『ファーストフード店 』と【代役】より・秋のイベント

　十月の最終日、ハンバーガーショップにピエロがいた。世界的に有名なドナルドの息子さんの関係者かと思ったがどうも違うらしく、派手なメイクのまま嬉しそうにエビバーガーを頂いている。他にも吸血鬼は街角のバーでトマトジュースの代わりにコークを空け、魔女たちは蝙蝠のように街中の空を飛ぶ。この日ならではの光景というやつだ。

『他人の視線』と【笑顔】より・私と彼の相性

　彼が私に優しくしてくれるのは他人の目の前だけだったので、私は彼と二人きりになることを拒んだ。それでも、他に誰も居ない時を狙って私を罵ってくる彼に、私も誰も居ない隙を狙って彼を手酷く陰湿に罵倒してあげた。そうしたら口では勝てないと知ったのか、女か男に逆らうなと拳を振るってきたので、正当防衛とばかりに彼を力の限り叩きのめしたら、別れたいと言われた。

　きっと、お互いの相性が思ったより遙かに悪かったのだろうと諦めることにした。

「メロンソーダ」より・鮮緑の錬金物質

　友人に物凄くメロンソーダ好きがいて、あの、根拠はないが何だか体に悪そうに見える鮮やかな緑色の液体を嬉しそうに飲んでいる。普段は人工甘味料や調味料に対してかなり敏感な反応を示すので不思議に思っていたら、あの人工的に作られた味そのものが好きなのだそうだ。

「日曜日の動物園」より、真昼の光は嘘を吐く

　日曜日の動物園は哀しい。一時の非日常を求めてやってきた大人と子供たちが見世物である動物たちの前で『普通の幸せ』と呼ばれる見世物と化し、これこそが正しい休日の姿であると晒し続けている。そして実際の所、そんな彼らの心を支配するのは日常の些末な不満なのだ。

『泣き虫』と【下手くそ】より・最初の読者

　左肩を痛めたらそこに何かが棲み着いたらしく、こちらがひねり出す文章に対していちいち耳元で駄目出しをしてくるようになった。悔しいので精進を重ねたら、やがて奴が気に入った話は一応褒めてくれるようになった。
　そんな訳で、奴はいつだって俺の作品を一番最初に読みながら、罵倒と賞賛を取り混ぜた呟きを耳元に囁いてくる。

『兄』と【別れ】より・猫の思い出

　うちのはんぺんが虹の橋を渡ってしまった。まあ、それでも20年元気に生きたから猫としては大往生だったと思う。
　ちなみにはんぺんという名前は拾ってきた兄が白いからという理由で付けたのだが、ヤツを見送った晩に作ったおでん鍋で膨張するはんぺんが、正に思い切り伸びをするヤツの姿にそっくりで、ボクは思わず目頭を押さえた。

『覗き（見た？）』と【のどか】より・誰かさんと誰かさんが麦畑

　何しろ田舎のことなので、普段なら色恋沙汰に関する噂話は格好の娯楽となるのだが、今回は恋人たちに問題がありすぎた。
　普段から仲の悪い名家の跡取り同士の禁じられた恋の成り行きに周囲は一喜一憂して、本来なら単に淡い思いを抱き合っていただけの若い二人を心中まで追い込んだ。
　やがて二人の物語は哀しい悲恋として語り継がれて美しい伝説となったが、そこにどれ程の真実があったのかと問い掛けるのは恐らく野暮だろう。

『もういない』と【高い】より・名も知らぬ、遠き島より

　彼はここ数年感、人里離れた孤島で言の葉を育てながら暮らしていた。ある日、彼が大海原に自分が育てた言の葉を流してみると、やがて島の入り江に見慣れない言の葉が流れ着き、それは彼の流した言の葉に対する返事だった。海の向こうの未だ見ぬ世界の人々に思いを馳せる彼は、しかし、結局それからも島から出ることはなかった。そこが己にとっての楽園ではないのだと、孤島で暮らし始める前に思い知っていたから。

『背伸び』と【結末】より・車輪の上下

　兄は昔からとても頑張り屋だったし、更にその頑張りの結果を目に見える形で示すことが出来たので両親のお気に入りだった。対して私は無理だと思ったらやらない、出来ないことは出来ないと言い張る可愛くない子だったので意図的にではなかっただろうが放っておかれた。
　やがて頑張れなくなった兄が壊れた頃、私は既に家族の知らない街で新しい家庭を築き上げていた。
　結局、両親は私を探し出すことが出来なかったし、私も二度と昔の家族に会う気は無かった。

『覗き（見た？）』と【今】より・素晴らしき猫奴隷の日々

　猫にしろハムスターにしろ女の子が気難しいというのは本当らしく、先輩宅を訪問したら新入りの子猫に後輩共々思い切り威嚇された。

　猫好きだった後輩は可愛い子猫に威嚇を受けたことに衝撃を受け、手持ちの土産が入っていたコンビニ袋で必死にご機嫌を取り始めた。面白いのでので取りあえず放っておいたら友人宅の玄関先で二時間ほど頑張って、ようやく自分を覚えて貰ったと喜んでいた。どうせ覚えて貰っていられるのは一瞬で、今度会ったらまた威嚇されるだろうに、幸せなヤツだ。