方が難しかったのだ。けれど、そう話してくれた彼がとても寂しそうな表情をしていたので、僕は彼がこのままどこかに行ってしまうのかと不安になった。
予感は、最悪な形で現実となった。僕が森から持ち帰るものに不審を抱いたお館の領主様が、大人たちに僕の後を尾けさせて彼を見付けたのだ。彼は捕らえられ、僕もお館の地下に幽閉された。
その後に起こったことは、正確には判らない。僕は何度か幽閉場所を移され、最後に何処かに連れて行かれそうになった際、剣を携えて現れた男たちの一人に斬り殺された。その筈だった。
何故か再び目覚めた僕は、彼が僕の手を取って泣いているのに気付いた。どうして自分が生きているのか、どうして彼が泣いているのかも判らぬまま、僕はただ彼にしがみつき、かつて教えて貰っていた彼の名を叫んでいた。
彼は僕を生き返らせる為に、彼の父親から譲り受けた『呪いの結晶』を僕の躰に埋め込んだと告白してきた。だからもう、僕は人間ではないし、彼と同じように何時までも歳を取らないままに世界を彷徨わなければならないのだと。
でも、僕はそれでも良かった。彼とずっと一緒にいられるのなら、彼が決して僕を置いて死んでしまわないのなら、それでも良いと本気で思った。
かつて死んでしまった筈の彼と、死んでしまったはずの僕とを、今はどんな形で訪れるのか予想も出来ない、真実の意味での『死』が分かつその日まで、ずっと。
貧しいながら父さんと母さんに愛されて育ち、近所の友達と遊びながら大きくなった。
九つの時に二人が病気で死んでしまって独りぼっちになっても、近所の大人の紹介でお館の下働きとして拾われ、何とか暮らして来ることが出来た。
ただ、二人が死んでしまった時に泣いて、泣いて、埋葬が終わる頃には全く声が出せなくなってしまったので、喋ることが出来なくなった。
お館の仕事はきり無くあったが、まだ小さくてろくに力仕事が出来なかった僕は、良く森に入って色々なものを取ってくるように言われた。森は暗く深く、大人でも奥深くに分け入るのを躊躇うような場所だったが、今よりもっと小さい頃から父さんたちに連れられて森のあちこちを歩いて回っていた僕には、踏み込んではいけない場所さえ避ければ、それほど怖い場所ではなかったのだ。
そして、あの日も茸を採りに森を歩いていた僕は、彼と出会った。
酷い怪我をして酷く弱っていた彼に慌てて近付き、手を伸ばした直後、彼は鋭い口調で『触るな!』と制してきた。僕は驚いて手を止め、でも彼が、やっぱりとても弱っているように見えたので、お弁当にと持たされたパンを半分千切って彼の側に置いた。
彼は少しだけ驚いたようだが何も言わず、僕も仕事に戻ろうと彼から離れた。
パンはあまり大きくなかったので、茸を採ってから空きっ腹を抱えてお館に戻る途中の僕は、彼にパンを全部上げなかったことを後悔した。
数日後、再び茸を採りに森に入った僕は、再び彼と出会った。
始めて会った時より元気そうに見えた彼は、僕の姿を見付けると何故か厳しい表情で周囲を見回し、そのあと少し戸惑ったように再び僕に視線を戻してから、『先日は世話になった』と呟いた。
僕が微笑むと彼は更に戸惑い、それでも嬉しそうに見えた。
以来、僕が森に入る度に彼は姿を現し、茸や木の実、それに洞穴の奥で見付けたという綺麗な石をくれた。僕が喋れないせいか、元々はあまり口数が多いように見えない彼は何とか話題を見付けて喋ろうとしてくれた。
そして僕は、彼が信じられないほど長い時間を只一人、その姿のままで旅してきたのだと聞かされた。
『信じられないかも知れないが』と表情を曇らせる彼に、僕は思いきり首を横に振ってみせる。彼は森に関してだけではなく色々なことを知っていたし、何より今まで見たこともないほどに整った奇麗な顔だちをしていたので、むしろ普通の人間だと思う方が難しかったのだ。けれど、そう話してくれた彼がとても寂しそうな表情をしていたので、僕は彼がこのままどこかに行ってしまうのかと不安になった。
予感は、最悪な形で現実となった。僕が森から持ち帰るものに不審を抱いたお館の領主様が、大人たちに僕の後を尾けさせて彼を見付けたのだ。彼は捕らえられ、僕もお館の地下に幽閉された。
その後に起こったことは、正確には判らない。僕は何度か幽閉場所を移され、最後に何処かに連れて行かれそうになった際、剣を携えて現れた男たちの一人に斬り殺された。その筈だった。
何故か再び目覚めた僕は、彼が僕の手を取って泣いているのに気付いた。どうして自分が生きているのか、どうして彼が泣いているのかも判らぬまま、僕はただ彼にしがみつき、かつて教えて貰っていた彼の名を叫んでいた。
彼は僕を生き返らせる為に、彼の父親から譲り受けた『呪いの結晶』を僕の躰に埋め込んだと告白してきた。だからもう、僕は人間ではないし、彼と同じように何時までも歳を取らないままに世界を彷徨わなければならないのだと。
でも、僕はそれでも良かった。彼とずっと一緒にいられるのなら、彼が決して僕を置いて死んでしまわないのなら、それでも良いと本気で思った。
かつて死んでしまった筈の彼と、死んでしまったはずの僕とを、今はどんな形で訪れるのか予想も出来ない、真実の意味での『死』が分かつその日まで、ずっと。