アーク・フィールドブック

四万十フィールドガイド・ARK(アーク)のブログ

2月5日(日)のつぶやき(リブログ)

2025-02-02 | ・最新のお知らせ・イベントなど

2年前に書いたRiver&Sky(ツイート2023)再掲です

 おはようございます。四万十は、晴れ。

ひと月半ぶりに朝の沈下橋へ。

白みがかった青空の下、頬に冷たい北風が冬枯れの川を渡っていきます。

そんな、光の春(2月)の川をながめながら大きく深呼吸~。

おひさしぶりね、帰ってきたぞ。静かでスローな時と川がながれるところへ。

今日の最低気温は、-2、4度。

 

 最高気温13、6度。午後も晴れ。

昼どき。部屋のラジオをオフにして、

陽ざしがぬくいベランダの椅子に座り、コーヒ片手に、ぼおっと青空と冬枯れの庭をながめました。

聞こえてくるのは、鳥の歌、カタカタと裸の小枝を風が鳴らす音。

ああっ、今年も四万十に帰ってこれたなぁ。また、静かな川のほとりの暮らしがはじまったな、と思う。

スローな時間をダラダラと過ごす自然のなかの暮らしが。

「何もしなくても満ち足りて一日を過ごしてしまうのが、田舎の生活の良い点であり、悪い点でもある。

何もしないうちに一日が一週間になり、またたく間に一ヵ月が一年になる」野田知佑

 

傍らの本を手にとる、と本にはさんでおいた領収書がおちた。それは、高速道路料金の領収書。

計17640円(瀬戸大橋の料金含む)。たった830キロ走っただけでこの料金は、いかにも高いなぁ。

長距離ツーリストの財布には、やさしくない国だなぁ、と思う。

おまけに今回は、ETC割りが使えなかったのが痛すぎた(高速道路に入る直前に、ETCの故障が発覚)。

とほほ・・・(事前にチェックしておけばよかった)。

*各種ETC割引きが使用できれば、高速道路の料金は、12000円ほど。

ガソリン代は、8136円。リッター173円(四万十市)。

 

昼すぎ。冷凍庫にストックしておくカレーを作ることに。再稼働したての冷蔵庫は、スカスカでさびしい。

ダッジオーブンで、材料を煮込んでいるあいだに、調味料の整理をすれば、

1キロの砂糖袋が、いきなり真ん中から破れて、大量の砂糖が床に散らばった。これたまた、とほほ・・・。

 

やれやれと床を掃除したあと、(出発直前に知り合いからもらった)電気ポットでお茶をいれようと

給湯ボタンを押せば、ポットはウンともスンともいわない。ガーン、マジか・・・。ほぼ未使用品なのに。

そして、さらに不幸は続く。床掃除ついでの部屋掃除中に、

窓からの突風に大きくあおられたカーテンが、招き猫の貯金箱(陶器)を棚から床に払いおとした。

招き猫は粉々に。空っぽで軽かったったからなぁ・・・。にゃー。

 

新しい季節(旅)のはじまりは、アンラッキーが続くスタート、でも、「禍福はあざなえる縄のごとし」。

これからラッキーなコトもおこるのだろう?たぶん、と気楽にかまえよう。もうすぐ明るい春だし。

「おもしろや今年の春も旅の空」芭蕉 

 

遅い午後。体重計にのる、と4キロ増・・・。

やばいぞ、とひと月半ぶりに川沿いの細道をチンタラと1時間20分ほど走る。

橋を渡るときに眼下に見える四万十川は、冬痩せて

川の流れがグンと細くなっている(冬の間は雨量が少ない。減水期)。ミナラワナケレバ。

 

来週の天気予報をみると、傘マークがつく日がおおくなっています。

立春をすぎて、空のようすも春にむかって少しずつ変化しているのでしょう。

明日は、(2月の満月)スノームーンが、見られるか?どうか?微妙なところです。

12月撮影。

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ヒカリの春に、途上の春に

2025-02-02 | ・最新のお知らせ・イベントなど

「ヒカリの春に、途上の春に2017年 早春に書いた「旅雑文」です。期間限定公開中。

  最高気温14、4度。

 「2月は光の春」

高気圧におおわれた四万十は、快晴。おだやかな青空には、一片の雲も見えません。

強さを増した陽ざしに、本格的な春の近さを感じる2月の日曜日です。

 

 村人はにこやかに、洗濯物やフトンを干し、窓を開け、ひとあし早い春を歓迎している。

あたたかな光に服を脱がされた僕は、今年初めて、

上半身ハダカのデカパンオヤジと化して、ベランダの折り畳みベッドの上で本を広げました。

(四万十を留守にしていた)冬のあいだに、

すっかり白くなっちまった肌に、しみいるようなぬくい陽がなんとも気持ちイイです。

 【旅とは何か。その問いに対する答えは無数にあるだろう。

だが、私には、大槻文彦が「大言海」で記した次の定義がもっとも的を得たもののように思われる。

《家ヲ出デテ、遠キ二行キ、途中二アルコト》

旅とは途上にあること、と言うのだ。

ここから人生は旅に似ている、あるいは旅は人生のようだという認識が生まれてくる。

人生もまた「途上にあること」と定義されうるからだ。

 

 トールマン・カポーティの「ティファニーで朝食を」の主人公ホリーの名詞には、

「トラベリング」という文字が刷り込まれていることになっている。

彼女にとっては、南米の海岸やアフリカのジャングルだけでなく、

ニューヨークのマンハッタンに住んでいるときでさえ、「トラべリング:旅行者」であることに変わりはないのだ。

まさに、ホリーは「途上にある者」ということになる。

しかし、旅は同時に終わりがあるものである。始まりがあり、終わりがある。

そこに、旅を作る、という要素の入り込む余地が生まれるのだ。】 

*「深夜特急ノート」 沢木耕太郎 著より

 読みかけの本を閉じた僕は、ぼんやりと春のヒカリとしたしみました。

「カツーン・・コツーン・・」茶色くしなびたセンダンの実が、屋根に落ちる音。

(すくすく育った裏庭のセンダンの木。気がつけば、その枝が屋根にかかるほどに。切らなくては。)

 

 イヌノフグリの小さなムラサキ色の花も咲く陽だまりの庭では、

見たことがない毛の長いネコが、こちらに背中を向け、じーっとうずくまっています。

ベランダから声をかけてみるが、ネコはぴくりとも動かない・・・。

その姿は、何かを真剣に考えている哲学者のようにも見えるのでした。

ネコモマタ、タビノトジョウニアルノデショウ。
 
 

 ラジオの天気予報は、「明日から木曜日までぐずついた天気に」と伝えてます。

ウエィテング オン ア サニーデイ、か。でも、作物、植物、生き物、にとっては恵みの雨。

春は、一雨ごとに近づいてきます。

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