日露戦争で指揮を執り、明治天皇に殉じて自刃した
陸軍大将・乃木希典と静子夫人が殉死の日まで
暮らした旧邸を久し振りに見学します。
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東日本大震災で被災した旧乃木邸の煙突。
現在屋根に設置されている煙突はレプリカです。
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年に数回は内部公開もされますが、
通常は周囲に設けられた通路から窓ガラス越しに
9時~16時まで見学することができます。
明治期の将官の邸宅は接客を目的とする
豪華な建物が多かったのに比べ、外観は黒塗りの板張り、
内部も極めて簡素かつ合理的に造られており、
明治期の和洋折衷建築としても貴重なものです。
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乃木希典自らが設計したという旧邸は、
ドイツ留学中に見たフランス連隊本部を参考に、
1902年に新築されたものです。
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明治天皇は、後の昭和天皇が学習院に入学することから
その養育を託すべく、乃木を学習院長に指名され、
自身の子供を亡くした分、生徒らを自分の子供だと思って
育てるようにと述べて院長への就任を命じたといわれています。
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乃木希典の遺言により、公園として東京市に寄贈、
1913年に開設されました。
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旧乃木邸の隣地に陸軍大将・乃木希典と静子夫人を
祀る乃木神社1923年に創建されました。
遺品などを所蔵する乃木神社の宝物殿では、
数々のゆかりの品を見ることができます。
東京都港区赤坂8-11-32
2021.10.28